55.お祝いの壇上へ。《来訪者》たちの登壇です・⑤


 ユイリィ・クォーツには『姉妹』がいる。


 名を《Lナンバー》。それはGTMM712-LⅠ《リトリィ・クォーツ》を祖とするLフレームに連なる、九種十一機の人形ドールを指す総称である。


 そして、彼女達に連なる十二機目の『末妹』。それこそが《L-Ⅹ》。

 ユイリィ・クォーツである。



「《L-Ⅵ》メルリィ・キータイトは《人形工匠マエストロ》エクタバイナ主導のもと、第五工廠で製造された使令人形ゴーレムタイプ……わたしの祖国では《操令人形マリオノール》と総称される人形ドール、その一機でした」


 抑揚の薄い静かな声で、ユイリィは言う。


 ――第五工廠を預かる《人形工匠マエストロ》エクタバイナは、使令人形ゴーレムの権威であった。


 ゴーレムとは従来、『使令式コード』によって稼働するものだった

 しかし稀代の天才であった彼は、操者たる機主マスターと人形を一対一で接続リンクすることで、操者の脳波――より正確には、人の『思考』をダイレクトに稼働へと反映せしめる、新式制御を生み出した。


「思考で使令人形ゴーレムを制御……そんなことが可能なものなのか」


「構成系統としては《使い魔法ファミリア》が近いでしょう。ユイリィ・クォーツは魔法を扱い得ませんが、《使い魔法》は遠くにいる使い魔と視覚や聴覚を共有し、のみならず思考だけで命令を与えることができると聞き及んでいます――双方を行き来する情報量の差、最終決定権の違いはあれど、要諦ようていになる部分はさほど変わるものではないかと」


(……あれ?)


 ユイリィとトリンデン卿の話を聞いているうちに、ランディの中で引っかかるものがあった。


 幼馴染みたちと一緒に芝生へ座りはちみつとレモンのジュースに口付けていたランディは、「ねえ」と挙手して、トリンデン卿と向き合っていたユイリィを仰ぎ見る。


「ユイリィおねえちゃん、いっこ訊いていい?」


「なあに? ランディちゃん」


 一転して明るい表情を広げ、弾むような調子で問い返してくる。

 小鳥のように小首をかしげて、ランディの質問を待つユイリィ。


「今の話がほんとなら、そのメルリィさんって《機甲人形オートマタ》とはちがうんじゃないの? 人形かもしれないけど、ゴーレムなんでしょ?」


 ――《人形ドール》とは、魔術によって稼働する人形全般を指す総称である。

 大別して、術者の命令によって使役されるものを《使令人形ゴーレム》、備えた意思と人格で自律稼働しながら術者に傅くものを《自動人形パペット》と呼ぶ。


 《機甲人形オートマタ》は後者に連なる存在だ。ユイリィとはじめて出会ったとき、シオンと一緒にそんな説明をうけた記憶があった。

 ユイリィは「そう!」と声を弾ませ、びしりとランディを指差した。


「その通りなんだよランディちゃん! 本当なら彼女メルリィは、Lナンバーではあっても《機甲人形オートマタ》とはならない――《操令人形マリオノール》として世に送り出されるはずだったの。

 ユイリィ達、第三世代型機甲人形オートマタの三要素、自律制御・自律思考・自律成長を、彼女は満たせないはずだったから」


 使令者――それは使令式コードを編む術者とほぼイコールだ――が下す命令通りの正確稼働を求められる使令人形ゴーレムは、三要素のうち『自律思考』を充たすことが要件上不可能である。


 また仮に世代を遡ったとしても、『自律思考』は機甲人形オートマタに対し常に課されてきた必須条件であった。

 故にランディが言うとおり、《L-Ⅵ》メルリィ・キータイトは《機甲人形オートマタ》たり得ない――はずだった。


「でもいろいろあって、メルリィは使令人形ゴーレムとしては運用できないってなっちゃったんだ。それで機体を機甲人形オートマタとして造り直したのが、今の『メルリィ・キータイト』なの」


