102.それから先の顛末。いくつかの《後始末》に関すること・⑤


「諸君。我が朋友なる小さな冒険者達リトル・アドベンチャラーズよ。今日は君達少年少女へ素晴らしい報告がある」


 一夜明けた朝食の席で。

 テーブルの対面に並ぶ子供達とユイリィを見渡して、トリンデン卿は力強い声で宣言した。


「――即ち! 我々の完全勝利である!!」


「それは本当ですか!? トリンデン卿!」


「じゃあじゃあ、シオンさん達がわるものをみーんなやっつけたってこと!?」


「然りである!」


 さっそく歓声を上げるユーティスやラフィに応え、トリンデン卿は鷹揚にして大仰な所作で首を縦に振る。


「昨晩、我が叔父ダモット・マクベインの隠れ屋敷へと突入したシオン達五人の朋友は、かの屋敷に隠れ潜んでいた叔父の関係者、その一切を拿捕だほすると共に、かねてより調査の途上にあった魔物の密輸にまつわる複数の記録を発見するに至った!

 一方の我々は昨夜起こった交戦において、我が叔父ダモット・マクベインの尖兵として我が命をつけ狙う忌まわしき刺客となったメルリィ・キータイトを、完全に拿捕するという殊勲をあげたのだ!」


 席を立ち、胸を張って朗々と語るトリンデン卿。

 おお――とどよめく歓声があがる。


「かくて、我が朋友なる冒険者達と少年少女ら新たな朋友達の結集した力が、このフレデリク・ロードリアンの命を狙う忌まわしき暗殺計画を打ち砕いたのだ!

 のみならず――ルクテシア全土に暗雲をもたらす魔物の密輸という悪逆もまた、これより先は解決への道をひた走ることとなるだろう!」


 朗々と語り終えたトリンデン卿は、一時その言葉を切ると――胸に去来する様々な感情を振り返るように、目を閉じて高みを仰ぎ見た。

 そして、


「これはもはや一点の曇りもなき、我々の完全勝利であろう。少年少女よ――共にひとときの冒険を駆け抜けた、我が新たなる朋友達よ! 私は君達に、万感の思いと大いなる感謝を抱かずにはおれない。ありがとう少年少女よ、ほんとうにありがとう!!」


 遂にはテーブルをぐるりとまわってランディ達のもとへ来ると、一人一人と固い握手を交わし、その逞しい胸のうちを占める感動を分かち合いはじめたようだった。


「あの、レドさんっ!」


 そんなトリンデン卿の勢いに目を白黒させながら。

 ランディは声を張り上げ、問いを切り出した。


「魔物の密輸が解決しそう――ってことは、シオンにいちゃんたち、帰ってこれるんですかっ?」


 途端――トリンデン卿の全身から興奮と高揚が掃いて清めたように消え去り、彼は真摯な面持ちでもってランディの問いに応じた。


「我が叔父ダモット・マクベインの隠れ屋敷から押収した証拠品の検証も未だ終わっていない現状で、確たることは言えないが――おそらくこの一件、未だ完全なる幕引きを迎えてはいない、というのが私の見立てだ」


 ワドナー卿は、魔物の密輸を主導する立場にあった。少なくとも、そのひとりであったことまでは確定している。

 しかしそれはあくまで、各地で捕縛した魔物をルクテシア島へと運び入れるまで――いわば、魔物の『』においてのことだったのだ。


「今の時点で明らかとなっている情報から勘案する限り、実際に危険な魔物を手元に置かんと目論む――言わば『顧客』との折衝、実際の売買を担う『市場』は、叔父の管理によるものではなかったようなのだ」


「じゃあ……」


「無論、今後検証される証拠品の中から新たな情報が見出され、我が叔父の手による魔物の売買が明らかとなる可能性もある。だが、危険な魔物の密輸を担っていた密輸ルートの完全な捕捉と壊滅は、今もって果たされていないのが現状だと言わざるを得ない」


 『魔物の密輸』にまつわる事件は終わっていない。終わったのは、あくまでも『トリンデン卿の暗殺』を巡る事件だけなのだ。

 つまり――シオンや、お隣のフリスねえちゃんも、まだ帰っては来られないということ。


 しょんぼりと落ちたランディの肩を、トリンデン卿の手が力づけるように叩く。


「そう気を落とすことはない、ランディ少年。事態の完全解決こそ未だ見えずにいるが、ひとまずのめどがついたところで一度こちらへ戻るとの報せがあった」


「ほんとに!?」


 途端、ぱっと上げた表情を明るくする。


「シオンにいちゃんたち、帰ってくるんですか!? いつ? 今日? 明日!?」


「さすがにもう少し先のことだな。しかし、夏休みの頃には一度戻ると言っていた。それは間違いない」


「夏休み――」


「シオンさん、帰ってくるんだ! やったぁ♪」


 感極まったラフィが、席を蹴立てるようにして立ち上がった。

 さらに、それでは足りないとばかりに祈るように両手を組んで、「やったやった」とぴょんぴょんその場で飛び跳ねはじめた。


「ラフィ行儀悪い……」


「いいじゃない、ユーティスくん。ラフィちゃんよかったねぇ」


 げんなりと頬杖をつく――こちらも行儀がいいとは言い難い――ユーティスと、その隣でほわほわ嬉しそうにしているエイミー。リテークも「よきかな」と一言呟き、重々しく何度も頷いていた。


