52.お祝いの壇上へ。《来訪者》たちの登壇です・②


「――つまり、あの子犬のような何某が生まれるところを見た訳ではないのだね?」


「はい。ですが、ラウグライン大森林――少なくとも僕らの町の近くでは、クゥのような生きものを見たという話はありません。リテークも聞いたことないよね? ファリダンさんや、他の狩人さん達から」


「うい。ないよ」


 角ばった顎をてのひらで撫でながら確認を繰り返すトリンデン卿に、主にユーティスが――それとリテークが答える。

 その一方で、


「やだ~、この子人懐っこい~。かわいい~♪」


「くぅくぅ鳴いてる~♪ あ、それでクゥちゃんなんですね!」


「お、オレもっ! オレも触ってみていいっすか!?」


 当のクゥはといえば、フロアにいた冒険者達や手すきの職員たちに囲まれ、背中や顎の下を撫でられて気持ちよさそうにしていた。

 目を輝かせながらもおっかなびっくりの男冒険者に、ユイリィが応じる。


「だぶん大丈夫だと思います。おとなしい子なので」


「そ、そっすか。じゃ、失礼して……うおぉ、ふわふわのふかふかぁ……! え。もしかしてこの子フロとか入れてたりするんすか? 暴れたり大変じゃないすか?」


「いいえ、です。おとなしく洗われてくれるいい子ですよ」


 青年の撫で方が上手かったのか。クゥは「もっと撫でろ」というように、ごろんとお腹を見せる。

 その仕草に、また一斉に「かわいい~!」の歓声が上がる。その輪の中には、エイミーの姿も混ざっていたりした。

 ランディはなんとなくその空間に近づきづらくて、その様子を遠巻きに見ていたのだが、


「意外とふてぶてしいわね、あいつ」


 その隣で腕組みしながら、ラフィが零した。感心と呆れが半ばで同居しているような、そんな微妙な表情をしていた。


「なんか、野生を忘れるの早すぎない? あの調子でだいじょうぶなのかしら、ほんとに」


「うーん……」


「万が一だけど、後々になって野生に返そうとかなったらやばいわよね……ぜったい生きてけないわよあの子。どうしよう……」


 割と本気で心配そうにしているラフィにどう返したものか分からず苦笑混じりで唸りながら――ランディは実のところ、トリンデン卿の方を気にしていた。


 『遺跡』の登録は終わった。

 クゥのことも話せた。


 ――あとひとつ。みっつめのやらなきゃいけないこと。

 トリンデン卿に話しかけるタイミングを待っていたのだが、ずっと他の誰か――ユーティスや、連盟の職員さんだ――と話しているせいでなかなか機会がめぐってこない。


 ――いや、そもそもチャンスがめぐってきたところで、どうやって話を切り出せばいいのだろう。

 唐突に、その問題がランディの中で頭をもたげた。


 ユイリィにとって『おじーちゃん』に関する話は、もしかしたらランディには聞かせたくないようなことなのかもしれない。

 だとしたら、仮にトリンデン卿から話を聞くチャンスがあったとして、ユイリィの目と耳があるところで堂々と話していいのだろうか。


 ユイリィはものすごく耳がいいから、いくら広くても同じフロアの中での会話なんて完全に筒抜けだろう。

 だとすればユイリィに要らぬ心配をかけなくて済むよう、こっそり話を聞かなければいけない。

 その場合――


 ……どうすればいい?


『レドさん! 実はナイショでききたいことがあるんですけどついてきてもらっていいですか!』


『ほほう! それは興味深いぞランディ少年! 是非行こう!!』


 ……………………。


(……さすがに、無理かなぁ……?)


 案外いけるかも? どうだろう……レドさんなら来てくれそうだけど、どうだろう……


 ――いや、そもそも自分がそれを聞くことに何か意味があるんだろうか。

 聞いて、それでどうするつもりだったんだろう。自分は。


「ねえ、ランディどうかした? さっきから一人で百面相してて怖いんだけど。なんか悩んでる?」


「ぅえ!? う、うーん……ちょっとだけ。そんなたいしたことじゃないんだけど」


「そう? ほんとに……?」


 ……自分が聞くべきでない話だとしたら、トリンデン卿にお願いして、ユイリィと今すぐ方がいいのだろうか。

 正解はどれだろう?

