51.お祝いの壇上へ。《来訪者》たちの登壇です・①


 《諸王立冒険者連盟機構》コートフェル支部本棟の一階は、広々としたフロアである。

 漆喰塗りの白く美しい壁と、ニスでぴかぴかの木床。ちりひとつなく清められた床や壁面は、清潔で心落ち着く様相である。


 高い天井のパネルには、目を惹かれる幾何学文様。格子状に天井で渡された柱の方々からシャンデリアを模した魔光灯が下がり、フロアを明るく照らしていた。


 日々集う冒険者達と仕事の依頼や『遺跡』の情報を交換し、その本分たる様々な冒険の遂行を支え助ける橋渡しの場――その玄関口たる一階のフロアは、さながら上流の人々を顧客とする銀行のそれを思わせる、ぴかぴかで当世風モダンなつくりをしていた。


 ずらりと並ぶ受付カウンターでは、白いブラウスに青を基調とした膝丈のタイトスカートとベスト、色とりどりの紐タイという制服姿で職務に当たる受付嬢たちが、各々の担当する冒険者の応対に当たっている。


 同じく制服姿の職員達が、ある者は書類を抱えて早足にフロアを横断し、またある者はパーテーションで区切られた一角で冒険者達と依頼者とを引き合わせ、双方の条件を擦り合わせる仲立ちを取り持っていた。


 奥の壁一面には、依頼書がずらりと並ぶ掲示板。

 冒険者のランク別、連盟の判定基準に基づく難易度別に細かく区分けされた依頼書の前には、日銭稼ぎの仕事を探す冒険者がちらほらと並び、中にはこれと決めた依頼書を手に受付のカウンターへ向かう者もあった。


 奥まった先の階段を上って辿り着く中二階には丸テーブルのテーブルセットが並んだ談話スペースがあり、仲間同士、あるいは連盟の仲立ちを必要としない依頼人が馴染みの冒険者と額を突き合わせる姿を、階下からでも見て取ることができた。


 トリンデン卿は両開きになったマホガニーの扉を勢いよく開けて、支部の本棟へ入った。

 時ならぬトリンデン卿の、すなわち連盟支部長の訪れに、その場にいた連盟の職員達が一斉に立ち上がり敬礼の姿勢を取る。


 冒険者達の反応は外と同様まちまちで、事情を察して同様に敬意を示す者もあれば、時ならぬ闖入者ちんにゅうしゃの存在に怪訝に眉をひそめる者、ただただ反応が遅れておたおたと左右を見まわすしかできない者もいた。


「諸君、どうか楽にしてほしい。日々、世界を渡り冒険に挑む勇敢なる冒険者達よ――その彼らを支えると共に市井の人々と彼らの間を仲立ちし、探求の背を押す職務に日々精励し続ける《諸王立冒険者連盟機構》の素晴らしき方々よ」


 トリンデン卿は一拍の間を置いて、息を弾ませながら連盟の建屋へ駆け込んできたランディ達を手で示した。


「そして、もし叶うならば――どうか今日の敬意はこのフレデリク・ロードリアンにではなく、此処なる少年少女達へ。否、若く聡明なる新たな冒険者達のためにこそ! 捧げていただきたい!」


 その言葉を受けて。

 敬礼の姿勢のまま、連盟の職員達の視線がランディ達へ集まる。


 ランディは思わず顔を赤くして俯きかけたが――寸前ではたと我に返り、気合いを入れて背筋を伸ばした。


 ――胸を張り、足音高く、共に歩もう。

 レド――もといトリンデン卿がそう言っていたのを、思い出したせいだ。


 職員達の中から一人、制服を身につけた二十歳ほどの女性職員が進み出て、「こちらへ」とランディ達を促した。

 互いに目を見かわしあい、ランディ達は彼女に続いて受付のカウンターへ向かう。


 『1』の看板がかかった受付カウンターの前には、子供用の椅子が五人分。

 内心ばくばく跳ねる心臓を宥めながらも緊張の面持ちで腰を落ち着けるランディ達。その対面に回った受付嬢は、カウンターに一枚の羊皮紙を広げた。


 巻物にして保管するタイプの、古風な羊皮紙だった。

 多島海アースシー全域にパルプ紙が普及している現在、羊皮紙が使われるのはごく一部の、古くから使われている特別な取り扱いの書面のみである。


「……『未踏真人遺跡 発見証明』……?」


 そこまで読んだ瞬間、ランディははっと目を剥いて顔を上げた。

 にっこり笑った受付嬢と、目が合う。


「あ、あのっ。これ――これって!」


 同じく羊皮紙の文面を読んだラフィがうわずった声で呻くのに、受付嬢は微笑んで応じる。


「みなさんがラウグライン大森林にて発見したという、未踏遺跡の発見証明になります。既にお名前もここに」


 発見者――


 ――リテーク・ファリダン

 ――ラフィ・ウィナザード

 ――ユーティス・クローレンス

 ――エイミー・ノーツ

 ――ランディ・ウィナザード


 インク文字の、美しい筆致で、五人の名前が記されていた。

 オルデリス公爵の承認を示す赤インクの印も押捺されている。


 目を輝かせて珍しい羊皮紙を見つめる子供たちへ、トリンデン卿が誇るように言った。


「格式と伝統に則った、《諸王立冒険者連盟機構》コートフェル支部の正式な証明書だ。これはきみたち五人の承認をもって、実際の効力を持つこととなる」


「遺跡っ――い、いいい遺跡って、あの『遺跡』ですよね!? あたしたちが森で見つけた!」


「そうとも。かのラウグライン大森林できみたちが初めて存在を確認した、《真人》遺跡の発見証明だ」


「そうなんですね!? これが……っ!」


 目を輝かせるラフィ。そんな彼女に負けず劣らず、ランディも他のみんなもはじめて目にするそれを食い入るみたいに見つめていた。


 受付嬢が言う。


「発見にまつわる委細の報告は、既にシオン・ウィナザード様より承っています。あとはこちらの署名欄にみなさんのお名前をいただけば、正式な登録が完了となります」


「シオンさんっ……!」


 ああ――と感極まった吐息をこぼし、ラフィは感激していた。

 頬を上気させて胸元で両手を組み、さながら星の王子様でも見つめるようにうっとりと天を仰いで祈りを捧げる彼女は、放っておいたらそのまま卒倒して倒れてしまいそうな勢いではあった。


