97.《あなたが決して果たしえない、たったひとつの祈りのために》・②


 ――《特務》。

 ガルク・トゥバスを支える三つの柱がひとつ。技師。軍。そして――特務。

 《L-Ⅵ》――操令人形マリオノールメルリィ・キータイトの開発を、制作を、望んだ、


「……《特務》に、わたしを召還する権利などないはずですが。現在のわたし――《L-Ⅵ》は、《人形工匠マエストロ》エクタバイナの管理下にある個人所有機です」


 攪乱かくらんされかけた演算を、編みなおす。

 そう。そうだ。彼らが《特務》だとして、だから何だというのか。


人形工匠マエストロ――《人形工匠マエストロ》エクタバイナが亡き現在、わたしの所有権は他の財産の扱いに準じ、人形工匠マエストロの遺族へ分配されるものでしょう。この認識に誤りがありますか」


「正しい。確かにその点は、君が指摘するとおりだ」


 ヴァーベイン――第八工廠を預かる《人形工匠マエストロ》を名乗る男は、どこか軽薄な所作で何度も頷いた。


「だが、人形工匠マエストロエクタバイナの御遺族は善良にして、かつ人形ドールというものの扱いに不慣れな方々のようだ。もし君がそう在ることを望みさえしたならば、メルリィ・キータイトが特務へ召還されることを妨げはしないだろう」


「何を――」


 バカなことを。

 毒づきかけるメルリィへ、ヴァーベインは微笑んだ。


「エスメラルダ・ナテル特務曹のことを覚えているかい?」


「!」


 毒づく言葉は、空気を呑む感覚と共に掻き消えた。


「覚えていたようで何よりだ。《機甲人形オートマタ》の君に対してとあれば、もとより野暮な問いかけではあっただろうが」


「なぜ……」


 メルリィは呻く。

 忘れられるはずがない。ただ、ずっと思い出すことなく、いられただけで。


 ――あの日。《L-Ⅵ》最終起動試験の時に。


 《操令人形マリオノール》として造られ、世界へ送り出される自分が、これから第一に従いかしずくはずだった存在を。

 命令オーダーを、存在の意義を与えてくれる――誰より何より尊く仰ぐはずだった、ただ一人のひとを。


 メルリィが、己が最初の機主マスターとして仰ぐはずだった、第一に従いかしずくはずだったひとを――マキシム・ヴェルナー特務少尉を、あの日に。


 その総身から染み出す不吉な血だまりに沈む彼の身体にとりすがって、叫ぶように泣いていた――



『いやああぁっ、少尉! 少尉……マキシム……!』



 ――エスメラルダ・ナテル特務曹。

 メルリィが殺した彼の、マキシム・ヴェルナー特務少尉の――恋人、だったひと。


「なぜ……《人形工匠マエストロ》レイス・ヴァーベイン、なぜあなたは、今になってその名前を」


「ヴァーベインで構わないよ、お嬢さん。気さくにレイスと呼んでくれてもいい」


 ヴァーベインは病人のように痩せた面差しに、ニコリと友好的な笑みを広げる。


「彼女はある任務を帯びて本国を離れ、我らがガルク・トゥバスよりはるか東の多島海アースシー――ルクテシアという国に潜入しての任務に就いている」


「ルクテシア……」


「言うまでもなく、間諜スパイとしてだ。二年……いや、確かもう三年になるという話だったか」


 世間話を口にする軽さで、ヴァーベインはつらつらと言葉を続ける。

 だが、それは奇妙だ。メルリィの持つ情報と、それらは符合しない。


「エスメラルダ・ナテル特務曹は《特務》ではありますが、諜報員ではなかったはずです。彼女は本国の支援要員で」


で欠員の出た間諜の補充要員にと、自ら進んで手を挙げたそうだよ――無論、元が本国の後方支援バックアップスタッフだった彼女にとって、それが生半可な道ということはなかっただろうが」


 ゆるゆると、嘆くようにかぶりを振る。

 薄く微笑む細面はその選択を哀れんでいるようでもあり、あるいはその愚かさに呆れているようでもあった。


「健気なこととは思わないかい。愛した男の死で欠けたる人員の穴を、自らの身命でもって埋めようという覚悟――その一念でもって、真実、間諜スパイとして選抜されるにまで至ったのだから。いやはや、女性の情念というのもなかなかに侮れない」


