77.闇に潜む刺客を探せ! 《冒険者》達の出撃です!!・⑦
状況が動いたのは、昼近くになってからだった。
朝食後のランディ達は、ユイリィと共に客室に集まっていたのだが――そろそろ昼時という頃になって、小柄なパーラーメイドのセシェルが飛び込んできたのだった。
「ユイリィ様、いらっしゃいますか!?」
「いるよ。どうしたの?」
「スレナ、さんが……」
談話室のソファに行儀良く座り、ランディ達と揃ってテーブルを囲んでいたユイリィが、その一言ですくっと立ち上がる。
息を弾ませ、肩で呼吸を繰り返しながら、小柄なメイドは切れ切れに訴えた。
「――帰って来たそうです! スレナさん、今、本邸のホールに……! わたしっ、旦那様から、ユイリィ様をお呼びするようにと言いつかって」
「そう。わかった。ユイリィも行くから」
よほど急いでいるのだろう。咳きこみそうになりながら言い終え、息が整うのも待たず
彼女の隣に座っていたランディは、すぐにその後へ続こうとしたが、
「ごめんね、ランディちゃん達はお部屋にいて。ユイリィが見てくるから」
――と。
あっさりその出鼻を
ぱたん、と無情に閉まった扉を、ほかにどうしようもなく見つめるしかない。ランディの対面でソファに座ったままだったラフィが、拗ねたみたいにぷぅっと頬を膨らませる。
「なーんか……あたし達、完全に子供扱いじゃない?」
「子供扱いっていうか、子供だしね。僕達」
「そうかもだけど!? でも、あたし達もういちにんまえの冒険者よ! レドさんだってあたし達のこと、仲間だってゆってくれたし!!」
「だからラフィ、トリンデン卿……うん。それはまあ、確かにそうかもしれないけどさぁ」
「? なによメガネ。言いたいことあんならはっきり言いなさいよねっ」
詰め寄るラフィに、ユーティスがなおも続ける言葉に悩むみたいに眉根を寄せて唸る。
そんな時だった。
「あれっ!?」
唐突に、と素っ頓狂な声が上がる。
声の主は、立ち上がってきょろきょろと部屋の中を見回す――エイミーだ。
「エイミー、どうかしたの?」
「クゥちゃんがいないの。どっか行っちゃった!?」
「え、クゥ?」
言われて、ランディも部屋の中を見回す。
クゥは、今朝もメイドさんに朝ごはんを貰うために連れられていって――朝食の後に部屋まで連れて帰ってもらっていた。
その後は、たしかさっきはまで毛布をたたんだ専用の寝床でごろごろしていたのだけれど――いつの間にか、そこから姿が消えていた。
「え、あれ!? でも……さっきまでそこいたよね。どこ行って」
「いた」
リテークが指差す、その先。
つられて振り返ったランディ達の視線が集中する先で――廊下に続く扉の、薄く開いた隙間からするりと外へ抜け出すクゥのしっぽ。
そのふわふわしたさきっちょが、ちょうど扉の向こうに消えるところだった。
「――って、ちょっと待って!? さっきちゃんと閉まってたわよね、扉!!」
「た、確かに閉まっ……あ、そうかクゥが開けたんだ! 猫ってドアノブひねって扉開けられるっていうし!」
「なんで! 何の音もしなかったわよ!?」
「それは、ええと、そんなの僕に訊かれても!!」
「ちがうよユーティスくん、クゥちゃんは犬さん!!」
「犬ちがう。幻獣」
「ねえ、ふたりとも気にするとこそこなの!? そうじゃなくてさ、はやくクゥを連れ戻さなきゃ!!」
これはまずい。
ただでさえスレナやドナのことでばたばたしているのに、このうえこのお屋敷の中でクゥまで迷子になってしまったらそれこそ大惨事だ。
放っておいたらどこに行ってしまうかわかったものじゃないし、見つけられるかもわからなくなる。おかしなところへ入り込む前に、なんとしてでも連れ戻さなくちゃいけない。
真っ先にソファから走りだし、クゥの後を追うランディ。
その背中越しに、
「――そうね」
なぜか、ひどく明瞭に響いた――ラフィの声を聞く。
その不吉な響きに、思わず足が竦む。
「クゥを探しに出なきゃいけないんだもの。……しかたないわよね?」
「えっ。ら、ラフィ?」
「っし! 行くわよみんな、クゥを連れ戻す――ついでにうっかり本邸の方に行っちゃっても、あたし達はクゥを追っかけてたんだから仕方ないわよね!?」
「え……ええぇ!?」
ランディは混乱する。
これは、何か――ラフィ、ろくでもないことたくらみはじめてない!?
