71.闇に潜む刺客を探せ! 《冒険者》達の出撃です!!・①


 翌朝は、突き抜けるような清々しい快晴だった。


「絶好の冒険日和である!!」


 晴天の日差しが降り注ぐ庭園のド真ん中で。

 たくましい両腕を腕組みしたトリンデン卿が、堂々と胸を張っていた。


 今朝。昨晩と同じ食堂で朝食をとったランディ達は、昨晩から一転して迷路へ入る許可を出したトリンデン卿と共に、今日は《遊隼館》の北側に広がる広大な生垣ロッジ迷路の探索へ赴くこととなっていた。


 この日、探索へと挑む勇敢なる冒険者パーティは七名+一匹。すなわち、


 ラフィ・ウィナザード。

 ユーティス・クローレンス。

 エイミー・ノーツ。

 リテーク・ファリダン。

 フレデリク・ロードリアン・ディル・トリンデン=オルデリスもとい冒険者レド。

 クゥ(※てほてほとみんなの後をついてきた幻獣は、冒険者達の足元をうろうろして犬みたいにすんすんと芝の匂いを嗅いでいた)。


 そして――ランディ・ウィナザードとユイリィ・クォーツ。


「素晴らしき快晴! まるで我々の探索を祝福しているかのようだ――おお、未知への探索へ挑むにあたり、これほど幸先のよいことが他にあるだろうか!」


「ユイリィお台所借りておべんとう作ってきたから、今日は一日中だって迷路の探検してられるよ」


「ユイリィおねえちゃんすごい!」


「バスケットおっきいわね!?」


「おべんとう、なに作ってきたんですかっ?」


「七人分のお昼ごはんとクゥのお昼ごはん、あと水筒とコップもぜんぶ詰めてきたからね。中身はおひるのお楽しみ」


「……それにしても、何だか多すぎる気がしますけど」


「………………(※コクコクと頷く)」


「今日はユイリィがいっぱい食べるからね。みんなのぶんが足りなくならないようにたくさん作ってきたの」


 抱えるほどの藤編みバスケットを両手で下げたユイリィに、わっと群がる子供達。

 うむうむと感慨深く頷きながらその様を眺めやっていたトリンデン卿だが、ややあって場を仕切りなおしにかかった。


「では、まずは今日の冒険に先立ち――我らがリーダーから一言をいただきたい!」


「は、はいっ!」


 一目でそうと分かるほどぎくしゃくした所作で、一同の前に立ったのはラフィだ。


「みんな、よく聞いて! 今日のあたし達の目的は、あの生垣ロッジ迷路の探索! あの中に隠れてるかもしれない刺客、もしくはその痕跡を見つけ出してやることよ!!」


「いると決まった訳じゃないけどね」


「チャチャ入れんなメガネ! いないならいないでべつにいいの!」


「ラフィちゃん。あと、おばけ。迷路のおばけ」


「そうだったわエイミー! そっちの解明もたいせつよね!!」


 ぴょんぴょんと跳ねるように手を挙げて訴えるエイミーを、ラフィは「よくぞ言った」とばかりにびしりと指差す。


「そう――あたし達は生垣ロッジ迷路を探索して、あのメイド長さんのこわい話がでたらめの嘘っぱちだってことを証明するの! これも今回の冒険の目的のひとつよ! そもそもおばけなんている訳ないんだから怪談とか怖い話なんてぜんぶぜーんぶ嘘っぱちだしトイレのおばけとか夜中にお屋敷を徘徊する影とかそんなのはぜんぶぜんぶ見間違いか錯覚か作り話なの! みんなもそう思うわよね!?」


「おー!」


 怖がりのエイミーが率先して拳を突きあげていた。


 怪訝に片方の眉だけ跳ね上げたトリンデン卿が、角ばった顎を撫でながら首をかしげる。


「ランディ少年。ひとつ訊ねてもよいだろうか」


「? なんですか?」


 その場にしゃがみこんで耳打ちしてくるトリンデン卿。

 きょとんとするランディに、彼は、


「少女達が言う怖い話というのは、いったいどういった話なのだ?」


「……え?」



「そのような事件の話はまったく聞いたことがないな!」


 メイド長アンリエットから聞いた、生垣ロッジ迷路の怪談――生垣迷路へ入ったきり戻らなかったという庭師の話を聞いたトリンデン卿は、きっぱり断言した。


「トリンデン卿、本当に――あの話は実際にはなかったことなんですか?」


「うむ!」


 トリンデン卿は力強く首肯する。


「このフレデリク・ロードリアン、我が家と我が屋敷の歴史は曽々祖父の代までつまびらかにそらんじられる程度には学ばされてきた身だが、少なくとも少年少女が言うような事件の話はついぞ耳にしたことがない!」