「ふぅん……?」


 わかるような、わからないような。

 首をかしげるしかないランディだったが、しかし、そんな彼でもひとつだけ理解できたことがあった。


「あのさ。メルリィさんってユイリィおねえちゃんのお姉ちゃんなんだよね?」


「『姉妹機』だからね。そういうことでいいと思う」


「じゃあ……もしかしてそのメルリィさんも、ぼくのおねえちゃんってこと?」


「えっ?」


 ユイリィは珍しく絶句し、継ぐべき言葉に探すように視線をさまよわせた。


「それは…………ええと、違う。かな? たぶんだけど」


「え。そうなの? なんで?」


「何でかっていうと、メルリィはたしかにユイリィの姉妹機だからユイリィのおねえちゃんって言えないこともないんだけど、でもランディちゃんとの関係は現時点で未設定だから、かな。

 だからランディちゃんのおねえちゃんは、ユイリィひとりだけ――ってことになるんだけど」


 なぜか。その時、ランディ以外の子供たちの間には、意味深な沈黙がわだかまっていた。


 ――ややあって。

 ラフィがその沈黙を破り、どこか憐れむような面持ちでボソリと唸った。


「……それ、もしかして嫉妬ですか?」


「え?」


「ユイリィさん、それ……ほかの子にランディのお姉ちゃんの座を取られたくないとか、そういう感じのアレ?」


「ええっ?」


 じっ――と見上げる四人分の視線が、ユイリィの一身に集中する。

 思わぬ問いかけに、ユイリィは混乱したように視線をさまよわせる。


「や。それは、えと……そうじゃなくて」


 不意打ちで、完全に虚を突かれた体で。あたふたと手をわたつかせて。

 ありていに言えばユイリィは、し、うろたえてしまっていた。

 その態度はよりいっそう、子供たちの疑惑に油を注いでしまう。


「か、仮にだけどね! メルリィから見たランディちゃんの関係性を『弟』として設定すればね、メルリィもおねえちゃんになるよ。でも今はそうじゃないってだけで……これは何もユイリィの個人的裁量に基づく判断ではいっさいなくて、《機甲人形》の基本設定上の」


「私もひとつ質問をいいだろうか」


「何かなっ、トリンデン卿!」


 ユイリィは素早く応じた。

 足下から不穏な視線がちくちく刺さってくるのには、気付かないふりを決め込んだようだった。


「話が横路に逸れることになるが、個人的に気になることがあってね。

 《使令人形ゴーレム》であれば私も過去に見たことはあるが、しかしその運用においてレディが最前に述べた新式制御なるものがどういったメリットを持つものか。私には想像がつかないのだ」


 難しい面持ちで、トリンデン卿は言う。


「レディが仰った新式制御なるものは、一人が一体のゴーレムを操ることを想定していると聞こえる。だが、これが人形使令士ゴーレムマスターであれば、なりたての若輩でも三機、練達の術士であれば十機二十機を同時に稼働せしめるだろう。

 一人の使令士につき一機の運用というのは、ただただ効率を低下させているばかりのように思えるのだが、いかがかな?」


「使令士が使とイコールであるなら、それは確かにトリンデン卿のお言葉のとおりです」


 ユイリィはひとつ頷き、そして続ける。


「従来の《使令人形ゴーレム》を想定通り稼働せしめるには、人形使令士ゴーレムマスターが編む使が必須要件でした。これが満たされなければ想定外の稼働で事故を起こす原因となり、場合によっては深刻な異常稼働エラーを起こして自壊する可能性さえある」


 また、仮に人形使令士ゴーレムマスターの命令下に置かれていたとしても、何らかのミスで使令式コードを誤れば、即座に事故へとつながる。


 それは人形使令士ゴーレムマスターという存在が魔術師の一系統として成立する理由の根底であり、それでもなおゴーレムへの命令が能うる限り簡略化されたものを求められる、その理由でもあった。


「けれど《人形工匠マエストロ》エクタバイナの思考制御は、それらの制限を持ちません。使令式コードの知識を持たないまったくの素人でも、どう動かすかを考えるだけで一機の《使令人形ゴーレム》を動かせます。

 本来の命令者と使令人形ゴーレムの間に人形使令士ゴーレムマスターを中継しなければならなかった――この中継者リピーターが除かれることで、使令士への指示伝達の誤り、ないし使令士の理解不足によって本来想定された目的と異なる結果を招く可能性、これを自動的に排除できるという、直接的なメリットが生まれます」