「素晴らしい報告はこれだけではないぞ。まず、過日に《諸王立冒険者連盟機構》コートフェル支部にて調査を依頼したクゥくんの正体に関する件だが、これも調査結果の報告が届いている」


「ほんとですか!? クゥちゃんのですかっ!!」


「エイミーの食いつきがすごい」


「タリス研究室にて学んだ我がコートフェル支部随一の碩学、ヴィム・マクアイネンによる調査の結果だ。

 当初の所見に違うことなく、クゥくんの正体は竜種――それも、《真人》時代より生ける《古竜エインシェント》の一種たる」


「――《杯を抱え羽搏く竜ファフニール》」


 ぽつり、と。そう零れたのは。


 トリンデン卿ではなく、ランディの口からだった。


 思いがけないところから現れた答えに、一同の視線が集中する――困惑したもの、ぽかんと呆けたもの、何を言っているのかと眉をしかめるもの、その反応は様々だったが。

 しかし、


「そう――そのとおりだランディ少年。まさしくクゥくんは《宝物を護る竜ファフニール》だ」


 トリンデン卿は首肯した。


「はるかふるき時代、真人種族が世界を統べたいにしえの時代。その黄昏の時においてカミオンなる《貴種ノーブル》の手で生み出されたと伝えられる、自然ならざるのひとつ。《宝物を護る竜ファフニール》――それがクゥくんの正体だったのだ」


「その名前、前に本で見たことがあります! 自らの住処ねぐらたる洞窟に財宝を集め、山と積んだそれを護る竜だって――」


 トリンデン卿の言葉に継ぐ形で、ユーティスが興奮した声をあげる。


 その内容にランディは驚き瞠目し、「えっ?」と呻きかけた。ユーティスの方はそんなランディの反応には気づく様子もなく、熱っぽい語り口で続ける。


「《宝物を護る竜ファフニール》――深く広き洞窟を巣として籠り、自らが選定した宝物ほうもつをその巣穴に集め護りつづけると伝えられる、竜種のひとつ!

 ファフニールという名前自体は《果てなる海の嵐竜》みたいな固有の名前じゃなくて、種としての名前ですけれど、でも伝承にうたわれる《宝物を護る竜ファフニール》の中には、その名とともに物語を伝えられているものもあって――」


 たとえば、《大陸》より流れ来たるいにしえの伝承のひとつとして、アースラウグ半島全土を荒らしまわった邪悪なる《宝物を護る竜ファフニール》、ギムヴェルクの物語がある。


 いずこの空からともなくアースラウグの大地へ姿を現したかの忌むべき邪竜は、その長大なる翼でもって空を駆け、地に広がる街という街、畑という畑を焼きつくした。

 邪竜は自らが滅ぼした焼け跡よりありとあらゆる金銀財宝をかき集め、半島の北端ロズブローグの地に深く広がる洞穴、己が巣穴の奥底へと、これら財宝のすべてをおさめていった。


 かの地に勇名馳せたるありとあらゆる勇者が、ある者は旧き幻獣を打ち倒す武功を、ある者はかの竜が集めたる金銀財宝を、またある者は故郷の大地の長き平穏を求めて邪竜ギムヴェルクへと挑み、そのすべてが二度と帰ることはなかった。


 邪竜の暴虐はとどまるところを知らず、アースラウグの地は人々の嘆きと絶望に満ちた。

 暗黒の時代の到来である。


 だが、ある時果ての海より流れ着きたる異郷の海客まれびと――ひとりの青年がかの地に広がる嘆きと絶望を前に義心を発し、打倒ギムヴェルクの誓願と引き換えに大いなる神々のたすけを得た。


 青年は神の御業が鍛え上げたる神剣・神槍を手に、義のもとへ集った九人の戦乙女と共に邪竜へと挑み──そして遂にはこれを討ち滅ぼし、竜の集めたる財宝を手に人々のもとへと凱旋した。