「それはいったい何を意図するお話ですか、《人形工匠マエストロ》ヴァーベイン。あなたは一体――」


 彼はあの事故を知っている。

 メルリィが殺してしまった彼と、その恋人であった彼女を知っている。


 たぶん、もっと多くのことも――メルリィが特務からも第五工廠からも離れ、《人形工匠マエストロ》エクタバイナのもとに身を寄せるに至るまでの経緯いきさつも。


「エスメラルダ・ナテル特務曹の現在と、わたしを特務へ召還することに、いったい何の関係があると」


制作意義ファースト・オーダーを果たしたくはないかい?」


「は……?」


 制作意義ファースト・オーダー――あらゆる人形ドールへ刻まれる、この世界へ送り出された理由。

 生まれてはじめて与えられ、果たせと命ぜられる命令オーダー

 その存在を顕す至上命題。


 だが、


わたしの……わたしの、制作意義ファースト・オーダーは――!」


「超長距離遠隔思考操作による《操令人形マリオノール》。人に擬態し、人を代行する人形の制作・開発」


 声を荒げるメルリィを遮り、宥めるような猫なで声で語る。


「これが正しく完成を見た暁には、《特務》においても希少なる間諜スパイ達――広き知見と高度な能力を兼ね備えた国家の財産たるトップエリートを本国で安全に保護しながら、かつ諸国へ送り込んだ操令人形マリオノールを外部端末として、職責たる諜報にその能力を活かすことがかなう。夢のように合理的な未来が、実現に至るはずだった」


 ナテル特務曹とヴェルナー特務少尉は、結婚の約束を交わしていたふたりだった。


 だが、間諜スパイという立場にあったヴェルナー特務少尉は、その職務に就きつづける限りにおいてナテル特務曹と結ばれること叶わない。


 己の一切を偽り、時には潜伏先で家庭すら作り、人生を捧げて本国のために密命を果たし続ける。それが間諜スパイという職責であるからだ。


 だからこそヴェルナー特務少尉は、《L-Ⅵ》起動試験の機主マスターとして手を挙げた。

 《L-Ⅵ》に搭載された超長距離制御と擬態機構が実現、量産に至れば、もはや間諜は本国を離れる必要をなくす。祖国に身を置きながら操令人形マリオノールを制御し、各々に課せられた責務タスクを果たせばよい。


 そして、仮にそこにまでは至らずとも。

 《L-Ⅵ》の機主マスターとして試験運用にあたる間は、彼は本国から離れることなくいられる。


 恋人の、傍にいることが叶う。彼女と家庭を持つことさえも。


「しかし悲しいかな、その実現に手が届くことはなかった。

 第五工廠における最終起動試験は失敗に終わり、この際に明らかとなった問題点は、その後も続けられた研究・試験開発を経てなお解消されることはなかった」


 ――起動実験は失敗に終わり、ヴェルナー特務少尉は命を落とした。


 事故の原因検証を経て超長距離制御機構の改修が行われたが、これは想定の性能を満たすことができず――結果、《L-Ⅵ》改修量産型のプランは凍結。

 後に、計画そのものの正式な破棄が決定された。


 《御前円卓会議ラウンズ》は、現時点における疑似霊脈網群デミ・レイライン実装型操令人形マリオノールの実現は不可能と判定。

 この先、第二のマキシム・ヴェルナー特務少尉が生まれることだけは――決してなくなった。


「かくして君の制作意義ファースト・オーダーは果たされることなく潰え、その幕を降ろすことと相成った」


 ――そして。それゆえに。


 メルリィのファースト・オーダーが果たされることは決してない。

 それはただただ無為に、マキシム・ヴェルナー特務少尉の命を奪い、彼にまつわるいくつもの悲劇をまき散らした。ただそれだけのものだった。


「そこまで分かっていながら――」


「――と。君は考えているのだろうね、《L-Ⅵ》?」


「な――」


 機先を制され、絶句する。

 男は幼児をあやすようなにんまりとした笑みを受けべ、大きく両腕を広げた。

 

