57.招かれてトリンデン邸、四泊五日の《お泊り会》です!・①


 トリンデン家の家紋を印した馬車に揺られ、コートフェルのメインストリート《楓通り》を北に向かってまっすぐ走る事しばし。

 やがて辿り着くコートフェルの中心部、堀のように縦横を囲む水路へかかる橋を越えた先に、トリンデン家の邸宅――家紋のシンボルたる隼の名を冠し《遊隼館》の異名を冠する館がある。


 かしましい車輪の音を蹴立てながら馬車が近づくと、格子にかずらを意匠した大きな門が滑るように左右へ開き、主の帰還を迎え入れる。

 恭しくこうべを垂れる左右の門番の間を抜けた先は、手入れの行き届いた庭園が明るい緑を広げている。


 庭を真っ直ぐ突っ切る石畳の道の先には、車止めの広場――そして、隼の羽を思わせる黒灰色の屋根と純白の壁面も鮮やかに、優雅な佇まいの館が鎮座していた。


「あれが……」


 まるで、両翼を広げた大鳥のようなその館を。ランディは開け放した窓から身を乗り出し、熱を込めて見つめる。


「レドさんのお屋敷かぁ……!」


「そうともランディ少年。ここが我がトリンデン家が代々受け継ぎし《遊隼館》。私の住む本邸だ」


「ぼく、貴族さまのおやしきって初めて来ました!」


「はっはっは! それは何より! 朋友たるシオン・ウィナザードの弟である少年を、初めて館へ招く貴族となれたこと。このフレデリク・ロードリアンは心より嬉しく思うよ」


 そこまで言って、トリンデン卿は馬車の中を、より具体的には窓にへばりついて館や館の庭園を見つめる子供たちを見渡した。


「無論、少年少女よ! 君達すべてに我が館への招きを受け容れていただけたこと、このフレデリク・ロードリアンはこのうえなく幸いに思っている! ようこそ我が館へ、心より歓迎の意を表しよう!!」


「は、はいっ! このたびは僕達をお招きくださり、光栄です! トリンデン卿!」


「お庭、きれいだねぇ」


「たぬきがいる」


「ふぇっ? ほんと!?」


「たぬき!? どこリテーク、たぬきどこ!?」


「いなくなった」


「えぇー……。ユイリィおねえちゃんはどうだった? たぬき見られた?」


「遠くの方にちょっとだけ、かな。あれを見つけられるなんて、リテークちゃんは目がいいんだね」


「もち」


「ちょっと、あんた達!」


 ラフィが癇癪かんしゃく混じりで声を荒げた。


「たぬきなんてどーでもいいでしょ!? 今はもっと大事なことがあるんだから、しっかりしなさいな、もう!!」


「はっはっはっはっはっ!」


 トリンデン卿はおとがいを逸らして大笑する。


「仰りよう、実にもっともなこと――しかしレディ、今からそう緊張されていては後が続きますまい。気持ちの余裕を作ることも、また優れたる冒険者には肝要なことではないでしょうか」


「ぅ……でも」


「たとえば、我が友シオン・ウィナザードであれば――彼は危機的状況に陥れば陥るほどより鋭く研ぎ澄まされ、沈着さを深くする男でした」


 シオンの名前が出た瞬間、ラフィの反駁がぴたりと止む。


「このフレデリク・ロードリアンが愚考するに――我々の現状に対し求められるものとは、まさしく彼のような在り方でないのか。ええ、私はそのように考えます」


「シオンさんなら……」


 緊張でカリカリしていたラフィだが――憧れのひとの顔が脳裏に浮かんだせいで、その緊張が一気に軽くなったみたいだった。

 ほわほわと夢見るようにどこか遠くを見つめるラフィへ、トリンデン卿は言葉を続ける。


「これから少なくとも四日の間、我々は言わば運命共同体、互いに互いを護りあわねばならない立場です。すべてはあの卑劣なる刺客めに対抗せんがため」


 その言葉の意味を染みとおらせるように低く告げ、トリンデン卿はあらためて、ゆっくりと馬車の中を見渡す。

 その視線を受けたランディ達は、互いに互いの目を見かわして、ちいさく頷き合う。


「少年少女よ――いやさ未来ある素晴らしき冒険者達よ! 我々はここにすべての力を結集し、かならずやあの恐るべき《人形》を! 影より迫る卑劣な刺客どもを、みごと撃退してみせようではありませんか!!」


