72.闇に潜む刺客を探せ! 《冒険者》達の出撃です!!・②


 ――ドナ・フィッシャーはトリンデン家の館で働くパーラーメイド、即ち客人の応対と給仕をその職責とするメイドのひとりである。


 くしゃくしゃの癖っ毛に、本の読みすぎで落ちた視力を補うおおきな丸眼鏡。


 背丈がそこそこあったのに加え、実家の教育の賜物か姿勢がよくて「立ち姿の見栄えがする」と評価されていることもあって、長身の美人が好まれるパーラーメイドとして最低限の条件は満たしていないこともない。


 だが周りの同僚たちに比べると、自分は二段も三段も格が落ちる。しかもそれは「自分が美人ではないから」、などという即物的な理由のみによるものではない。

 それがドナ自身の、現状に対する自己評価だった。


「はぁ……」


 ドナは別邸の裏手――人通りのない、敷地のあまりみたいな狭いスペースになったところで脚を抱えて座り、どんよりとした瞳で目の前の、スカートとエプロンに包まれた自分の膝を見下ろしていた。


 スカートのお尻が汚れないよう、ハンカチを敷いた上に腰を下ろして。

 鬱々うつうつと溜息を零し、色味の薄い唇を噛む。


 パーラーメイドは長身の美人が好まれる。見栄えがいいからだ。

 アンネリーやエレオノーラといった長身の美人は言うまでもないし、同僚の中ではいっとう年少でちんまりした背丈のセシェルだって、お人形さんみたいな顔立ちをしたとびきりの美少女だ。


 何より誰より、彼女達を束ねるそのひと。パーラーメイドたちのまとめ役、スレナ・ティンジェル!

 あれくらいすらりと姿勢のいい美人を、ドナは彼女の他にひとりも知らない。


「はあ……」


 もちろんスレナは、ただ姿勢がいい美人というだけのひとじゃない。歩く姿も美しく、仕事ぶりには一点の瑕疵かしもない。

 家政長ハウスキーパーのアンリエットはもちろん、同格のメイド達や男性の使用人を見渡したって、彼女の仕事にケチをつけるひとなんてひとりもいない。その仕事ぶりを見込まれて、彼女は接客やお給仕ばかりじゃなく、客人のお世話がないときには経理や人員の差配を手伝ったりなんかもしているらしい。


 もし何かの理由でアンリエットがお屋敷を去るようなことがあったら、その後任たる家政長ハウスキーパーはスレナになるだろう――そう、もっぱらの噂になるくらいの仕事ぶりだった。


 彼女の仕事ぶりをつぶさに見ながら、当世もてはやされる職業婦人とはああいったひとのことを言うのだと――ドナは心から敬服したものだった。


「はああぁぁ……」


 ――それに比べて。


「また……やっちゃった……」


 昨日は、お客様を迎える時の集合時間に遅れてしまった。


 それから廊下をみっともなく走り転げた挙句に花瓶の台座に脛をぶつけて、台の上の花瓶を落っことした。

 花瓶が割れずに済んだのが不幸中の幸いだったが、こぼした水を掃除したうえ花瓶の水を入れ直さなければいけなかった。


 そも、問題はそればかりではない。廊下を走って逃げる羽目になった、発端からして問題だった――そちらはお客様が誰にもその件を話していないのか、今のところおとがめを受けてはいないが。だからと言ってよしとできるものでもない。


 今日は――朝食の片付け中に、食器ごとサービスワゴンをひっくり返した。

 貴重なお皿がなかったのがせめてもの救いだったけれど、割った食器ぶんの弁償は実家へ請求されることになるだろう。お父さんやお母さんにも叱られる――だけで済めばまだいい。これ幸いと家へ連れ戻されてしまうかもしれない。


 それは困る。


「しっかりしなくちゃ、あたし……しっかり……せめて、もう少しだけでもここに、コートフェルにいられるようにしなくっちゃ……」


 ――ここしばらくは、特にドジがひどい。

 夜更かしばかりして、あんまりよく眠れていないせいだ。


 スレナも、アンネリー達も、いつだってドナのドジをそれとなくフォローしてくれているし、失敗もできる限りは庇ってくれてもいる。けれど、そのことだってドナは、たまらなく申し訳なくて仕方がないのだ。煎じ詰めればそれは、どこまでさかのぼってもぜんぶ自分のせいだから。