「その認識は誤りだ、メルリィ・キータイト。それは君に実装されたの失敗であって、《L-Ⅵ》という機体の制作意義ファースト・オーダー、その失敗を示すものではない」


 ――混乱している。

 そのことを、自覚していた。


 目の前の男が紡ぐことばは、その一言一言がメルリィの足元を掘り崩し、危うくしてゆくかのようで。


「話を戻そう。近く、エスメラルダ・ナテル特務曹には要人暗殺の命が下される」


 ――暗殺。

 ガルク・トゥバスの国益を妨げると判断された諸国の要人暗殺は、諜報活動と並んで《特務》が担う専任事項のひとつだ。


「しかし、標的ターゲットはルクテシアにおいて有数の大貴族、その当主だ。暗殺はその遂行において多大なる妨害が予測され、これら妨害を突破しての暗殺遂行は、ナテル特務曹の技術では到底叶うまいというのが《特務》司令部の見立てだ」


 元々が本国の後方支援要員バックアップ・スタッフ

 さらに、三年も前から任務のために潜入しているとあっては、訓練期間も決して長くはなかっただろう。


暗殺者スタッバーとしての彼女は二流にも満たない。この認識のもと、《特務》は実働要員として任務遂行に当たる増援部隊の編成を急いでいる」


「その増援としてわたしを編成するというのですか。そんな馬鹿げた話が」


「馬鹿げた話かね?」


 ヴァーベインは失笑した。

 何がそこまでおかしいのか、くつくつと肩を震わせ、押し殺して引き連れたような笑い声を零す。


「いや失敬。たしかに君の立場からすれば、それは到底考え難い選択なのかもしれないね。

 だが――たとえばだ。君はこんな風に想像力を働かせることはできないだろうか」


 軽く人差し指を振るジェスチャーと共に、ヴァーベインは言う。


「この場にマキシム・ヴェルナー特務少尉がいたならば。彼は何と言うだろうか」


 真綿で首を絞めるように、ゆるゆると。

 まるで蛇が這いずるようにして、男の言葉が本題に迫ろうとしている――その気配が忍び寄っている。メルリィの足元まで。


「彼が今ここにいたならば。一人、異郷にある恋人の苦難を思わずいられるだろうか。自らの手でもって、彼女の苦難を救いたいと願わずいられるだろうか」


「その仮定に何の意味があるというのですか。彼は死者です。彼は――」


「そうだね。彼は死者であり、異郷の恋人へ何らの力も差し伸べる手を持たない」


 だが――と。

 どこか焦点を欠いた、熱に浮かされたような男の相貌が、メルリィを捉える。


「だが、彼にはがいる。彼の手が届かぬ遠き異郷に身を置いて、その手となり足となり彼の意を遂行する繰人形マリオノールがいる」


「わた、し……?」


「そうとも! 故にこそ、私は《特務》の使者としてここへ来た。

 君の制作意義ファースト・オーダーは未だ果たされていない。始まってすらいない――なぜならその意義オーダーは与えられる猶予すらなく、断絶したからだ!」


 彼は死んだ。メルリィが死なせた。


 操者たる機主マスターとメルリィを繋いでいた同調接続。これを通して侵襲したマキシムという『異物』を、覚醒前のメルリィはに拒んだ。


 結果、同調接続の切断によって、接続を形成していた励起法力は行き場をなくし操者へと逆流。彼を惨殺した。


マキシムが君に望むものとは何だったか?

 君は彼という機主マスターの忠実なる手足、遥か遠き異郷においてその意を遂行する、『』として望まれた存在だった。その遂行は、君の制作意義ファースト・オーダーは、不幸な事故によって生起すら見ることなく断絶したが――だが、今はどうか?」


