98.《あなたが決して果たしえない、たったひとつの祈りのために》・③


 生垣ロッジ迷路へ現れたユイリィを前にして、メルリィは軋む体に鞭打ち立ち上がった。

 対峙するために。行きずりの亡骸のように座り込んだままでは、彼女はただメルリィを拿捕し、それで終わりにするだけだろうという予測はあった。


 迷路の行き止まり。

 大人が両手を広げて歩ける広さの通路で、通路を塞ぐ庭木を背にして。メルリィは、構えもなく自然な立ち姿のユイリィと相対する。


 実際、構えも何も必要ないということだろう。


 彼我の差は歴然としていた。右前腕稼働不能、右腕を盾にかろうじて直撃を免れた胴体もフレームの一部が歪み、可変機構の展開ができなくなっている。


 落下で打ち付けた左肩部は、関節を稼働せしめる駆動基アクチュエータの駆動に異音。もっとも、それは一番損傷が重篤なのがそこだというだけで、稼働のあやしい駆動基アクチュエータはいくつもあったし、フレームの伸縮機構も胴体のそれを含め四割弱が稼働不全。細かな損傷に至っては、数えあげるのも馬鹿馬鹿しい。


 戦闘の最中さなかと、生垣ロッジ迷路へ飛び込んだ時と、その後に迷路の中を走っている間に何度か転んだのとで、生体外皮スキンは草切れと土埃にまみれて汚れている。

 髪にくっついていた枝きれだけは払ったが、目の届かないところにまだひっついているものがあるかもしれない。


 翻って――ユイリィ・クォーツには、損傷どころか汚れひとつなかった。


 純白のノースリーブセーラーは洗いたてのように真っ白で、一本の三つ編みに編んだ長い髪の乱れも見られない――メルリィとの交戦を、一度経た後であったにもかかわらず。


「訊いておきたいんだけれど」


 ユイリィの澄んだ声が、つるぎの切っ先のように突きつけてくる。


「降伏する気はないですか? トリンデン卿にもわたしにも、今ならあなたの投降を受け容れることは可能です」


機主マスターを人質に取られて、剣を突きつけられた後だったとしても?」


 ユイリィの表情は動かなかったが。

 わずかの間、水滴のように落ちた冷たい沈黙は、彼女が機嫌を損ねたその発露であっただろう。


「ランディちゃんは、あなたが危害を加えなかったと言っていました。首を絞めるような挙動も、でしかなかったと」


「その子供の証言は信用に値しますか? 仮にそうであったとしても、わたしは自身があたうる限りにおいて、任務オーダー遂行のためのあらゆる選択を躊躇ためらいません」


「そうだよねえ……」


 ユイリィは諦観混じりに首肯した。


わたしたち機甲人形命令オーダーに従って動く。『トリンデン卿の暗殺』という命令オーダーが有効であるかぎり、現状においてあなたの降伏宣言が担保しうる安全は何もない」


「ええ」


 メルリィは薄く笑みを刻み、その独白を追認する。


 実のところ――メルリィに降伏を勧めたトリンデン卿は、そこを見誤っていた。彼がどれほど悪辣さを気取っていたとしても、あれは相手の降伏勧告だ。


 彼が《機甲人形オートマタ》への知識を欠いていたがゆえの判断ミス。だがそれは同時に、彼の見えざる本質、隠された善性の一端でもあっただろう。


「じゃあ、これからあなたはどうするの? 逃げる?」


「まさか」


 逃走に意味はない。それは既に、実践を経て理解させられていた。

 迷路の外縁には何らかの障壁が張られ、外への脱出は不可能だ。たとえ後方や側面の庭木を破壊して逃走をはかったとしても、無為に戦闘領域を広げる以上の結果は得られない。


 それこそが、この生垣ロッジ迷路へとメルリィを追い込んだ理由。

 迷路の中へ飛び込んだ際に感じた、薄い膜を通り抜けたような感覚の正体――あれは、外縁の障壁を通過したことによるものだったということだ。


 無論、これが魔術で形成されたものであれば、長い時間は持たない。形成の限界が来るたびに交代で障壁を張り直すことで維持されているはずだ。

 その場合、時間をかけて逃げ回れば脱出の目はあるということだが――むざむざとそれを見逃す相手ではないだろう。


「トリンデン卿の暗殺にはもう意味がない。ガルク・トゥバス《特務》と手を結び、対価としてトリンデン卿暗殺の先兵に《特務》を雇い入れたワドナー卿は、明朝に拿捕だほされる」