 悪循環なのは分かっていたが、眠る時間が惜しい。

 少しでも自由に使える時間が欲しい。部屋に籠って、のためにに充てる時間。でないと――


「あの……」


「――っひゃやああぁあああぁぁあああ!?」


 突然、横合いからかけられた声に、ドナは悲鳴を上げて飛び上がった。



 別邸の裏手にあたる角のところから、ちょっとだけエプロンのレース飾りらしきものが覗いているのを見つけた。

 どうしたんだろう、と気になったのと、あと何となく予感めいたものがあったので行ってみたら、予期していたとおり――昨日、遅刻して怒られていた、ついでにランディ達の客室の前でどういう訳か盗み聞きみたいなことをしていた、ドナというメイドさんがいた。


 そのドナは、ランディが声をかけるなりわたわたと四つん這いで這って逃げた挙句、べしょんと顔から芝に突っ込み、ぺしょんと両腕を投げ出すようにして止まった。

 その、あまりというにもあまりな光景を前に――ランディは目を丸くして、言葉を失っていたが、


「あの……えっと。あれ?」


「すみませんでしたぁ!」


 ドナはバッタみたいな勢いでくるりと反転するなり、その場に膝をついたまま、地面に額がくっつきそうなくらい頭を下げて謝りはじめた。エプロンの膝のところが、芝と土でたいへんなことになりそうだった。


「申し訳ありませんっ、申し訳ありません! ここここれはさぼっていたわけではなくてあの、自分が情けなくていたたまれなくてだから」


 訳が分からなかった。

 訳が分からなかったが――ひとつだけ、ぴんと脳裏に浮かぶものがあり、ランディは宥める声音で話しかける。


「その、盗み聞きのことは気にしてないですから……」


「ちがいますぅ!」


 がばっ! と顔を上げるドナ。


「いえ違いませんけど! やっぱりアレってそういうことになっちゃうと思いますけどほんとは盗み聞きなんてするつもりじゃなかったんです! あたしあの時は単なる御用聞きのつもりでっ、な、なのにノックしようとしたら急にお部屋の中からドニー・ポワソンって聞こえちゃったから! それでついあたし」


「ドニー・ポワソン?」


 涙目で、真っ赤になりながら並べ立てるドナの言葉の中から、ランディは耳ざとくそれを聞き分けた。


「ドナさん、ドニー・ポワソンのこと知ってるんですか?」


「えっ? あ――」


 しまった、と言わんばかりの勢いで血の気が引くドナ。その反応自体が、ランディの問いに対する明確な回答だった。

 お尻で後ずさりかける彼女の前に、ずずいと距離を詰めるランディ。


「もしかして、ドナさんもドニー・ポワソンが好きなの!?」


「…………へっ?」


 目を輝かせて詰め寄るランディに、ドナは呆けたように目をしばたたかせていたが。

 やがて、空を仰ぐことしばし――あらためてランディと視線を合わせると、ドナは一度だけ、コクンと頷いた。

 ランディの表情がいっそう輝く。


「やっぱり! あの、ぼくもドニー・ポワソン好きなんです! 大人の女のひとでも『ドニー・ポワソンの探求』読むんですね!!」


「あ、はい。その、読みます……読んでます。わたし。はい」


「じゃあじゃあ、どのおはなしが好きですか!? ぼく、『ルサヴィ孤城の殺人』がいちばん好きなんですけど」


「……お目が高いですね。わたしも、あれが白眉だと思います」


「はくび?」


「最高傑作、ということです」


「だよねー! ぼく、ドニー・ポワソンがレディ・アンジェ姫を説得してるとこがいっちばんかっこいいと思うんです。『いいですかレディ。そうやって子供のように泣くのはやめて、これから私の言うことをよくお聞きなさい』ってとこ!」