「うい。しかたない」
「いいわねリテーク、あんた話せるヤツだわ!」
あれよあれよという間に、一部で合意が成立していた。
ユーティスがてのひらで顔を覆って天を仰いだ。
「っしゃあ行くわよ! みんな、あたしについてきなさい!!」
「もうだれもおれたちをとめられないぜ」
「あ。わ……ラフィちゃんっ、リテークくんまでっ!? ふえぇん待ってえぇぇ!」
ランディを追い越して、廊下に飛び出していってしまうラフィとリテーク。
大慌てのエイミーと、完全に諦め顔のユーティスが続き――
「ちょ……待ってよ、ぼくも行くっ!」
――完全に置き去りにされたランディが、慌ててみんなのを追いかけはじめた。
◆
前を走るフワフワの尻尾が、右に左に揺れている。
ランディ達に追われているのに気づいてか、クゥは足を速めて廊下を走る。
階段を駆け下り、ホールを抜けて、やはりちょっとだけ開いていた別邸の玄関をするりとすり抜けて外へ。
「ねえ、クゥ……ほんとうに本邸の方へ行ってない?」
「好都合だわ。このまま行っちゃいましょ!」
何で?
ラフィはちっとも気にしてないみたいだけど、ランディはその理由の方がよほど気がかりだった。
人が多いところに向かっているんだろうか。
人の多いところだとかまってくれるひとがいて、かわいがってもらえるから――クゥはとにかく人に対する警戒心というものがないみたいで、この館に来てからはずっとメイドさん達にかわいがってもらっていたから。
でも、だとしてもおかしい。
どうしてさっきから行く先々の扉が、クゥに都合よくちょっとだけ開いているんだ。
別邸の重たい玄関扉が開いていたのもそうだけど、そもそも客室の扉からして、ユイリィがしっかり閉めていったのを見たはずなのに。
子犬みたいにちいさな体が、渡り廊下を軽やかに駆け抜ける。
――魔法?
《幻獣》だから?
クゥは幻獣だから、魔法を使って自分の行先の扉を開けている?
「もしかしたら、なんだけど……」
隣を走っていたユーティスが、弾む呼吸の合間に話しかけてくる。
「『遺跡』の隠し通路が開いてたの……クゥが生まれたからじゃ、なかったのかもしれないね……」
――クゥが、自分で開けた?