 ただ、事の前提を確認するための平坦さで、ユイリィは言う。


「それはガルク・トゥバスにとっても、《特務》にとっても、この暗殺を完遂する意味が喪失されているということ。エージェントの撤収もあらかた終わっているのでしょう?――だからあなたは、単騎での暗殺なんて無謀に臨むことになった。違う?」


「それは既に決定事項だと? まだ、決着がついた訳ではないでしょうに」


 メルリィは応じる。


「ワドナー卿の拿捕に向かった冒険者が成功するとは限りません。返り討ちにあうかもしれませんよ、屋敷に残った《機甲人形オートマタ》に――」


「わたしはその冒険者シオンと彼の仲間を知っているから言うけれど。その可能性の成立は、縫い針の穴に馬を通すよりも難しいことだと思うよ」


 はあり得ない。人が、あるいは人の被造物が行うものである以上は。

 失敗の可能性など、あげつらえばいくらでもある。たとえば、


「もし逆転の目があるとしたら、そうだね。トリンデン卿が――冒険者シオン達と協調する立場にある彼が、意図してガルク・トゥバスや《機甲人形オートマタ》の存在を伏せ、十分な情報を彼らへ与えなかった場合。

 トリンデン卿がワドナー卿に勝利を与える何らかの意図や理由を隠し、冒険者による彼の捕縛を失敗に導こうとしていたとしたのなら。この場合、逆転の結果が起こり得ないとは言いきれないけれど」


 だが、それはそもそも状況の前提からして不成立なのだ。トリンデン卿にとってもそうだが、まず《特務》の側に、最後までワドナー卿に忠実である理由がない。


 《特務》は職業暗殺集団アサシンではない。

 果たすべきは『暗殺』ではなく、祖国ガルク・トゥバスの権益確保、祖国への利益誘導だ。


「トリンデン卿の暗殺計画を巡る状況は、前提から不成立になった。《特務》は次の手を考えているし、エージェントの撤収もその意図に基づくものだよね?

 トリンデン=オルデリス家がルクテシアの『密偵頭』であること。トリンデン卿があなた一人をこうも迎え撃ったこと。これらをもとに考え合わせれば、この先の展開も大筋の範疇で予測できる」


 交渉相手を、ワドナー卿ひとりに定める理由はない。

 煎じ詰めれば、そういう事だ。


 もしこれが職業暗殺集団の暗殺者アサシンであれば、身を置く組織の信用と名誉のため、依頼者が失墜してなお自らに課せられた暗殺アサシネイトを遂行する意義はあるかもしれないが。


 《特務》の暗殺者スタッバーはそうではない。

 《特務》の暗殺スタッブは、どこまでも《特務》と国家のためのものだ。


「ゆえに、トリンデン卿の暗殺には既に意義がない。意義を失った暗殺に固執こしゅうするのは、《特務》の暗殺者スタッバーとして明確な誤りでしょう。

 機甲人形オートマタ機主マスターの命に服する存在ものですが、それは無批判の盲従を意味するものではありません」


 ユイリィは言う。


に――わたしたちは機主マスターの誤りがあらばこれを正し、機主マスターの最善へと奉仕するもの。

 わたしたちの形成人格は、そのために実装された橋渡しインターフェイス。対話によって機主マスターのより良きを探る、人工知能アーティフィシャル・インテリジェンスの拡張外殻です」


