53.お祝いの壇上へ。《来訪者》たちの登壇です・③


「さて――では少年少女よ。手続きも《幻獣》にまつわる対応も無事に終わったことだ、そろそろ次に向かおうではないか」


「え。次?」


 ランディは内心ぎょっとする。

 もしかして、これで《諸王立冒険者連盟機構》にいられるのはおしまいということだろうか――いや、それは困る。まだ訊きたい話が残っているのに。


 露骨に変わったランディの表情に気づいてか、トリンデン卿はいささか意地悪そうに、逞しい唇を緩める。


「うん? もしやだがランディ少年、君はもう少しこの連盟支部を見学してゆきたいということなのかな?」


「ぅえ!? あ、いや……その」


「案ずることはない! 少年少女がそれを望むのならば、そのための時間は後でたっぷり用意してさしあげよう!!」


「ほんとに!?」


「いいんですか? トリンデン卿!」


 トリンデン卿の宣言に素早く反応したのは、ラフィとユーティスだった。

 完全に出遅れてしまったランディを他所に、トリンデン卿は気をよくした風ではっはと大笑する。


「うむ! 委細問題なし! だが少年少女よ。その前に、このフレデリク・ロードリアンと共に来ていただきたいところがある」


「ぼく達にですか?」


 内心ほっとしながら、首をかしげて問い返すランディ。


「ええと、どこへ行けばいいんですか?」


「なに、不安がることはない。本当にすぐそこだ。来ていただきたいというのもつまるところは――」


 トリンデン卿は両開きの扉を引き開けた。

 連盟支部の本棟、その入り口の左右には、馬車のところで待っていたはずの二人――トリンデン卿の執事パーシュバル氏と、護衛騎士トーマの二人が、まるで門番のように控えていた。

 そして、その先――


「――今日の主役は、君達少年少女だということさ!」


 そこには、半円形の壁のように出入口を取り囲んだ、人垣があった。

 物見高い冒険者達も姿もあったし、それ以外にも何事かと物見高く外から入って来たらしい人々の姿も多く混じっていたが、しかし最前列の多くを占めていたのは彼ら彼女らではなかった。


「オルデリス・デイリー紙のローナン・マルセン記者です! トリンデン卿、本日こちらの連盟支部をおとなわれたのは、どういった目的によるものでしょうか!?」


「コートフェル・ポスト紙のサマンサ・ロドニエ記者です!! 我が社では、先日こちらの支部へシオン・ウィナザードが四年ぶりに姿を見せたというスクープを掴んでおります! まさかとは思いますが、四年前の《果てなる海の嵐竜》との戦いのような危機が、再び私達の母なる多島海アースシーに迫ろうとしているのでしょうか!?」


 付箋がたっぷりついたメモ帳と万年筆を手に、目をギラギラさせて声を張り上げる男女の一群だった。

 突然左右からどっと押し寄せる人と声の洪水に、ランディは圧倒されて目を白黒させてしまう。


「え? え?……な、なに? このひとたち」


「新聞記者だよ。本物は僕も初めて見たけど」


「し、しんぶん……きしゃ?」


 ユーティスの言葉通り――連盟支部の入り口を取り囲んで一斉に質問を浴びせているのは、新聞記者たちである。


「だから、新聞だよ。ニュースペーパー。その新聞の記事を書くのが新聞記者。ランディの家にだって、新聞くらい毎朝届くだろ?」


「ぅえ? ううん。うち新聞来ない」


「は? 何で!? いやいや、そんなバカな……今時、新聞のひとつも読んでないだなんて、僻地の一軒家に住んでるでもあるまいし」


「だって……」


 ユーティスは信じられないとばかりに呆れかえっていたが、これに関してはランディにも言い分がある。


「シオンにいちゃんが……新聞はウソがいっぱいでよくないものだから、ぼくはまだ読まなくていいって」


「ええー……? シオンさん、いくらなんでもそんな、前時代的な……」


「なに言ってんのユーティス! シオンさんの目にはきっと、有象無象の凡人では決して到達し得ないすべての真実が見通せているんだわ! シオンさんの慧眼を前にしたら、凡人のおっさんおばさんが作る新聞記事なんて間違いだらけのへっぽこぴーなのよ! さっすがシオンさん!!」