 青年は持ち帰った財宝すべてを費やして荒れ果てたアースラウグの大地に新たな国を興し、九人の戦乙女をその妻としてかの国の王になったと伝えられる。


 半島全土を統べたいにしえの王国、アースラウグは長きに渡って栄えた。

 しかし、勇者が興したいにしえの王国の名を、現在の地図に見ることはない。


 ギムヴェルクの討伐より三百年の時が過ぎた時代のことである。

 いずこからともなく新たな《宝物を護る竜ファフニール》が顕れたとき、かの竜は散逸したギムヴェルクの財宝を求め、《大陸》中の国々を荒らしはじめた。


 旧きアースラウグの王は、諸国へ散り散りとなった財宝――破滅の竜を呼ぶ呪われしギムヴェルクの財宝のすべてを王都へと取り戻し、かの青年が築いた都を決戦の舞台として、国中より集った十万の勇士たちと共に新たなる《宝物を護る竜ファフニール》への決戦を挑んだ。


 戦いの後、旧きアースラウグは滅んだ。

 美しき王都も、王のもと国中から集った十万の勇士たちも、すべては焼け落ちて黒き炭と白き灰と変わり、歴史の最果てへと押し流されていった。


 王都に集められたギムヴェルクの財宝、そのことごとくは焼け落ちたいにしえの王城よりいずこへともなく持ち去さられ、今やその行方を知る者もないという。


 そして、邪竜ギムヴェルクの生まれ変わりとも囁かれたかの《宝物を護る竜ファフニール》もまた、このひとたびの戦いを最後に姿を消し、二度と歴史の表舞台へ現れることはなかったという――


「――大陸に伝わる伝承、『旧きアースラウグと邪竜ギムヴェルクの物語』です。

 邪竜ギムヴェルクがいわゆる典型的な『ドラゴン』の姿で描写されているせいで、この伝承自体は後世の創作じゃないか、なんて説もあるみたいですけれど」


 ユーティスが言葉を切ると、トリンデン卿は「うむ」と重々しく頷いた。


「いわゆる『ドラゴン』はその巣穴に財宝を蓄えるというイメージが付与されているが、そのイメージの源泉となったのがこれら《宝物を護る竜ファフニール》にまつわる伝承ではないかとされているそうだ。

 実際、現代において『ドラゴン』と分類される竜種の大多数は、『獰猛にして危険な魔獣』以上の存在ではないというのが実情でもある」


 ランディは絶句していた。何をどう言えばいいのかわからなかった。

 ユーティスとトリンデン卿が語る『ファフニール』の姿は、あの夜にハルアから聞いたそれとまったくそぐわない。


 ――未来視の竜。

 ――『最善に至る未来』を選択する、選定の竜。


 ハルアが語ってくれたファフニールの姿と、ユーティス達が語る伝承のファフニールの姿はまるっきりちぐはぐで、ひとつとしてイメージの噛み合うところがない。

 いや、そもそもクゥのイメージとだってでたらめにかけ離れている。そのせいか、ラフィやエイミーもいまいち腑に落ちないといった様子で互いの顔を見かわしていたりする。


(どういうこと……?)


 ――訳が分からない。

 そんなランディ達の様子に気づいてか、トリンデン卿は「おっと」と苦笑の気配をひらめかせた。


「伝承語りに興ずるあまり、つい熱が入ってしまったが――《宝物を護る竜ファフニール》にまつわる伝承は、何もこれひとつという訳ではないのだ」


 フォローする体で、トリンデン卿が言う。

 ユーティスもその言葉に同意する形で、うんうんと頷く。


「ユーティス少年が言ったとおり、邪竜ギムヴェルクにまつわる伝承は後世の創作ではないかという説もある。

 いずれにせよ、この伝承ひとつをもって《宝物を護る竜ファフニール》が――クゥくんが獰猛にして危険な魔獣であると定められはしない。その点については、我々すべてが重々承知しておかねばならないところだね」


 と――


 そう話を締めくくったところで、続く会話を断ち切るように扉をノックする音がした。

 続いてサービスワゴンを押したスレナ達、パーラーメイドが入室する。


 トリンデン卿は「おおっと」と大袈裟な声を上げ、たくましい肩をそびやかした。


「朝食が来てしまったね。では、続きは朝食時の歓談中に――ということにさせてもらおうか」


 颯爽と踵を返し、トリンデン卿は対面にある自身の席へと戻る。

 サービスワゴンを押していたドナがちらとそちらを見遣って、何かを察したような顔をする。


 ドナは――結局、あの後は夜遅くまで執筆をしていたのか――よくよく見ると目の下に隈らしきものが伺えたが、配膳の所作はきびきびして、体中に力がみなぎっているみたいで。

 ふとランディと目が合うと、今まで見たことがなかったくらいの明るさで、ニコリと微笑んでくれた。


「さあ諸君、朝食といこう! 今日はめでたい日だ!!」


 事件解決の祝賀気分に包まれる中で。

 トリンデン卿の掛け声でもって、その日の朝食がはじまった。

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