58.招かれてトリンデン邸、四泊五日の《お泊り会》です!・②


 トリンデン卿の叔父、ダモット・マクベイン――ダモット・マクベイン・ディル・ワドナー=ミスグリム伯。

 彼こそが、《機甲人形》の刺客メルリィ・キータイトを送り込んだ、事件の黒幕――


(……って、あれ?)


 ランディは内心首をひねった。

 その名前は、記憶のどこかに引っかかるものがあった。


 だが思い出せない。すぐそこまで出かかっているのに、肝心のところが喉元に引っかかってしまっている。


「ね。ね。ラフィ」


「? ぁによ」


 ランディは、一番近くにいたラフィに小声で耳打ちする。

 ラフィはうざったそうに眉をしかめたが、一応話を聞いてはくれるみたいだった。


「ワドナー……さんって、最近どっかで聞いた名前な気がするんだけど。ラフィ覚えてる?」


「は? 今のトリンデン卿のおはなし以外にってこと? そんなのわかる訳――」


 ――ない。

 そう言いきる寸前、彼女も引っかかるものを感じたようだった。

 喉に小骨が引っかかったみたいな顔で、ラフィは黙考に沈む。


 彼女の空気が変わったのに気づいたのか、エイミーが不思議そうに目を瞬かせる。


「ラフィちゃん?」


「……新聞記者」


「えっ?」


「思い出した。さっきの新聞記者――ぜんぶはきちんと覚えてないけど、確かになんか言ってたわ。ワドナー卿がどうとか!」


「そう、その通りだ。明敏なる少女レディ!」


 割り込んだ指摘にぎょっと顔を上げるランディ達三人を、高い位置から面白がるような表情で見つめる視線。

 トリンデン卿だった。彼だけでなく、ユイリィやリテーク、完全に呆れ顔のユーティスやもこちらを見ている。


 ぜんぶ聞かれていたらしい。


「……いや、何してんのラフィ。トリンデン卿がお話しされてる最中に」


「うぇ!? ううううっさいうっさい! 文句あんならランディに言ってよ、あたしじゃなくて!!」


「え。ぼく!?」


「あたりきでしょうが! あんたが最初に話を振ってきたんじゃないのよっ!!」


「まあまあ、ケンカはやめたまえ少年少女よ」


 はっはと笑いながら、仲裁に入るトリンデン卿。


 この頃にはランディも、どこでワドナー卿の名前を聞いたのか完全に思い出していた。

 ラフィの言うとおり――新聞記者達の質問の中で、その名前を聞いたのだ。

 確か、そう――


『――トリンデン卿はかねてより、叔父君であらせられるワドナー卿との間の確執が囁かれておりますがァ!』


 ――と。こんな感じのことを。


「ユーティス少年。私への敬意はありがたいが、友達に向かってそんな顔をするものではない。それに、少女レディがそれを思い出してくださったのはちょうどいいタイミングだ」


「え、あたし、そうでした!? それ、どういうことですか……っ!?」


「最前の刺客が叔父の手の者であろうということは最前に述べたとおり。そして、さらにひとつ付け加えるなら――我が叔父ダモット・マクベインは、今まさに詰みチェック・メイトの寸前にあるのだ」


「ど、どういうことですかトリンデン卿!?」


 前のめりに先を促すユーティス。

 トリンデン卿は鷹揚にひとつ頷き、


「先日の《双頭蛇竜アンフィスバエナ》の一件――少年少女もよく知るであろう、かの魔物を護送する馬車の雇い主は、我が叔父ダモット・マクベインであったことが明らかとなっている。未だ公表はしていないがね」


『先日ラウグライン大森林へ恐るべき魔物が逃げ込んだ事件――あれのきっかけとなったのは叔父君であらせられるワドナー卿による魔物の密輸ではとの噂がございますが――』


『密輸ルートにコートフェル近郊が選ばれたことには、御身内であるトリンデン卿の関与があるのではないかとの証言を、我が社は関係筋からのインタビューで得ております――』


「そして、故にこそ! 許しがたき我が叔父の悪行――その確かな証拠しるしを掴んだ素晴らしき冒険者達が! 今まさに我が叔父の喉元へ、正義の刃を突きつけんとしているのだ!!」


 誰かが息を呑む音を、ランディは聞いた。

 それは自分たちの誰かだったかもしれず、ランディ自身の息遣いだったのかもしれず、あるいは自分達全員のそれだったかもしれない。


(まさか――!)


 ランディの胸が熱くなる。

 そう――それはそういうことだ。ひとつの名前が、絶大な信頼と共にランディの口を突いて溢れる。


「シオンにいちゃん!」


「然り!」


 胸を張り、トリンデン卿は雄々しく告げた。


「フリス・ホーエンペルタ! ジーナス・エリク! ビアンカ・レオハルト! ロニオン・クレンダール! そして誰あろうシオン・ウィナザード! 我が朋友なる五人の素晴らしき冒険者が、我が叔父の所領ミスグリムへと向かっているのだ!! かの憎むべき密輸事件の主犯、ダモット・マクベインを誅伐ちゅうばつせんがために!!」


「シオンさんが……」


「ワドナー卿を――!」


「三日だ!!」


 どよめく子供たちへ向けて、トリンデン卿はびしりと三本の指を立てる。


「あと三日――その間に彼らは所領ミスグリムにて潜伏する我が叔父を探し出し、卑劣にして許しがたき悪行へ正義の裁きを下すだろう!