 正解は――


 いくつかの方針、それを叶えるための手立てが頭の中でごちゃごちゃになって、ランディは完全に目の前がぐるぐるしていた。

 その時だ。


「――ヴィム! ヴィム・マクアイネン!」


「うぉっ――は、はいっす!」


 唐突に響いた、トリンデン卿の声を張った呼びかけに、冒険者の一人だバネ仕掛けみたいな勢いでびしりと立ち上がる。

 クゥを撫でるのが一番うまかった、若い男性の冒険者だ。ぼさっと長く伸びた髪を首筋のところで一本にくくっていて、ひょろりと痩せたあまり冒険者らしくない背格好の青年である。


「王都リジグレイ=ヒイロゥの《学院》に名高きタリス研究室で学んだ、きみの見解を聞かせてほしい。そこなふわふわの白い獣、いかなる《幻獣》だと君は見る?」


「えっ? ああー……この子すか。生まれたばっかの幼体相手みたいなんで、あくまで所見ってことで聞いてほしいんすけど」


 ぼさぼさの頭を掻きながら、青年は言った。


「たぶんこの子、の類じゃねっかと思います」


「「「ドラゴン!?」」」」


 驚愕の声が上がった。

 ランディは思わず、あっさりと断定する男冒険者へ詰め寄ってしまう。


「あのっ! ドラゴンってあのドラゴンですよね!? でっかいトカゲみたいで羽とか爪とか生えてて!」


「はい、一般的なイメージの『ドラゴン』はそうっすね。でも、ひとくちにドラゴンって言ってもいろんなのがいるんすよ」


 横からいきなり子供に口を挟まれたにもかかわらず、ヴィムと呼ばれた痩身の青年は気分を害する風もない。

 むしろその場にしゃがみこんで、詰め寄るランディと視線の高さを合わせながら、声を弾ませて話に応じた。


「たとえばっすけど、翼のあるやつないやつとか……あとは蛇みたいなのや手足がヒレになったの、亀みたいな甲羅を背負ったのや鱗がないやつなんかも。そういうの、心当たりないっすか?」


「あります!」


 言われてみれば、確かにその通りだった。兄のシオンが話してくれた冒険の中に限っても、いわゆる『ドラゴン』の姿は様々だ。これが他の冒険譚や、神話の類まで範囲を広げれば、その姿は千差万別といって過言ではない。


 ヴィムはランディの素直な反応ににっこりしながら、


「んでね、そうしたドラゴンの中には獣みたいな毛があるやつもいるんすよ。ファー・ドラゴン種って分類になるんすけどね。そもそもドラゴンという呼称自体が種を呼び表わす系統なんかじゃなく、本来はふるい時代における『』の総称なのだ――なんて見解まであるくらいで。

 実際、竜種って分類されてる中には《七岐首蛇竜エレンスゲ》や《双頭蛇竜アンフィスバエナ》、果ては《蝸牛竜ルカルコル》みたいなゲテモノの変わり種までわんさかいて」


「その《双頭蛇竜アンフィスバエナ》だが、つい先だってにラウグライン大森林へが逃げ込むという事件があった」


 ランディ相手に早口で話し続けるヴィムを、トリンデン卿が遮った。


「《双頭蛇竜アンフィスバエナ》は既に討伐され、雌が抱えていた卵も全て破壊したと報告を受けているが――その《幻獣》、よもや《双頭蛇竜アンフィスバエナ》の幼体と言うことは?」


「それはないっすね」


 ヴィムは即座に首を横に振った。


「《双頭蛇竜アンフィスバエナ》の双頭は生まれながらに観測可能な特質っす。前に研究室で孵化に立ち会ったことあるんで、そこは保証しますよ」


「そうか……」


「ただまあ、ラウグライン大森林――の、少なくともオレが知ってる範囲の過去での報告例じゃ、この子みたいな生きものの報告はなかったはずっすね。仮に《幻獣》の類じゃなかったとしても、なにかしら新種の可能性は高いかと」