「よかったぁ……こわいおはなしはウソだったんだ……」


「じゃああのオバサン、やっぱり嘘ついてたってこと!?」


 ほっと胸を撫でおろしているエイミー。憤慨するラフィ。

 トリンデン卿ははっはと笑い、


「嘘、と言ってしまうといささかの語弊はあるな。実はこのフレデリク・ロードリアン、アンリエットが少年少女に語ったそれに関してひとつだけ心当たりがあるのだ」


「何でよぉ!? そんな事件知らないって言ったばかりじゃない!!」


「どういうことですか? トリンデン卿」


 悲鳴を上げるラフィ。身を乗り出して問いかけるユーティス。

 トリンデン卿は一同を見渡し、


「先ほども述べたが、それは実際にあった事件では無論ない。私の心当たりとは、父の代に一時いっときでっちあげた架空のだ」


「設定?」


 どういう意味だろうか。

 首をひねるランディ。その足元で、クゥも一緒にきょこんと首をかしげる。


「あ――もしかして、この迷路でゲームか何かやってたってことですか!?」


「そのとおりだランディ少年! その慧眼けいがん見事なり!!」


 名指しでめあげるトリンデン卿。大声にびっくりしたクゥがランディの後ろに隠れて、くぅくぅと威嚇――なのか何なのか――の鳴き声をあげる。


「我が父ドミニコス・アグラムが当主であった頃――たしか、私がまだ十かそこらの子供の頃だな。我が遊隼館に王家のやんごとなき方々が訪われたとき、この生垣迷路でひとつのゲームが行われたそうだ」


 一言で要約するなれば、それは『探偵ゲーム』、ないし『隠し通路探しゲーム』というべきものであった。


 ――ある時、生垣迷路の手入れに入っていた庭師の一人が、忽然こつぜんとその姿を消した。

 仕事上がりの刻限になっても戻らない者がいるのに気づいた庭師たちの要請を受けて、邸宅の護衛騎士隊による捜索が行われたが、庭師の姿どころか手がかりひとつ見つからない。

 以来、姿を消した庭師は家に帰ることさえなく、完全にその消息を消してしまったのだ――


 ――という筋書きのもと、生垣迷路を探検して消えた庭師の手がかりを、ひいては庭師消失の真相を暴く、という建付たてつけである。


 当時十一歳になったばかりの王太子、現在はルクテシアの若き国王たるアルトレオンをはじめとする王家の子供達と随員の貴族子弟がこのゲームに挑み、知恵と体力、そして勇敢さを競いあったのである。


「じゃあ、レドさん。行方不明になった庭師さんは」


「無論、それも実在しない架空の存在だ。そして結論から言えばゲームの設定上、件の庭師は『迷路内に存在した隠し通路を通って外に脱出した』ということになっていた。何故そのような形で脱出を図ったのか、どのようにして庭師が隠し通路の存在を知ったのか――については、この場は割愛させてもらうが」


 一拍置いて一同を見渡し、トリンデン卿は言った。


「これは同時に、ひとつの事実を示してもいる。即ち」


「迷路の中には、《遊隼館》の外につながる隠し通路が存在するということですね!」


「然りだ、ユーティス少年!」


 そう。当時のゲームのために作られた、あるいはそれ以前から何らかの理由で作られていた、脱出用の『隠し通路』が。

 この迷路のどこかに、今も存在するかもしれないのだ。


 もちろん、ただ敷地の外へ出たところで、邸宅の四方は水路に囲まれている。

 トリンデン邸たる《遊隼館》があるのはコートフェルのほぼ中心であり、周囲には当然、昼夜を問わず人の目もある。


 だが、もし本気で抜け道を使った内部への潜入を図るつもりであるならば、その程度の障害は当然越えてくるだろう。


「あいにくと私は件のゲームに参加が叶わず、隠し通路の在処ありかは知らない。件の隠し通路はゲームの後に埋め戻されたやもしれず、今なおどこかで新たな冒険者の訪れを待ち続けているのやもしれぬ」


 あるいは、当時であれば存在した手がかりや、それらをための手入れも、今はその痕跡を含めて綺麗に消えてしまっているかもしれない。


「然るに我々は件の隠し通路を確認し、通路に使用の痕跡があるか否かを確かめねばならないし、また今後の侵入・脱出経路とならぬよう厳重に封を行わねばならないということだね」