「……お客様、読み込んでますね」


「うん!!」


 興奮が止まらない。

 最近読んだ中ではいちばんおもしろいと思ったし、続きもずっと楽しみにしているのだけど、どういう訳か周りの友達で読んでいるひとがひとりもいなくて話題を共有できる相手がいなかったのだ、これまでは。


「……といいますか、『ドニー・ポワソンの探求』ってもっと年上向けの――いえ、たしかにあれは娯楽小説ですけど、でも大人が読むくらいのシリーズですよ? お客様くらいの年頃の子が読まれているのに、びっくりしてます。わたし」


「え。そうなの? シオンにいちゃん、街で売れてる冒険小説みたいだから――ってゆって、買ってきてくれたんだけど」


「……文章、難しくありませんでした?」


「むずかしいとこあったけど、辞書借りて読んでます。にいちゃんのやつ」


「……すごいですね」


「そうかなぁ? そんなでもないとおもうんですけど」


 うきうきと頬を染めてはにかむランディとそうやって話しているうちに、ドナの方も少しずつ落ちつきを取り戻してきた。

 あらためて姿勢を正して座り直し、ランディと向かい合う。


「ランディ・ウィナザード様――ですよね。旦那様のお客さまの」


「はい! ランディ・ウィナザードです! 好きな冒険者はシオンにいちゃんとフリスねえちゃんと《導きの三連星トライスター》とドニー・ポワソンとラーヴァルト・セイブレムと他にもたくさんです!」