「どういうごはん食べるかとか、わかりますか?」「特定を進めてもらうことは可能か?」


 ランディとトリンデン卿の問いかけが、見事にかぶった。思わず互いの顔を見合わせる二人にヴィムはたまらず失笑して、


「わかりました、ちょいと心当たりをあたってみます。って訳で、さっそくこの子を借り――るのは、無理そうっすけど」


 自分の足下でショックを受けたみたいに青くなっているエイミーに気づき、冷や汗混じりで「ははは」と乾いた笑いを零す。

 一緒になってクゥを囲んでいた冒険者達の間から、「がんばれーヴィムくん!」「よわいぞー」とはやし立てる声が上がる。


「図書棟の部屋ひとつ借ります。手続き代わってもらえると助かるんすけど」


うけたまわった。では、幻獣の調査は君に頼もう。それと――ブルーネ、フライア」


「「はーい!」」


 同時に手を挙げたのは、さっきからクゥの周りでかわいいかわいいとはしゃいでいた――あと、最前にヴィムを煽っていた――女性の冒険者二人だ。


「君達のパーティに依頼を出したい。トスカ近郊のラウグライン大森林で新たに発見された《真人》遺跡及び周辺を調査し、周辺にさらなる未知の幻獣、ないし危険な魔物の存在がないことを確認してほしい」


「さっきタニアちゃんが手続きしてた新しい未踏遺跡ですよね。せっかく行くんなら、遺跡の探索もついでにやっちゃだめですかぁ?」


「それは後日、あらためて個人的にやっていただきたいな。探索を我慢させる代わりではないが、報酬はこの額を用意しよう」


 懐から取り出した小切手にペンを走らせ、差し出す。

 額面を見た女冒険者二人の目が、一瞬で輝きを増した。


「やりましょう!」


「閣下ってば太っ腹ぁ♪」


 ひとしきり調子よく誉めそやした二人は、去り際にクゥの頭を一撫でし、ぽかんと呆気にとられるランディ達へ「じゃあねー!」「またねー♪」と愛想よく手を振って。

 くるりと踵を返し、フロアの奥へと走っていった。そっちにパーティの仲間がいるのだろう。


「……ま、この子に関してはこんなところだろうな」


 騒がしい二人がいなくなると、トリンデン卿はやれやれとばかりに腰へ手を宛がいながら、話題の中心であったクゥを見下ろした。

 周りの空気が変わったのを敏感に察してか、クゥはとうにお腹を出してごろ寝するのをやめ、おすわりの姿勢で周囲の人間をきょろきょろと見上げていた。

 その様子に少しだけ口元をほころばせ、トリンデン卿はふとユイリィを見遣る。


「ヴィムの言うとおりなら、この子は幻獣ないし貴重な新種だ。できれば連盟か、もしくは我がトリンデン家でこの子を預からせてもらいたいところだが……どうかな?」


「生憎ながら、ユイリィはそれを決める権限を持ちません」


 その目が自分を見るのに、ランディはどきりとした。

 とっさに周囲の幼馴染みたちの顔色を伺ってしまい――だが、ランディはすぐさまきっぱりと心を固めた。


「あのっ……できればですけど、もう少しだけぼくらのとこで一緒にいさせてほしいです。だめでしょうか」


 ほう? と唸って片方だけ眉を跳ねさせるトリンデン卿。

 その、『大人』の反応に半ば反射で怖気づきそうになりながら、けれどランディは続けた。


「ほんとうにダメってなったら、そのときは諦めるしかないかもですけど……でも、そうだってわかるまでは今のままでいたいです。お願いします!」


「君達も、彼と同じ意見ということで構わないかな?」


 トリンデン卿は周りの子供達を見渡す。

 そして彼は一目で、ランディ達全員の意見を了解したようだった。


「いや、怖がらせたようですまなかったねランディ少年。もとより君達が遺跡で見つけた子である以上、私もその子の扱いは君達の判断どおりで異存ない。これからもしっかり面倒を見てあげてくれ」


「「「「はい!」」」――ですっ」


 応じる言葉が重なる。

 トリンデン卿は「うむ」と大きく頷き、はっはと声を立てて笑った。

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