 メルリィへ語りかける男の声は、まるで蛇の言葉のようだった。

 喉に絡みつき、呼吸を締め上げる、まだらの蛇だ。


 十二創世神の教えに言い伝えられる神話のひとつ。

 この世と異なる世界に住まう魔なる者達が、現世において人に悪を囁くとき――その現身として、彼らは斑の蛇を選んだという。


「死者の国――彼岸という異郷から、彼は恋人を救う術を求めるのではないだろうか。そしてその手は今、確かにここに在る。

 己が機主マスターを敬し仰ぎ、その意を遂行する機甲人形オートマタ! 君という代行者が、ここに!」


「…………………………」


 ――ふと。

 霞のように熱狂を消して、ヴァーベインは静かに、メルリィへとその痩せた手を差し伸べた。


制作意義ファースト・オーダーを果たしたくはないかい? 機主マキシムが君に与える、かつて与えられるはずだった命令オーダーだ。

 その遂行は君という機甲人形オートマタが正しく創られた証――第五工廠の咎、《人形工匠マエストロ》エクタバイナの咎とされた一切を、あやまちと証明する行為でもある」


 ――人形工匠マエストロ

 ――第五工廠。


 わたしが、あのひとに負わせてしまったもの。


「彼は……」


 呻く声は、ひどく掠れて聞こえた。


「マキシム・ヴェルナー特務少尉は……わたしが殺してしまったのに……?」


「あれは事故だ。そして、事故は起こるものさ、どうあってもね」


 空はまぶしいくらい晴れ渡って、遠く遠くどこまでも、果ての先まで拡がっているかのようで。

 ここにあったはずのものも、ここにあってほしかったものも、すべては墓石の下へおさめられた亡骸を残して、その果てまで流れていってしまうようで。


 だから、もうここには手を伸ばせるものなんてひとつも残ってなんかなくて、問いかけることばに応えてくれる声もない。

 分かってる。ちゃんと、わかってた。どれだけあの日を想い、再演算を繰り返したとても、最善の結果など分かりはしない。何一つ変えられはしない。


「ひとつ、伺ってもよろしいでしょうか」


「何なりと」


 いつしか自分の足元へと落ちていた眼差し。その片隅に、白々とした新しい墓石が引っかかっている。

 記されるべきものを、あのひとを顕すたくさんのものを取りこぼした、無貌むぼういしぶみ


(――ああ)


 メルリィは目を閉じ、その一切を視界の外へと追いやった。


 もう、答えが返ることはないのだろう。だとしても、未だ知り得ないすべては問いかけ続ける以外に術がない。

 メルリィは、他になすべきやり方を知らないから。


 《人形工匠マエストロ》エクタバイナは、問いかけるべき背中は――もう、どこにもいないのだから。


「その遂行は、ことになりますか」


「なるとも」


 縋る問いかけに、男は頷いたようだった。軽々に、一瞬のためらいもなく。


機主マキシムの意を代行し、彼の恋人エスメラルダを支える行いだ。

 それは君の真実の価値を証明し――第五工廠と敬すべき《人形工匠マエストロ》から、失敗の汚名を濯ぐ行為となるだろう。それは善行だ」


 視界を塞いでいたまぶたを開き、顔を上げたとき。

 メルリィの目の前には、三日月のようにまなじりを細めたヴァーベインの笑みがあった。

 彼の後方でひっそりとかぶりを振る二機の機甲人形オートマタの溜息に、メルリィが気付くことはなかった。


 ――善行。

 ただ、唇の内側で繰り返すことばに、男は大きく首肯する。


「そうとも。人がより良く生きるための行いだ。君の善行は、きっとすべての人の幸いと可能性へ貢献する行為となる」


 ――そう?


 ああ――そうか。そうなのか。


 ひとが、よりよく生きるための善行。

 なら、わたしはきっと、それを果たすべきなのだろう。だって、


(――そうでしょう?)


 だって、わたしはあの方にとっての他者。

 目的を与えられることなく、ただこの世界へと生まれ落ちた理由のない人格。


 ひと、なのだと。


 あなたは、こんなわたしを、そう呼んでくれたのです。だから、


 だから――


 ………………。

 ……………………………。



 自分の意識が落ちていたことを、メルリィは夜空を見上げる自身の認識によって理解した。


 生垣ロッジ迷路を形成する硬い植木のひとつ。通路の行き止まり。

 ていねいに整えられたその枝葉を枕に座り込んで、ぼうと空を仰いでいた己を、メルリィは自覚した。


 何か、古い記録を見ていた気がする。

 機甲人形オートマタの形成人格を管理する契法晶駆動基は、形成人格の休眠中に観測情報を整理し、参照性を担保する。


 観測情報の整頓を誤って、古い記録データを掘り起こしでもしたのかもしれない。前にも何度か、そうしたことがあった。

 いつだったかに、その話を人形工匠マエストロへしてみたところ、


『――そうか。機甲人形オートマタも夢を見るのか。思いがけぬ盲点だ。新たな発見だ』


 と――メルリィには否とも応とも判じかねる感想を口にしていた。たぶん、あの時の彼はメルリィの答えなど必要としていなかったし、「そうか、そうか」と何度も頷く彼が楽しそうだったので、メルリィもそれだけで満足だった。