 思考による制御は、使令式コードを不要とする。

 ゆえに式の実装不備による暴走スタンピード異常稼働エラーの危険性もまた、自動的に排除される。


 誰もが思うまま、自分の意志通りに使令人形ゴーレムを操り、目的を遂行することができる。


 命令を下すために要請される存在――人形使令士ゴーレムマスターという一芸特化の、それ自体が不要なものとなるのだ。

 無論――新式制御においても類似の危険、あるいはそれに伴う別種の危険は発生しうる想定は、否めないものだとしても。


「あとは、十人の人形使令士ゴーレムマスターを揃えるのと百人の素人を揃えるの。どちらが容易で効率的かという判断になると思うけれど」


「……成程な」


 てのひらで顎を撫でながら、トリンデン卿は愉快げに口の端を吊り上げた。


「かくて人形使令士ゴーレムマスターは失業の危機か。いやはや、他所事ではあるが、なんとも災難なことだ」


「ユイリィに言われても」


「いや失敬。ともあれ、最前の刺客がいかなる背景の存在であるかは理解したよ」


 不服げに唸るユイリィを宥めるように、トリンデン卿は腕組みしながら何度も重々しく頷いてみせた。


「然るに問題は、かのメルリィ・キータイトなる刺客をいかにして捕縛、ないし降伏せしめるか。傾向と対策の検討ということになる訳だが」


「それについてだけど」


 ユイリィは声を低めて、詫びるように言った。


「メルリィの説明はここからが本題だから。傾向と対策は、そのうえで検討したほうがいいと思うな」


「おっと……これはこれは」


 トリンデン卿は苦笑混じりに、傾聴の姿勢を取り直す。

 ユイリィは説明を再開した。



 メルリィ・キータイト――正確に言えば、彼女を試験機として運用試験が行われた新式機構。


 それは、各国に潜入し諜報活動を行う間諜スパイ――その豊富な知見と能力をことを目的として開発・試験運用に至った機構システムであった。


「可動式フレームと高速自己形成外皮スキン、さらにフレーム-外皮間に充填する流体聖霊銀ミスリルの硬化形成によって、彼女は自分の姿をことができる」


 要約すれば、《L-Ⅵ》の特性とはその一点に集約される。


「同調接続を介し操者の精神・思考を《操令人形マリオノール》へ投射。思考伝達使令コード形成でこれを操り、『本体』を本国におきながら各国に潜入、任意の姿に機体外観を変更のうえ、現地での諜報活動を行う。

 言わば、『第二の肉体』と呼ぶべき外部端末として操令人形マリオノールを運用する――これが、《メルリィ・キータイト》が試験運用を行った新式機構システム、その概略」


 間諜一人を育てる労力はきわめて大きい。

 およそありとあらゆる事象に精通したうえでなければその役割を果たし得ない、国家の財産と呼ぶべきトップエリート達だ。


 だがそれも、ひとたび任務に失敗し、あまつさえ敵国の虜囚などという事態になれば、いかなる手段を用いても切り捨てねばならない大いなる負債と化す。

 貴重な人的資源の損失。のみならず、情報漏洩の危険。

 だが、


「間諜の『本体』が本国から操作を行う以上、失敗に伴い貴重な人員が失われることはない。また仮に虜囚になったとしても、その同調接続なるものさえ切ってしまえば」


 後に残るのは、中身をなくしたからっぽの人形一つ。

 トリンデン卿の慨嘆に、ユイリィは首肯する。


「けど、この試みは失敗した」


「それは何故?」


「不明。記録が残っていないから」


 ランディ達の頭上を、ユイリィとトリンデン卿の応酬が行き来する。


「……化ける、と一口に言うが、どの程度まで姿を変えられるのかな?」


「カタログスペック通りなら、フレーム頭頂高155センチから183センチ。顔と体格の変更は自由度を大きく取られているけれど、こちらは外皮スキンの伸長度、流体聖霊銀ミスリル搭載量の上限がある」


 ユイリィは静かな声で、淡々と述べていく。


「だから、まず肥満体の再現には制限がかかる。あと子供への擬態も不可、こちらは機体フレームそのものの容積の関係で」


「然りだな。だが、そういうことであれば先ほどのやつの逃走は――」


 トリンデン卿は厳しい面持ちで、連盟支部の前庭を見渡す。

 そこには後始末に立ち働いている職員や、騒動の収束を確認したのち自分の予定に戻った冒険者達の姿がある。


 彼が懸念している可能性を、ユイリィは察した。


「彼らの中の誰かが《メルリィ》と入れ替わっているかも、という可能性は、今の時点では排除していいと思う。彼女が敷地の外に出るところまでは観測で確実に追えたし――それに彼女の擬態は、一瞬で入れ替わりができるような便利なものじゃないから」