「ランディ様、『天嶺の騎竜兵』も読まれてるんですね……ラーヴァルト・セイブレムかっこいいですよね。わたしもああいうの憧れます」


「だよねー!」


 思いがけないところに理解者がいた。

 ランディは同士を見つけた興奮のあまり、両手を振り回してはしゃぐ。

 そんなランディを見つめていたドナは、肩を落として力なく笑った。


「あの、ランディ様のことびっくりさせちゃいましたよね、さっき。申し訳ありません」


「ううん、ぼくの方こそ驚かせちゃってごめんなさい。ドナさんおしごと中でしたよね」


 ぎくり、とメイド服の肩が震える。


「えー……あ、はい。お仕事中……といいますか、今はいろいろあってお仕事がつらくなってしまったといいますか、その」


「え。さぼりですか? えっと、その、ドナさん大人のひとだからいろいろあるのかもですけど、さぼりはよくないと思います。怒られちゃいますよ?」


「はぐぅ!?」


 自分よりはるかにちいさな八歳の子供から正論をぶち当てられ、ドナは胸を抑えて悶える。


「そ、そうですよねぇ……! わかってるんですよ! なのにこんなちいさなお客様から諭されてしまうだなんて、あたしってほんと……ほんと、もう……!」


「……なんか、ごめんなさい……」


「いいんです! いけないのはあたしなんです! わかってるんですぅ……!」


「――ドナ?」


 悶え転がるドナとおろおろするランディ。

 その只中に、声が降ってきた――ランディの背後から。


 どきりとして振り仰いだ先。そこに彼女がいた。

 真っ青になったドナが呻く。


「す、スレナ……せんぱい……?」


「ドナ・フィッシャー。貴女はいったい何をしているの? こんなところで――」


「ドニー・ポワソンのおはなししてました!」


 ランディは、とっさに手を挙げて訴えた。

 ドナは青褪め、スレナは露骨に不可解な顔になる。


「あのっ、ぼく『ドニー・ポワソンの探求』が好きで、ドナさんもおんなじ小説読んでるって聞いて、なのでおはなし聞いてもらってました! ずっと!!」


 スレナは訝る瞳でランディを一瞥する。

 だが、それが客人への礼を失することだと察し、即座にそれをやめる。


「ドナ・フィッシャー。ランディ様のお話は本当のこと?」


「あ、えと」


「ほんとです! おしごとの邪魔でしたか!? だったらごめんなさいでした!!」


 スレナは訴えるランディと、真っ青な顔で震えるばかりのドナとを見遣り――やがてひっそりと息をついた。


「……分かりました。けれど、ドナ・フィッシャー。お客様のお相手をしていたのであればやむを得なかったことでしょうが、時間は常に気にしておくようになさい」


「え? え……?」


 疑問符を浮かべて目を白黒させるドナ。スレナは言う。


「交代の時間です。待機室にいつまで経っても貴女が来ないのだと、セシェル・セリーが心配していましたよ」


「あ――」


 しまった、と言わんばかりに口の端を引きつらせるドナ。


 待機室――そうだ、そういえばアンリエットが言っていた。

 ランディ達が使っている客室の隣の部屋に、メイドさん達のうち誰か一人を必ず待機させて、誰かが紐を引いてベルを鳴らしたらいつでも来てくれるようにしているんだと。


 ドナの表情を見て、スレナはほとほと困り果てたという体でかぶりを振った。


「早く行ってあげなさい。セシェルにはきちんとお詫びをしておくように」


「は、はい! 申し訳ありませんスレナ先輩っ!」


 ドナはバネ仕掛けのように勢いよく立ち上がり、エプロンやメイド服についた芝のかけらをパタパタと落とす。


「あの、ランディ様――ありがとうございました。わたし」


「いってらっしゃいドナさん。ドニー・ポワソンのおはなしできて、楽しかったです」 


「……ありがとうございます。ほんとうに――」


 頭を下げ、そこから走り出そうとして。

 ドナは、ふとその足を躊躇わせた。


「あの……ほんとうにありがとうございます、ランディ様! ドニー・ポワソンが好き、って」


「? うん。またドニー・ポワソンのおはなししようね」


「……はい。はい、また……いつでも」


 眦を細めて微笑み、ドナはもう一度、深く一礼した。

 そして頭を上げるなり、力強く走り出す。


 今度は昨日みたいに、痛そうな悲鳴が聞こえてくることはなかった。


「ランディ様」


 ――よかった、と。ほっと胸を撫で下ろしていたランディに、スレナの声がかかった。

 どきりとして竦み、おっかなびっくり振り仰いだ時、スレナはランディに向けて、深く頭を下げていた。


「ドナに優しくしてくださって、ありがとうございます」


 ぽかん、と。

 口を半開きに落として、ランディは呆けた。何を言われたのか、最初の数秒、わからなかったくらいだ。


「えっ……あの、え?」


「では、私もこれにて――どうぞ、今日もごゆるりとお過ごしくださいますよう」


 美しい一礼を残し、踵を返そうとするスレナ。

 ランディは衝動的に、その袖を掴んでいた。


「あの! ドナさんには、ぼくじゃなくって――スレナさんが優しくしてあげたほうがいいんじゃないですか!?」


 踵を返しかけた、その寸前に。

 眼下から訴えかける子供のことばに、スレナはぱちくりと目をしばたたかせる。


「だっ、だから、その……昨日みたいに、あんな風に怒ったりしなくても……って。ぼくだったら、あんな風に怒られたら」


 衝動は、長くは続かない。言いたいことがぐちゃぐちゃで、すぐに行きづまって、ランディは途方に暮れそうになる。


「誰だって……落ちこんじゃうし。そしたら、よけいに失敗しちゃったりなんかも、するんじゃないかなぁ……って」


「そうかもしれませんね」


 スレナは、微笑んだ。


 その笑い方を、ランディは知っていた。それはランディが何を言いたいのかわからなくなってしまったとき、ランディなんかよりずっと頭のいい周りのひとたちが、その本当のところを察してくれたときの。

 『大人』の、微笑みかただった。


「ですが、そういう訳にもいかないのです。当家を訪うお客様の誰も彼もが、ランディ様のようにお優しい方ばかりという訳ではないのですから」


 膝を折って視線の高さを合わせ、スレナは続ける。


「何より、私達はお客様を直接お世話する立場、言うなれば皆様に相対するトリンデン家の『顔』です。それらの上に立ち、他を取りまとめる立場であれば、どうあれ律さねばならないのりというものもあります」