 トリンデン卿が話を締めくくる。

 ひとしきり話を聞き終えたところで、むくれた顔のラフィがぼやいた。


「……にしても、なんだってあのオバサン、あたし達にそんな作り話ぶちあげたのかしら」


「ラフィ、さすがに失礼だから。メイド長さんだから」


「ユーティスくんのゆってたのが正しかったのかな? あとのおしごとがいっぱいあったから……っていうの」


「一度迷ったら出てくるのが難しいから、じゃないかな」


 口々に言う子供達の間へ、ユイリィがぽつりとくちばしを突っこんだ。


「この迷路、ほんとうに広いみたいだし。もし中で迷ったりしたら、ふつうに出口を探すのはちょっとむずかしそうだよ」


少女レディやユイリィ・クォーツが述べた理由もあるだろうが、おそらくそればかりが理由ではあるまいね。この際だから明かしてしまうが、アンリエットの趣味は創作怪談だ」


 トリンデン卿が腕組みしながら、うむうむと頷く。


「私も時折、新入りのメイドが彼女の趣味の犠牲になっているのを見かける。いつぞやにも哀れなドナ・フィッシャーがその餌食となり、夜に部屋から出られないとべそをかいていたそうだ」


「なにそれひっどい理由!!」


 怒りのあまり真っ赤になって、喚き散らすラフィ。


「っとにもう、バカバカしい! 心配して損したわ!!」


「心配って――」


 ユーティスが怪訝に眉をひそめる。


「もしかして……メイド長さんが刺客メルリィと入れ替わられてるかもしれなくて、それがばれないように嘘の怪談話をしたんじゃないかって言ってたあれのこと? ラフィきみ、本気で心配してたのかい?」


「はっ?」


 ラフィは一瞬、いぶかるように眉をひそめたが、すぐに我に返った様子で、


「な……なによ。それだったらなんか文句あるっての!?」


「いや、ないよ。君の見解に対しては特にない」


 ただ――と、ユーティスは渋面で溜息をついて、


「てっきりあれは、悪ふざけで言ってるんだとばかり思ってたから……本当にラフィがそんなつもりだったなら、僕は悪いことしたなと思っただけ」


「うぐ」


 居心地悪げに髪をいじりながら唸るユーティスの姿に、ラフィは言葉を詰まらせる。

 ユイリィはそんな二人を眺めていたが、ややあって「へえ」と唸り、


「そうだったんだ。ラフィちゃん、そこまで本気で心配してたんだ」


「たぶんちがうよユイリィおねえちゃん。ラフィって、むかしからおば」


「キエエエエエエエ――――――――――――ッ!!!」


「ぐえー!」


 怪鳥けちょうのごとき雄叫びと共に突っ込んできたラフィのドロップキック!

 ランディは軽々と吹き飛んだ!


「ランディちゃ―――――――ん!?」


「さあみんな、ぐずぐずしてないで冒険に出発よ! あたし達であの刺客の化けの皮、一切合切いっさいがっさいはいでやりましょう!!」


「ら、ランディちゃんケガしてない? 今、すっごい転がってたけど!?」


「へいき~……」


 思いっきり芝生の上を転がった末に仰向けの格好で止まったランディは、あたふたしているユイリィへひらひらと手を振って応える。

 さすがに今のはちょっと痛かった――のだけど、


(おばけがニガテなの、そんな恥ずかしいのかな。ラフィ……)


 エイミーなんかふつうに怖がりだし、お姉さんなフリスだって怖い話は苦手だったし――正直に言えば、ランディだってお化けはそんなに得意じゃないし。


 そこまで意固地になって秘密にしなきゃいけないことでもないように思うのだけれど、そこはラフィなりに譲れない一線というものがあるのだろうか。


 言い訳がましくそんなことを思いながら体を起こそうとして――ふと、上下さかさまになった視界で目に留まるものがあった。

 ランディ達が寝起きしている遊隼館の別邸、その角のところ。


 ランディは後転の要領でよっとばかりに体を起こすと、そちらへ向けて走り出す。


「ランディちゃんどこ行くの? 迷路の入り口はそっちじゃ」


「ユイリィおねえちゃんはみんなと先に行ってて! すぐ戻るから!」


「――ってこらぁ! あんた一人でどこ行くつもりよ!? ランディ待ちなさい、こらー!!」


「ちょっと忘れものー!」


 両手を振り上げるラフィの怒声を背中に聞いて、肩を縮めたりしながら。申し訳程度の言い訳を叫んでから。

 ランディは速度を上げて、別邸へと駆け戻っていった。


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