「そうなのかね?」


「そう。フレームの伸縮と疑似魔術構成の再形成――なにより、姿を変えた後に着替えるための服を奪わないといけないから」


 刺客――メルリィが消えた前後で、姿が見えなくなった者はいなかった。それはユイリィ自身が観測している。

 仮に入れ替わりの危険があるとしても、真っ先に外へ逃げ出した群衆の誰かの方がまだ可能性がある、という程度だ。

 ユイリィの答えに、トリンデン卿は安堵を広げる。



「あの」


 エイミーが手を挙げた。


「髪の毛も変えられるんですか? 髪型……えと、長さ、とか。色も」


「もちろんできるよ」


 ユイリィは目に見えて表情を柔らかくしながら、


「短くするのはカンタン。伸ばすほうは髪の形成にちょっと時間かかると思うけど、できるよ。髪質の変更もね。でも早着替えをするのなら、カツラをかぶるほうがずっと早いくらいかな」


 冗談めかして一言付け加え、さらに言及を続ける。


「色を変えるのはもっとカンタン。髪や体毛って、いきものの体の中で一番魔力の影響を受けやすいところだから。内部に通した流体聖霊銀ミスリルに供給する魔力量さえ変えれば、だいたいどんな色にも染められるよ」


 その言葉に、ランディが「えっ?」と弾かれたように顔を上げる。


「髪の毛にもさっきのが入ってるの!? あの銀色のやつ!」


「え、うん。厳密にいうと違うんだけど……ランディちゃん、何かそんなに気になることあった?」


「何って……じゃあさ、ユイリィおねえちゃん!」


 突如として脳裏に降り立った、その恐るべき直感――

 ランディは幼い面に深刻な翳りを落としながら、重たい唾を、ごくりと飲み下す。


「さっきの剣みたいに、レイバレットなんとかが髪の毛に当たったらさ。メルリィさんハゲになっちゃうの!?」


「はげ?」


 ――ぶはっ!


 ユーティスが噴き出した。

 ぽかんとするユイリィ。周りを見れば、ラフィやエイミーも、顔を伏せたまま肩を震わせている。


「ランディっ……おまえ、なんっで……なんでお前この流れで! そう、いう、ことっ……!」


「いや、だってそうじゃないの!?」


 鬼気迫る勢いで、ランディは叫ぶ。


「あのスゴいやつを撃ったら構成(?)が壊れて、流体ミスリルは形を保てなくなっちゃうんでしょ? それじゃ、髪の毛だってなくなっちゃうってことじゃん!!」

 

「えー、と……?」


 今度こそ、ユイリィは答えに窮した。

 念のため過去のデータを検索するが、言及された箇所を見いだせない。そんな検証を行った記録はない――当然といえばそれまでのことではあったが。


「さっきみたいに《閃掌光撃レイバレット=フィスト》が直撃したら、の場合だよね……たぶん、髪の毛ごと頭が吹き飛んじゃうかなって、ユイリィは思うなぁ……」


「あ。そっか」


 急に鬼気迫る気配が消えて、ランディはぽんとあっさり手を打ちあわせた。ユイリィには伺い知れないが、ひとまず何かしらの納得は得られたと見ていいようだった。


「ともあれ、だ。どうやら難敵の類らしい。厄介なことだ」


 トリンデン卿はひとりごち、薄い笑みを広げたようだった。

 その自信たっぷりの横顔を冷やかに一瞥し、ユイリィは問う。


「傾向と対策は定まった?」


「ああ。当座の方針だが、ひとつは決まったよ」


 トリンデン卿は颯爽とマントを翻し、足元に座り込んでいるランディ達を見渡した。


「そのために少年少女よ。君達へひとつの提案をさせていただきたい」


「提案ですか?」


「そう。提案だ。未来の冒険者たる少年少女達には、是非このフレデリク・ロードリアンからの申し出を受けていただきたいのだ。君達に――」


 おうむ返しに唸るランディへ、男は重々しく頷く。

 沈痛な面持ちで苦悩に眉を寄せるトリンデン卿の姿に、ランディ達はごくりと緊張の唾を飲む。


 ばさり! と唐突に逞しい腕でマントを払い。

 そして彼は、高らかに宣言した。


「そう、君達を!――我がトリンデンの邸宅へと、招待させていただきたい!!」


 ――訳が分からず、彼以外の誰もが言葉を失った。


 だが――しかし、それこそが。

 それこそが、トリンデン卿からの『提案』だった。

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