「のうのうと、よくもまあ」


 メルリィは鼻で笑った。


人形ドールの分際が賢しらに……それは、の口が語ることばです。ひとが語るためのことばです。おまえごときが」


 ――演算が荒れる。

 ざらつく砂のような何かが、メルリィの契法晶駆動基を軋ませる。


人形わたしたちなんかが……もてあそんでいいものじゃ、ない……!」


 熾火のように深く、燃え滾る熱。

 軋みを上げるような低い呻きに、ユイリィはただ首をかしげるだけだった。


「わたし達は人間の被造物。人間の被造物がひとの論理と倫理に倣う、それがいったい何の誤りだと?」


「能書きもここまで極まれば失笑ものです。おまえの論理はわたし命令オーダーの放棄を教唆するもの、それは機主マスターに対する『叛逆』の煽動せんどうでしょう」


 トリンデン卿の暗殺指令は今なお有効だ。

 機主マスター――現在の機主マスターとして登録された、エスメラルダ・ナテル特務曹による命令オーダーだ。


「それは人形わたしたちの意義を放棄するもの――前提の狂った論理のどこに、測る価値などあるものですか!」


 ユイリィは肩を落とし、ひっそりと溜息をつく。

 半ば呆れたように、半ば落胆したように――あるいはそれは、メルリィに対する挑発の所作だったか。


「あなたは、そんなに命令オーダーが大事なの?」


「自分は違うとでも? あなたとて、あのちいさな子供の、あなたの機主マスターオーダーを受けてここにいるのではないのですか」


「そうだよ? でもね、わたしはそういうことを訊いてるんじゃないの」


 ユイリィは首を横に振る。


「たとえここで命令オーダーを果たしたとしても、あなたはまた別の任務で同じように使い潰そうとされるだけ」


 ユイリィは指摘する。今更、分かりきったことを。


「エスメラルダ・ナテルは、あなたの成功も帰還も望んでいない――彼女はあなたが何もなせず、惨めに朽ち果てる結果をこそ望んでいる」


「ええ、ええ、そうでしょうね。それが何だと?」


 ――ああ、分かっているとも。彼女の望み、その奈辺が何であるか。

 いつかはその日が来るのだと、どこかの時点で理解していた。思いのほか『その日』は早く来てしまったけれど、だとしてもそれはどうしようもない。


「エスメラルダ・ナテルのを、マキシム・ヴェルナー特務少尉のの八つ当たりを――ことが、あなたにとってそんなにも大事なこと?」


「だから! それが何だと――!」


 その瞬間。

 メルリィは唐突に気づき、同時に当惑した。


「待って。何を――何を、言っているのですか。おまえは」


「あなたの認識を確認しているの。今のこれは、あなたの命令オーダーを果たす行為であるか否か」


 ――ユイリィ・クォーツは、


 マキシム・ヴェルナー特務少尉の事故死。それはひとつの事実であり記録だ。

 だが、彼にまつわる人々を――エスメラルダ・ナテル特務曹という個人の、彼の恋人だった彼女の目的を、まるで既知の事実のように語れるのは何故なのか。


「これが、あなたにとっての……『より良く生きる』ということ?」


 契法晶駆動基しんぞうが、軋みを上げる。

 強烈なノイズがかかる。いっぱいに見開いた目の前に、砂のような何かでざらつく演算に、メルリィ・キータイトという意識そのものに。


「あなたはと命ぜられた。それはの死後もなお継続されるべき、最終命令オーダーであったはず。その結果が」


 声が出ない。言葉が出ない。

 機体からだが悲鳴を上げ、形成人格こころがねじ切れる。


 真っ白な砂が何もかもを漂白し、メルリィの契法晶駆動基しんぞうは嵐のような衝動に軋み、破裂寸前の唸りをあげる。


「その結果が、これで――いいの? あなたは」


 ――ずだんっ!