「「「おーっ!」」」「おー」「ぉ、おー……」


 みんなで声を合わせ、拳を突き上げる。

 ―― 一人、ユイリィだけがそんな一同を見渡すように慎重に視線を滑らせ、この先のことへ想いを馳せていた。



 どうして、ランディ達がトリンデン卿の邸宅へ招かれることとなったのか。


 それを語るためにはそれは少しばかり時をさかのぼり、《諸王立冒険者連盟機構》での一幕にまで話を戻すこととなる。


 …………………。

 ……………………………。



「君達に! 我がトリンデンの邸宅への招待を受けていただきたい――!!」


 ばさり! と唐突に逞しい腕を払って純白のマントを翻し。

 トリンデン卿は雄々しく高らかに、ランディ達を招聘しょうへいした。


 最初の数秒、完全に呆気に取られて返答が遅れた。


「そのお招きは、どんな理由によるものですか?」


 真っ先に冷静な問いかけを返したのは――やはりというべきか、トリンデン卿の招きに対して表情を動かすでもなく落ち着き払っていた、ユイリィだった。

 トリンデン卿もそのことを見越していたかのように、余裕たっぷりで応じる。


「理由は複数ありますが、まずひとつ。件の刺客が狙うやもしれぬ標的を一か所に集め、護りやすくするためです」


「彼女の標的はあなたでは?」


「最終的に葬ることを期待される標的は、言うまでもなく私でしょう。しかし件の刺客――は恐らく、記者達に混じって私の演説を聞いたはずだ」


 ランディはどきりとした。

 トリンデン卿の演説――記者たちの前で、声高らかにランディ達を讃え上げた、


「彼女がその発想に至るかは不明です。しかし彼女の背後で糸を引くものは、警備の堅いオルデリス公爵家の当主を直接狙うのではなく、より襲撃しやすい別の誰かを、それをもって本命の標的である私を釣りだそうと考えるやもしれません」


「……ランディちゃん達が、あなたにとっての人質になるということ?」


「ええ――と言っても、それが私個人の情のみにもとづくものでないことだけは、先に申し添えておかねばなりますまいが」


 トリンデン卿はゆるゆるとかぶりを振る。


「恥ずかしながら、当世の貴族は弱くなりました。貴種が一声上げれば民草を黙らせられたという、旧き中世の時代のようではない――醜聞は我らの権威を容易に失墜せしめ、時にはそれをもって家そのものが取り潰しの憂き目を見ることすらある。さらに厄介なことに、当世には他者の醜聞を、さながら腐肉を漁るおぞましき魔物のように嗅ぎまわる者達がいるのです」


 トリンデン卿は門の外へ視線を滑らせる。

 今は静けさを取り戻した――しかしつい先ほどまでは、取材を求める達が、雲霞うんかのように殺到してたその場所。


「あれほど高らかに讃え上げた少年少女を、これより後に多くの未来ある子供たちを我がトリンデン家の巻き添えとし、かの忌まわしき刺客めの手にかけさせるようなことがあれば――これは醜聞です。いえ、仮に事実が異なるものであったとしても、それを醜聞にことはできる」


「そんな事が――」


のです。醜聞も冤罪も人の手で作り上げることができる。貴女ならその可能性を理解できるはずだ、ユイリィ・クォーツ」


「……それは」


 ユイリィは押し黙った。

 ランディは疑問符を浮かべながら、ユイリィの横顔を伺い見る。どういう意味だろう、それは。


 わからない。けど、今みたいなトリンデン卿の口ぶりを、ランディは覚えていた。

 ユイリィの『おじいちゃん』のことを口にしたときと、通底する含みを抱いたそれだった。


「これは私の失態です。よかれと信じた私の行動が、少年少女をに巻き込んだ。私は貴種たる名誉と我が信義にかけて、その責任を取らねばならない」


「ま、待ってくださいトリンデン卿!」


 ユーティスがうわずった声を上げた。


「今の仰りよう……もしかしてトリンデン卿は、さっきの刺客が誰の手によるものか、既にご存じなのですか!?」


 その指摘に、痛いところを突かれたように一瞬だけ眉をひそめ――


 厳しい面持ちで押し黙っていたトリンデン卿は、やがて観念したように溜息をついた。


「……この期に及んでは、恥を忍んで語らねばなるまいね」


「では――」


「そう。きみの考えどおりなのだ、ユーティス少年。かの刺客を送り込んた黒幕に、私は既に目星がついている」


 トリンデン卿はランディ達を見渡し、そしてその名を告げた。


「それは我が叔父、ダモット・マクベイン――ダモット・マクベイン・ディル・ワドナー=ミスグリム伯。彼こそがこの一件を裏で仕組んだ黒幕と見て、まず間違いあるまい」


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一月中は月・水・金の週三回でお送りします。

カクヨムコンが後半戦なのでちょっと気合いを入れました。


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