 刺客の雇い主たる叔父が失墜すれば、所詮は雇われの《人形》一機! もはや義理立てのために仕事の遂行を図ることもあるまい。故に!!」


 トリンデン卿は感動に目を輝かせる子供たちを見渡し、ばっさとマントを翻す。


「あと三日――いや、事態終息後の情報伝達を鑑みさらに一日! その四日の間、我々は互いの力を合わせあの卑劣なる刺客から身を護ればよい! それこそが勝利条件!!」


 そして彼は、その逞しい手をランディ達へとまっすぐに伸ばす。

 手を取ることを求めるように、力強く――!


「ゆえに少年少女よ、願わくばこのフレデリク・ロードリアンと力を合わせ! この戦いを、危難迫るの時を! 共に乗りきってはもらえまいか――!!」



 ――以上。


 このような経緯の末に、ランディ達はトリンデン卿の客人として招かれ、屋敷の門をくぐることとなったのだった。


 期間は、シオン達の手で黒幕ワドナー卿が成敗されるまで。

 当面のところは、今日から四日後までの四泊五日。


 学校やそれぞれの家には、帰りが遅くなる旨の連絡を持たせた使いを出してくれると、トリンデン卿が約束した――もちろん、本当の事情は伏せたうえで、だけれど。


「ふあぁ……」


 車停めの広場で馬車から降りたランディは、あらためてトリンデン卿の屋敷――《遊隼館》の威容を見上げる。


「でっ……かぁ――――――っ!!」


 叫んだ。


 瀟洒なつくりの窓がずらりと並ぶ、白亜の外壁。

 隼の羽を思わせる、シックな焦げ茶の屋根。


 何より、とにかく大きい! ランディの家が何個入るかもわからないくらい。


 トスカでいちばん立派な建物といえば町のシンボルというべき町役場、そうでなければ地元の名士であるユーティスの家なのだけど、それらとだって比較にならないくらい、とにかく広くて立派で大きい!


「ぼくたち、今日からここでおとまりするんですか!?」


「そうだとも! 歓迎しよう、少年少女よ!!」


「おひめさまの住んでるところみたい……っ!」


「まさか、トリンデン卿のお屋敷へお招きを受ける日が来るなんて……!」


 エイミーやユーティスは感激に目を輝かせている。

 そんな二人と一緒になって呆けたように屋敷を見上げていたラフィが、はっと我に返った。


「あ、あの! あたし達、ふつうの服で来ちゃったんですけどっ……それにあの、着替えもなくて」


「心配無用である、少女レディ! 既に我が邸宅の者を町へ走らせ、少年少女のための着替えや身の回りの品を用意させているところだ!」


 いつの間にかそんなことまでやっていたらしい。

 執事であるパーシュバル氏や護衛騎士のトーマは馬車の御者席にいたので、たぶん連盟にいた冒険者の誰かをまたその場で雇って、屋敷への連絡だけ先にすませていたのだろう。


「あ、ありがとうございます……あたし達、なにからなにまで」


「そのように頭を下げるのはやめてくれたまえ、少女レディ。先ほども言った通り、これは少年少女を我が血族の問題に巻き込んでしまったこの私の落ち度に端を発することなのだから」


 トリンデン卿は頭を下げるラフィの肩に手を置き、そっとその顔を上げさせた。


「こうして償いの機会を得られること、むしろ汚名をすすぐ好機とすら感じている。この使命が無事果たされるよう、どうか少年少女の力を貸してくれたまえ」


「は、はい……っ!」


「さあ! そうとわかれば早速、我が館へと入ってくれたまえ。遠慮はいらない! さあさあさあさあ!!」


 明るい声を張りながら、次々と子供たちの背中を押すトリンデン卿。

 きゃあきゃあと歓声を上げて玄関のポーチへ走っていくランディ達の背中を追う形で、ユイリィもその後に続く。


 去り際――ユイリィが探るような一瞥いちべつを向けてくるのを、トリンデン卿は気づかないふりで通した。


 駆け寄ったユイリィが両開きの重い玄関扉を開け、子供たちは我先にと争うように館の中へ駆け込んでゆく。

 その様を、腕組みしながらうむうむと見送っていたトリンデン卿の背に、ぽつりとしわがれた声がかけられた。


たぬきでございますな」


 振り返ると、そこには執事のパーシュバルと、その隣に並ぶ護衛騎士トーマの二人がいた。

 トリンデン卿は両手を打ち合わせ、殊更に明るい感嘆の声で唸る。


「おお、パーシュバル! それは先ほどリテーク少年が言っていた狸かな? 一体どこの茂みにいたのであろうか」


わたくしの目の前で御座います」


「…………………」


 ――その瞬間。

 トリンデン卿が常にその身へまとっていた、明朗にして豪放な気配は、潮が引くようにすぅっと失せていた。


 後に残ったのは――まるで凍土のように冷えた、無の表情だった。


にも、そのように揶揄を口にする趣味があったとはな――いや、と言うべきなのか? どちらか知らぬが、一体いつからのことだ」


 答えはない。ないであろうことを、男は理解していた。


 逞しい口の端に、苦い笑みの気配が浮かぶ――ざらりと怜悧な砂を含んだ、それはいばらの苦笑だった。


「まあいい。お前達はお前達の務めを果たせ。私の安全は度外視しても構わん――この後四日はあらゆる手段を尽くし、お前達はあの六人を護れ」


「ご命令、承知いたしました。旦那様」


 主の命令に答えたのは、燕尾服の老執事だった。


 だが、その時。


 二人の従者は――己が主たる青年貴族へと、そのこうべを垂れたのだった。

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