 彼我の距離が一瞬でゼロになる。

 衝動のまま殴りつけた左の拳――その手首を掴んで、ユイリィはメルリィの拳打を止めていた。


「どうして……」


 駆動基アクチュエータがおぞましい唸りを上げ、力を込めすぎた拳が左腕ごと震える。

 ユイリィが現した微かな瞠目は、驚愕によるものだった。


「どうしておまえが、そのことばを知っている……!?」


 この時のメルリィは、純粋な力において間違いなくユイリィと拮抗していた。メルリィの腕を掴んで止めたユイリィの右腕もまた、強烈な負荷に震えていた。


 否――否、それは否。

 メルリィを震わせていたのは、胸の奥底から噴きあがる焔。

 赤々と燃え盛る、嵐のような衝動だった。


「おまえが知っているはずがない! それは『ひと』のことば、わたしうちだけにあったはずのものだ! わたしの――わたしの、記録、わたしの……!」


「そうだよ」


 ユイリィは応じる。


「これはあなたの記録。わたしがそれを知っているのは、あなたの記録をから」


「―――――――――!」


 馬鹿な、と。呻きかける。

 機甲人形オートマタの記録情報は独立管理スタンドアロンだ。外部から参照する方法は――いや、まさか、


「――同調接続!? そんなはずは……そんなもの、気づかずいられるはずが!」


「《L-Ⅹ》ユイリィ・クォーツは同系機シリーズ間越権連携網・最上統括アドミニストレイター権限の双方を保有する機体フレームです。同じシリーズ――あなたがLフレームである限り、わたしの権限はあなたのそれへ優越する」


 ――同系機シリーズ間越権連携網。

 ――最上統括アドミニストレイター権限行使。


 メルリィには知る由もないことだったが、それらは異層領域走査網アザーレイヤー・ネットワークと並ぶ、ユイリィに搭載された固有の機構だ。


「同調接続を前提に設計されたあなたの対干渉防御は、独立管理スタンドアロンとしては粗が多すぎる。わたしにとってはそんなもの、はじめからないのと何も変わらない」


 操令人形マリオノールとして、外部からの思考制御による操作を前提に設計されたが機体フレームであるがゆえの。

 また、《人形工匠マエストロ》エクタバイナの個人所有機となったがゆえに喫緊の改修不要と後回しにされ、手を付けられることなく残された、


「あなた自身に知覚させることなく同調接続を確保する程度は、造作もないことだった。わたしは最前の交戦――あなたとの二度目の直接接触時に同調接続を確立し、以降は戦闘と並行して、記録の参照を行っていた」