もし、今そうしているのだとしたら、それと同じように。邪魔な扉を排除して、あのちいさな部屋から外へと出られるように。
本邸の玄関ホール。
はじめて《遊隼館》へ来たときに見た、《真人》の天井画が描かれたその場所へ出るその手前のところで、クゥは速度を落とし、足を止める。
息を切らしながらどうにかクゥのところまでたどり着いたランディは、壁に身を隠してそっとホールを覗き見る。そんなことをしてもユイリィには気づかれてしまっているのかもしれないという気はしていたが、隠れないよりは気分的にまだマシだ。
ホールには、屋敷中から集まって来たんじゃないかというくらいたくさんの人がいた。
厨房のコック服姿のひと。職分ごとで微妙に制服が違う大勢のメイドたち。華美な鎧を身に着けた護衛騎士や、制服姿の番兵。大勢の人たちが輪を作るみたいに、広いホールへ集まっていた。
その中心。たくさんの人に囲まれたその場所に、肩を落とした長身の女性がいた。
メイド姿ではなく、外出着らしいぞろりとスカートの長いワンピースを着ていたけれど、真っ直ぐ伸びた髪と面差しでそうと分かった――ただ、項垂れて肩を落とす今は、常の姿勢の良さは見る影もなかった。
スレナだった。
彼女ひとりだけだ。ドナはいなかった。
アンネリーやエレオノーラ、セシェルといったパーラーメイド達はスレナの傍で何事か話しかけながら、安堵半分不安半分の頼りなげな笑顔を覗かせている。
ユイリィは彼女達から少し離れたところでこちらに背を向けて、そうした様子を見ていたみたいだった。
「スレナ!」
「旦那様……」
「よく戻った。無事――かは分からんが、こうして戻ってくれて何よりだ」
吹き抜けになったホールの二階に、トリンデン卿が姿を見せた。
階段を通って一階へ降りたトリンデン卿は、左右に道を開ける使用人たちを間に挟んで、弱々しく面を上げたスレナと向かい合う。
「館を抜け出した理由から始まって聞きたいことは山ほどあるが、大事なこと以外はひとまず後回しとしよう。
きみ一人なのか? ドナはどうしたのか。きみと一緒に出たと聞いていたのだが」
「申し訳ありません……」
スレナは再び項垂れる。
「ドナと館を出たあと……急に、誰かに襲われて。気がついたときには、市内にあるトリンデン家の物資保管庫にいました」
さらわれて、捕まってしまっていた、ということだろうか。
けど、
「物資保管庫……?」
「天災や大きな火事があったときのための備蓄品を置いておく倉庫のことだよ。コートフェルでは公園や役場みたいな緊急時の避難所になる場所の近くに、いざというときに備えてそういうのが作ってあるんだって」
眉をひそめるランディに、ユーティスが早口で解説を入れてくれる。
その間にも、ホールでのやりとりは進んでいく。
「犯人の姿は見たか?」
「フード付きの
――フード付きの
《諸王立冒険者連盟機構》で襲われたとき、
「……犯人から、旦那様への言伝を預かっています。ドナは人質で、そのために私ひとりだけを解放したようでした」
「聞こう。話してくれ」
トリンデン卿は促すが、スレナは躊躇った。
その視線が、伺うように左右へと走る。
「どうしたスレナ。早く話してくれ」
「……犯人は、旦那様にだけ伝えるようにと言っていました」
苦しげに、スレナは唸る。
「他の誰かに漏らした場合、
「……分かった。しかし場所を変えるのは時間が惜しい。近くに寄りなさい」
「申し訳ありません……」
消沈を露に項垂れたまま、スレナは手招きするトリンデン卿の傍へと進み出る。
その時だ。
ランディの踝を撫でる、ちいさな感触があった。
「きゃ」、「わ」と幼なじみたちの声が上がる。
クゥだった。まるでトイレをするのにいい場所を探しているときみたいに、落ちつかない足取りでみんなの足元をうろうろしている。
「え。やだ、もしかしてトイレ? こんなとこでおしっこされでもしたら」
「わ、わたしつれてくっ。お外ならいいよね」
ラフィ達があたふたする中、ランディは急に胸が締め付けられるような、嫌な予感に襲われていた。
ああ、だって、そうだ。前にもこんなことがあった。あの時もたしかクゥはこんな風にうろうろしていて、急に高い声で鳴いて――
(その、後に)
ぞっとしながら、弾かれたようにホールを振り返る。
そこでは今まさに、トリンデン卿の傍らにまで近づいたスレナが、
(まさか)
耳打ちするように。そっと、手を翳して、
「レドさ――!」
「そこまで」
その、歩みを。
手首を掴んでぐいと引き剥がし、止める手があった。
それは、
「ユイリィ様、何を」
「ごめんね? ユイリィそういうのいらないんだ」
――だって、と。
困惑が露なスレナの抗議を、ユイリィは花のような笑顔で棄却する。
トリンデン卿がすすっと後方に下がり、対峙するふたりから距離を取る。
「だって、もうぜんぶわかってるから。
今度は捕まえたよ、メルリィ・キータイト」
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