「決まりごと……みたいなおはなしですか?」


 うまく言葉の意味を嚙み砕けず、必死に考えて出てきたのはそんな言葉だったが。

 スレナは目を伏せ、僅かの間、黙考する。


「――功には功の、咎には咎の、正しい置き所というものがあります。失敗ミスへの叱責なくば、それは容認された行為とされてしまう……心優しい方々であればよいように解釈いただけることもあるでしょうが、そうなるばかりとは限りません」


 ゆるゆると、かぶりを振って。

 真っ直ぐに伸びた、スレナの癖のない黒髪が、繻子のようにしゃらと揺れる。


「意地悪い方々はメイドの教育不足をあげつらい、トリンデン家を物笑いの種とするかもしれません。

 畢竟ひっきょう失敗ミスはそれに応じた何かを欠けさせるもの。それを埋めるには、事態と感情の置きどころ――落としどころが必要なのです」


 だから、怒るのだ、と。

 このひとはそう言いたいのだろうか。もしかして、それは、


「ドナさんが……お客さんや、アンリエットさんに怒られないように、ってことですか?」


「……そうですね」


 スレナは唇を緩めて微笑んだ。

 それは、ほんとうに彼女の伝えたかったことではないのかもしれないけれど、でも、それでいいのだと、そういうふうにしてくれたみたいだった。


「では、私も戻ります。ランディ様も早くお戻りになった方がよろしいかと」


「え?」


 きょとんとするランディ。スレナは首をねじって、壁越しに別邸の壁を――その先を見透かす。


「ご友人をお待たせしているのではありませんか? 先ほど私が通りかかったときには、皆さま迷路のところでお待ちになっておいでのご様子でしたよ」


「あ」


 やばい――と、完全に言葉を失うランディへ。

 スレナはそれ以上を口にせず、ただ完璧な一礼だけを残して。


 今度こそ颯爽と、軽やかに踵を返していった。



「遅っそい!!」


「ごめんなさい!」


 ラフィはすごく怒っていた。

 まあまあ、とユイリィが取りなしに入って、ほんわりと微笑みかけてくれる。


「おかえりなさい、ランディちゃん。忘れもの見つかった?」


「ふえ?」


 一瞬、何のことかと思いかけたが、そういえば忘れものをしたという体でドナの様子を見に行ったのだった。

 ラフィの眉が剣呑に吊り上がるのを視界の端に捉えてしまい、慌てて取り繕う。


「あ、うん。だいじょうぶ……見つかったっていうか、そもそも忘れてなかったのがわかったっていうか」


「何それ!?」


「ごめんって!」


 余計に怒らせてしまった。とはいえこれは完全に自分のせいなので、これ以上は言い訳のしようもない。

 心なしか、ユーティスやリテークも呆れぎみだ。


 唯一、トリンデン卿がはっはと大笑し、一同を見渡した。


「では、あらためて我ら七名の仲間が揃ったところで、いざ探索の開始とゆこうではないか! 幸いというべきか、ランディ少年が離れていた間に、事前の準備も終わったことだろう」


「準備?」


 何の準備であろうか。一様に怪訝な面持ちで振り仰ぐランディ達から、トリンデン卿はユイリィへと視線を向ける。


「どうか、ユイリィ・クォーツ。生垣ロッジ迷路の中に誰か潜んでいるということはあるか?」


「ないよ」


 ふるふると。ユイリィはあっさり首を横に振った。


「あの中には誰もいない。人間ひともそうだけど、《人形ドール》もいないね。メルリィがあの中に潜んでいるっていう可能性は、一旦排除していいと思うよ」


「そうか! うむ、そうか! であればだ、我々はこれより生垣ロッジ迷路を自由気ままに探索し放題ということだな! 実によい!!」


 満足げなトリンデン卿を他所に――ランディ達は揃って、完全に呆けてしまっていたが。

 だが、そうだ。こういうことは前にもあった。

 自分達は以前にも、それを目の当たりにしてきたはずだ。


 ――ユイリィの、『』。


 だけど、いや、だけど。

 これは、これでは――あまりにも、


「なによそれ――――――――――――――――っ!!!」


 ラフィが、憤慨の叫びを上げた。


 気持ちのうえでは、ランディも完全に同感だった。

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