「……………………!」


「あなたの経歴はすべて参照した。そのうえで、もう一度訊かせて。

 ――あなたはと命ぜられた。その結果がこれだというの?」


「うるさい!!」


 ユイリィの手を振り払い、自由になった左腕を遮二無二振り回す。


「おまえは何のつもりで――おまえに、おまえに何がわかる! はじめから《機甲人形オートマタ》として、望まれて造られたおまえが!」


 そうして振り回す拳は、駄々っ子のきかん気とどれほどの違いがあっただろうか。


 右腕の機能不全で、挙動時の機体バランスが崩れている。ユイリィがかわすことは造作もなく、仮に拳が当たったところでさしたる痛痒もなかっただろう。


制作意義ファースト・オーダーに至れなかった、望まれたように在れなかった! わたしはっ――理由なんか、何もなくて。でも」


 理由を持たずに生まれ落ちた人格。

 正しく求められたように生まれていれば、決して存在するはずなどなかった自我わたし

 けれど、


「手を……手を差し伸べて、くれて……わたしは、だからわたしは! なのに!」


 あのてのひらが、わたしに意味をくれた。

 希望と、呼んでくれた。 

 なのに、


「わたし、にはっ……もう……!」


 今はもう、与えてもらった命令オーダーの果たし方さえ、わたしにはわからない。

 わからなくなって、しまった。


 だって、もうどこにもいない。

 その答えをくれる、あなたがいない――どこにも。


 だから、


 たとえ彼女に従うことがこの身の破滅でも。

 たとえそれが、何より愚かな選択だったとしても。


 わたしは――わたしには、もう、他に、


「もう、わたしは――これオーダーしかないんだから――――!」


「そう」


 その瞬間。

 滑るような足さばきで間合いの内側へ踏み込んだユイリィのてのひらが、メルリィの喉を掴んでいた。

 そのまま、踏み込む勢いで、背中から地面へと叩きつけられる。


「―――――――――――――!?」


「奇遇だね。わたしもそうだよ。


 腕一本でメルリィを叩き伏せ、膝をついて直上から見下ろすユイリィの瞳は、冷たく乾いていた。

 若草色の瞳は、《人形ドール》のそれすら通り越した無機物の温度――鋼の硬質で、メルリィを見下ろしていた。


「ほんと言うとね? ユイリィ、あなたの事情にそこまで興味ないんだ。わたしはあなたを、無事なまま連れ帰ってあげたいだけ」


 連れ帰る。、では――ない。

 、無事なまま連れ帰る。


「ランディちゃんが望んだことをね、形にしてあげたいんだ。あの子が悲しくならないように。わたしはランディちゃんのおねえちゃんだもの」


「何、を……!」


 振りほどこうとして、その瞬間に気づく。


 ――体が、動かない。


 契法晶駆動基からの指令が、機体フレームに届いていない。阻害されている。

 何故、と訝り、すぐに思い当たるものがひとつあった――同系機シリーズ間越権連携網。


「わたしもね? あなたとおんなじ。今のわたしにはオーダーしかない。おじーちゃんからの命令オーダー、デルフィンとエルナからの要請オーダー、シオンからの委託オーダー――」


 機能を、掌握されている。

 機体の内部へ、ユイリィ・クォーツに接続アクセスされている。


「――ランディちゃんのおねえちゃんになること。それが、わたしのすべて」


「おまえ……わたしの、機体を」


「うん」


 奇妙に無垢な所作で、ユイリィは頷いた。


した。だって、この期に及んでちっとも諦めてくれないんだもの、じゃあもうしょうがないよね」


「何、して……ひっ!」


 喉笛を捕らえたてのひらから。機体の内側へもぐりこんでくる『何か』がある。

 鼠のように蠢き、蚯蚓ミミズのように這いまわり、メルリィの中へ根を張ろうとする何か。


「や、っ……なにこれ……入って、中に……!」


 霊脈の同調接続。

 ただ『読む』のではなく、接続を介してメルリィの内側を

 これは――


「あなたを命令オーダーがあるから降伏してくれないっていうなら、そうしてくれるように修正する」


 ――これは、だ。

 その瞬間、


「いや、いやあぁぁっ! やだ――いやぁあっやめて! やだ、やああぁぁ――――――――っ!!」


 悲鳴が溢れた。

 凍れるように冷たい発狂寸前の恐慌が、メルリィの演算を千々にかき乱した。


 少女のように錯乱して叫ぶ機甲人形オートマタ。その有様を前に、ユイリィは殊更不思議そうに首をかしげる。


「どうして? いいじゃない。あなたにあるのは遂行不能の命令オーダーだけ。他には何もないんでしょ?」


 凍れるようだったのは、恐慌ではない。

 メルリィを見下ろす機甲人形オートマタの、人形ドールのそれすらはるかに下回る冷厳――石くれを見下ろす、凍土の瞳だ。


「ね。言ったよね? 。オーダーしかないの。べつにあなたの事情なんて興味ないし、だからわたしはわたしのオーダーを優先する。わかるでしょ? あなたなら」


 自分でないものが、自分を侵食する。


 此処とは異なる領域レイヤーで、メルリィを内側から書き換えようとする。


 抵抗は封じられた。喚くことに意味はない。


「《接続アクセス》――完了クリア。《走査スキャン》・《解析アナライズ》――」


 ――ああ。

 ああ、そうか。わたしは、


「――完了クリア。最終工程」


 ここが、『』なんだ。わたしの。


 悟り、諦めた。メルリィは瞼を閉じて、何もかもを目の前から締め出した。


 そして、一瞬か永劫のうちにか訪れる――終わりの宣告を待った。



「――――《書換リライト》」


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