 人が『夢』なるものを見るのだ、ということを教えてもらったのも、あの時だったはずだ。

 願望や未来の展望としての『夢』ではなく、深い眠りの中で見る幻想と記憶の『夢』。


人形工匠マエストロ……」


 ――どうせ見るなら、もっと別の『夢』が見たかったな。


「より良く生きる、とは……何ですか……?」


 問いかける声は掠れ、星が瞬く暗い緞帳の空へと吸われてほどける。


 機体の異常を告げる警報アラートは今もひっきりなしに鳴り続けている。問いかける声が掠れて聞こえたのも、半ばはメルリィの内側で繰り返される警報のせいだったかもしれない。


 異常を告げられたところで、自分にはどうしようもない。


 騎竜の突撃で受けた衝撃ダメージは、当初の想定をはるかに上回って深刻だった。

 自動調律オートメンテナンスによる自己修復で多少は直っているはずだが、その効果のほどは慰めというにも程遠い。


 次の交戦は、何らなす術もなく無様に決着するだろう。


「教えてください、人形工匠マエストロ……わたしにはわからない。何も……わからないんです、人形工匠マエストロ……」


 制作意義ファースト・オーダーなんて、どこにもありはしなかった。最初から。


 エスメラルダはメルリィの任務達成など期待していなかったし、そもそも暗殺の成功さえ、端から望みはしなかったのだろう。


 トリンデン卿の暗殺計画は、とうの昔にその前提から破綻していた。

 ルクテシアにおけるガルク・トゥバスの協力者であったワドナー卿は既にその地位を追われて逃げ隠れするばかりの身の上で、仮に今の時点で暗殺が成功したところで、巻き返しがかなうような段階ではなかった。


 もはや、この暗殺によってガルク・トゥバスが得るものはない。

 状況を見切った《特務》のエージェントは、次々と離脱を始めていた。


 それでもなおエスメラルダが任務の続行を具申し、暗殺計画の続行を選んだのは――そう、今ならその意味が分かる。メルリィを、こうするためだ。


 こののためだ。

 メルリィは嗤った。ひとりきりで。


 恋人マキシムを死に追いやった忌々しい人形が、無価値で無意味な存在であったのだと――誰の目にも明らかに、知らしめるための。


 あの日。メルリィがはじめて《人形工匠マエストロ》エクタバイナに手を差し伸べられた、あの日。希望と呼んでもらった、記念すべきあの日に。


 《人形工匠マエストロ》エクタバイナに阻まれ、《特務》が果たせなかった行為の――きっと、その先に彼女が見ていたものが、今この時の結果だった。


 メルリィ・キータイトは何一つ果たせず、無様に、無意味に、何の価値もなく――卑劣で汚らわしい、忌むべき機甲人形オートマタとして、潰えて終わる。


 その証明。ただ、それだけの結果。


「わたしは……より良く、生きられましたか……?」


 ええ、それでもいいのです。何一つ、構いはしないのです。


 だって、機主マスターの、マキシム・ヴェルナー特務少尉の代行としてエスメラルダを支えるために。メルリィはそのためにこそ、ここにいたのだから。


 だから、彼女がこの結果を望むのならば――この結果が、彼女の幸いと可能性に奉仕するものであるのなら。


 それもいい。それでいい。

 だってメルリィわたしには、他にもう何一つとして、残されたものなどありはしないのだから。


 目を閉じて、美しい星空を遠く世界の外へと追いやって。

 ひとつ、大きな息をつく。


「――見つけたよ」


 それでも、まだ。わたしは、その終わりを迎えられてはいないから。


 目を開いたその先。左右を生垣に挟まれた通路を塞ぐようにして、一機ひとり機甲人形オートマタがそこにいた。


(やっと……)


 メルリィはうっすらと微笑を広げる。

 随分遅かった。たくさん足掻いて、みっともなくもがいて、そのせいで回り道もした。けれど――ようやく、ようやくが来た。


「ようこそ、ユイリィ・クォーツ……待っていましたよ」


 ――《L-Ⅹ》ユイリィ・クォーツ。彼女がそこにいた。


 このくすみきった舞台に幕を引き、終演の喇叭ラッパを鳴らす使者が。

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