「ラフィのソレもさぁ、そこまで振り切れてるといっそ清々しいよね……」


 そんな言いあいの間も、トリンデン卿への質問は続いている。


「トリンデン卿はかねてより、叔父君であらせられるワドナー卿との間の確執が囁かれておりますがァ! この私ィ、オール・ルクテシア・ジャーァナルのドメオ記者の取材によりますとォ! 昨今の卿の振る舞いにはもはや身内と言えど捨て置けぬとォ、裏で手が回されているとの噂が明らかになっておりまァす!!」


「我が社も同様のタレコミがありましたわ! この噂は真実なのでありましょうかトリンデン卿、お答えください!! ワタクシはアースシー・スクープ社のイメルティ・ボーモン記者ですわ!!!」


「ハイソサエティ・ムーブメント社のエリオット記者でございます! 先日ラウグライン大森林へ恐るべき魔物が逃げ込んだ事件、あれのきっかけとなったのは叔父君であらせられるワドナー卿による魔物の密輸ではとの噂がございますが!?」


「同じくワーカー記者でごさいます! 密輸ルートにコートフェル近郊が選ばれたことには、御身内であるトリンデン卿の関与があるのではないかとの証言を、我が社は関係筋からのインタビューで得ております! トリンデン卿、この件に関するコメントを!!」


「先代の御代より多額の資金が《諸王立冒険者連盟機構》へ投入されることには公領議会からたびたび批判が出ておりますが、これら批判をどのようにお考えですかトリンデン卿!」


「トリンデン卿! 我が社は!!」


「トリンデン卿オォ!!!」


 鳴りやまない喧噪の怒涛。

 トリンデン卿は、深く息を吸った。そして、



「静粛にイイィ――――――――――――――――ッ!!!!」



 ――大喝一声。

 その場の誰よりも大きく力強い声が、他のすべてを圧して喧々たる記者たちのインタビューを薙ぎ散らした。


 びりびりと、空気が帯電して痺れるかようだった。

 ただひとたびの威風を前に圧倒されてしまった記者たちを見渡し、トリンデン卿は微笑んだ。


「お集りいただいた記者の諸兄――皆様のご質問にお答えする前に、まず今日此処なる場の主賓を紹介する時間をお許しいただきたい」


 トリンデン卿は後ろへ下がり、ランディ達の背中を押した。

 群衆の視線が、時ならぬ場に現れた子供たちへと注がれる。


「どうかご清聴を! そして盛大なる拍手を!! 彼らこそがこの小さな体と偉大なる魂をもって、ラウグライン大森林に新たな《真人》遺跡を発見せしめた素晴らしき小さな冒険者達リトル・アドベンチャラーズ! 冒険者の天地たる我らが多島海アースシー、その筆頭たる我らが誇り高き祖国ルクテシアの先駆け――まさにそのものの結実たる、未来の偉大な先駆者達です!!」


 水を打ったように、連盟支部の前庭はしんと静まり返っていた。

 だが――


 群衆のどこかから。小さな拍手がひとつ。ふたつ。

 やがて唱和するように次々と拍手が上がり、それは呆然と魂が抜けたようになっていた記者達をも巻き込んで――万雷の拍手へと変わって、ランディ達をあたたかく包み込んだ。


 ひとしきり拍手を響き渡らせた後、トリンデン卿は静粛を告げる代わりにすっと右手を掲げ、横一線に滑らせた。

 示しあわせたようにぴたりと拍手が止み、静けさが戻る。


「諸兄よ、私は心からの感動に打ち震えています。我らが多島海アースシーが冒険者の天地と呼ばれて既に久しくあるが――しかして、これほど幼き少年少女が新たな未踏の遺跡に、しかも自らの力で到達するという奇跡は、祖国の長き歴史の中においてさえ例のないことではないでしょうか。

