109.《葬斂》


【replay/repentance】





 ――それは三年前。たぶんとてもよく晴れた、最後の日のことでした。


 わたしはつめたい《棺》の中。液化霊晶ジェムを通して青褪めた、円筒の硝子を介した歪んだ視界の先で、そのひとは棺の中のわたしを見上げていました。


 それは、わたしにとっての終わりの日。

 あなたにとっての、終わりの日――


『儂は、誤ちを犯したのだ』


 暗い、暗い、床のあちこちにものがあふれた――最後に目を開けたその場所は、狭く閉ざされた地下室でした。


 液化霊晶ジェムそのものが光源となって、暗がりの中にそのひとの姿を、顔を、照らし出していました。

 開けはなした天井の入り口――梯子はしごが伸びるその先から明るい光が差し込んで、木漏れ日みたいに切り取られた明るい光が落ちていました。


 けれど、それらの一切とは何らの関係もなく。

 わたしはそこを、「暗い」と感じていました。


『誤ちの末にお前を造り上げた。儂の後悔と、弱さがお前を造った。それは決してお前のとがではない――だが、ユイリィ』


 ――おじーちゃん。

 ――人形工匠マエストロ


『だから、なのだ。お前にはこの新しい土地で、儂の過ちに縛られることのない、新しい役割を得てほしい。我がの孫娘――』


 その理由を、わたしは知っています。

 もう、ぜんぶ知ってるの――おじーちゃん。


 これがあなたにとっての、の儀式なのだということを。わたしは、


『L-Ⅹ――我が手が生み落とした最後の《機甲人形オートマタ》。もはやこの先、儂がお前の後継を送り出すことはない』


 その言葉を終わりに。歩み寄って――操作盤のスイッチを押す。

 棺を閉じる鋼鉄の蓋が、軋む音を立てながら下りてゆく。


 やめて、と訴えたかった。

 おいていかないで、と呼びたかった。

 だって、


(わたしは――)


 だってわたしは、まだ頑張れる。まだ研ぎ澄ませる。

 もっともっと自分を高めて、ユイリィ・クォーツはあなたに与えられた制作意義ファースト・オーダーを果たせます。



 あなたがわたしに託した祈りを。


 あなたの孫娘のを。


 あなたの願いを――叶えますから。



 ――ああ、人形工匠マエストロ人形工匠マエストロどうか聞いてください。

 わたしはその願いに応えます。あなたの願いに応えます。約束します、必ずです。


 必ずそれを果たします。応えてみせます。応えます。応えられるんです必ずです。

 二人目なんて言わないで。わたしは二人目なんかじゃありません。だってわたしはです。そのための機体です。わたしはそのための性能を備えた人形です。そうなるようにあなたが作り上げた人形です、そうでしょう? ねえ、そうですよね?


 だからお願いします。あと少しの時間、あと少しの研鑽さえあればきっと。わたしはできます。もっともっと自分を研ぎ澄ませます。。わたしを。わたしのすべてを。あなたの願いに届くように――!


 だから人形工匠マエストロ、ちがう、ちがうの、おじーちゃん! 待ってください。待ってよ――お願いします。ちがうの、お願い待って! わたしまだ頑張れるから。彼女と異なるものは何度でも直します。間違いがあるならまだいくらだって直せるから。わたしは、そうできるから! ねえ、そうでしょ? おじーちゃんがそういうふうに作ってくれたんだもの。だから、わたしは、わたしは!


 ――ねえ、そんな顔しないで。お願いだから悲しまないで。泣かないで。


 わたしユイリィはここにいるよ。ずっとここにいるの。、わたしは。人形工匠マエストロ。だから、


 だから――



人形工匠マエストロ――)



 おねがいします。

 どうか、そんな目でわたしを見ないで。



(おじーちゃん――)



 を見る目で   見ないで


 ――わたしを


 ………………………。

 ………………………………………。





 それは弔いの儀式でした。

 四年前、まだわたしが生まれてさえいなかった頃に、ひとりで死んでしまった彼女のための。


 彼の、たったひとりの孫娘。


 のための、それは弔いの儀式でした。


 そう。だから、わたしはここでおしまい。

 わたしはここで眠り、そして次に目覚める日には、新たな機主マスター、新たな命令オーダーのために尽くすのでしょう。


 防盾シャッターが降り、目の前が壁でふさがれて。

 それは、わたしを閉ざす鋼鉄のまぶた


 それは彼女のための弔い。

 わたしを終わらせる弔い。


 わたしは失敗作の、不完全な、役割ひとつ果たせなかったできそこないの人形。どこまでいってもつくりものの水晶クォーツ――まがいもののてのひらが、アストレアに届くことなどないのだと。

 そう、見放され、告げられた――


 それは、三年前の終わりの日。


 今はもういない彼女のための、葬斂そうれんの日のことでした――


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