 このように幼き子らをして冒険の熱情へと駆り立て、またとなき奇跡をこの世に示した探求の精華……私は《諸王立冒険者連盟機構》コートフェル支部を預かる公爵として、また祖国と故郷を愛する一人の男として! 此処なる彼ら、未来の英雄たちを祝福する、その先駆けとしてあらねばならぬと信じました……!」


 朗々と語る力強い声に、その場の誰もが吸い寄せられていた。


 彼の足元に並ぶランディでさえ、完全に圧倒されながらその弁舌に聞き入ってしまっていた――というか、トリンデン卿の声が大きすぎて、周囲の他の声がほとんど聞き取れなかったというか。


「そのためにこそ! 私はここへ参りました! 未知の冒険へと高らかに飛躍する勇気と探究、祖国の基盤となって数多の探求を支える精励と献身――これらはルクテシアの長き繁栄を支える両輪であり、いずれのひとつとて欠けてはならぬ一対の雄々しき翼であります! 未知への探求なくば発展なく、堅牢なる基盤なくして人は高く飛ぶこと叶わぬもの!!」


 ふと。

 ランディは踝を撫でるちいさな感触に、足元を見下ろした。


 クゥだった。まるでトイレをするのにいい場所を探しているときみたいに、落ちつかない足取りでランディの足元をうろうろしている。


 ……やばい。

 ここで、トリンデン卿の足元でおしっこなんかされた日には、いろんなものが台無しになる。ランディは八歳なので、そのあたりの大人の機微も何となくだが分かってしまうくらいには察しがよかった。


 慌てて左右に目を走らせ、トリンデン卿のさらに後ろで控えていたユイリィの姿を見つけると、足元のクゥを懸命に指差して示す。

 声を出すわけにはいかなかったので唇の形と息遣いだけで「トイレ」と繰り返し、ユイリィに伝わってくれるのを祈る。


「決して欠けてはならぬその一対、その一端を、此処なる少年少女の熱き魂が見せてくれたのです。

 彼らが発見した《真人》遺跡は、先だってにラウグライン大森林へ逃げ込んだ《双頭蛇竜アンフィスバエナ》がその巣窟として潜伏した場でもあり、ゆえに彼らの発見なくば、事態は現実になされたような早期の収束を見ることなく、かの恵み多き大森林に取り返しのつかない危機と禍根を撒いていたやもしれません――」


 ユイリィは察しがよかった。

 ぱっと理解の色を広げると、肩から下げたトートバッグを――その中に入ったトイレ用の砂を指差した。こっそりその場にかがんで姿勢を低くし、ランディの足元でうろうろしていたクゥを抱え上げる。


 ランディはほっと安堵に胸を撫で下ろした。

 これで、クゥのトイレはなんとかなりそうだ。


「即ちそれは! 我らが故郷を蝕まんとしていた危機が、此処なる少年少女の探求によって阻まれたということ! 私は、いやさ我々は――その価値を! その意義を讃えんがため」


 くおぉぉ――――――――――――――――――――ん…………っ


 まるで、笛の音のような。

 細く、高く、鋭い遠吠えが――

 トリンデン卿の演説すら圧して、高く空へと響き上がる。


(クゥ――――……っ!?)


 あまりのことに蒼白で凍りつくランディ。

 トリンデン卿の演説すら呆気にとられたかのように止まり、虚を突かれたような静寂のとばりが前庭を覆うように深く降りる。

 が――


「うおっ!?」


「きゃ……!?」


 その静止の時間は、しかし長くは続かなかった。

 呆然と立ち尽くす群衆をかき分け、突如として飛び出した影があったせいだ。


 ――フード付きの外套と口元を隠す布で、顔と身体を隠した何者か。

 その袖口から鋭い刃を覗かせた、危険なが――群衆の壁を蹴散らし、ランディ達の前へと躍り出た。


――――――――――――――――――――――――

※次回更新は明日、12/23の予定です

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