「さあ、少年少女よ。いざ調印式とゆこうではないか! これよりひとりずつ順番に――そう、ここのところへ、その名前を記していってくれたまえ!!」


「はいはいはい! あたし書きます! あたしから書きますっ!!」


「……ラフィ、それ本気で?」


「あ? なによユーティス。あたしがリーダーなんだから、あたしが一番最初でなにかおかしなことってある?」


「そういうこと言ってるんじゃないんだけどなー……いや、まあいいや。今日はもうそういうことで」


「? なにそれ。変なの」


 ペンを受け取り、いそいそと署名を始めるラフィ。


 従姉妹の少女は怪訝に眉をひそめるだけだったが、ランディにはユーティスの言わんとするところが察せられた。エイミーも同じことを気にしているのか、ラフィを見る顔つきがいささか複雑そうだ。


 そも、自分達五人が見つけたということになっている『遺跡』だが――その最大の立役者となったのは、リテークなのである。


 ランディは自分の隣――ラフィの反対側に座るリテークの方を伺う。

 口元をマフラーで隠した無口な友達はその時も何を言うでもなく、上機嫌な鼻歌混じりで名前を書くラフィのペン先をぼんやり見つめていたようだった。


 先月のことだ。

 大雨が降った日。その翌日。


 一時はかさが上がっていた川の水もいつもどおりのところまで引いた夕方、リテークは例によって唐突に、森にあるランディ達のひみつの隠れ家を出て、川辺を上流へと向かって歩きはじめた。


 隠れ家がある岸辺から上流へ向かって歩いていくと、川岸はすぐに崖みたいに急な斜面に変わり、川の中を歩かなければ先へ進めなくなる。

 果たしてその時彼に何の目的があったのか。それは今もって定かでないが――突如として川の上流へ向かい始めたリテークの後を、靴の中を水浸しにしながら追ったその先で。


 ランディ達は川辺の岩壁にぽっかりと開いた、『遺跡』の入り口を発見したのだ。


 実のところ、こうした発見の経緯だけを振り返れば――自分達はただただ、目的も告げず川をさかのぼっていったリテークの後についていっただけだ、とも言えてしまう。


「……リテーク、いいの?」


 ラフィには聞こえないくらいに抑えた、囁くような小声で問いかける。

 羊皮紙にぼんやりと目を落としていたリテークは、ランディの問いに首をかしげただけだった。一心にペン先を走らせるラフィの頭越しにその様子を見たユーティスは、気が抜けたというように小さくため息をつく。


「よし、書けた……っと! ランディ、次あんたの番ね」


「ぼく?」


 びっくりするランディ。最前の流れからついリテークの方を伺ってしまうが、当の彼はといえば「どうぞどうぞ」「はよ書け」とばかりに両手のてのひらで促すジェスチャー。


「……えっと、どこに名前?」


「ここよ、ここ。いつもの紙と感じ違うから書くとき気をつけなさいね」


「そうなんだ……あ、それでラフィの字がこんな」


「余計なとこは見ないでいいのっ!」


 怒られた。

 ランディはペンを取り、羊皮紙の上にペン先を走らせる。


 確かにラフィが言うとおり。

 いつものパルプ紙とはまったく違う書き味で、ペン先が引っかかってものすごく書きづらかった。



「――はい。おつかれさまでした、これで手続きは終了となります」


 立会人署名欄に職員の名前――タニア・バーネット、と記されていた――を記して、最後に連盟の印を押し。

 手続きを終えた受付嬢は羊皮紙をくるりと巻いて、リボンと封蝋でそれを束ねた。


「いずれこの発見が、はるけき物語の時代――いにしえの《真人》達の時代の歴史と、その遺産を後世に伝える礎となることを、《諸王立冒険者連盟機構》は心より望みます。みなさまの発見に、あらためての感謝を」


「あ、「「ありがとうございました!」」」


「――ま、ましたっ」


 所定の口上を述べ、深く頭を下げる受付嬢に、ランディ達も勢いよく頭を下げ返す。エイミーだけは少し遅れたようだった。

 受付嬢はそんな子供たちの様子に微笑ましげにしながら、羊皮紙を両手で持って席を立つ。


 彼女が背を向けようとした時になって、ランディははっと我に返った。


「あのっ、すみません! もうひとつだけ訊きたいことあるんですけど、お姉さんにお願いしてもいいですか!?」


「えっ?」


 振り返った受付嬢は、困惑が露わな声を上げた。


 まだ『続き』があるとは思っていなかったのだろう。怪訝な顔をする受付嬢はトリンデン卿の方を伺い、その彼がひとつ頷くのを見て、不可解そうにしながらもカウンターの席につきなおした。


「あの……実はぼく達、『遺跡』でみつけたものがあるんです」


「何と! それは本当かね!?」


 トリンデン卿が大袈裟に目をいて驚く。

 若い受付嬢はその大声に眉をひそめていたが――すぐに表情を戻すと、いくぶん身を乗り出してランディ達の話を聞く姿勢を取った。


「その件は、確かにシオン・ウィナザード様から伺ったうちにはなかったものですね。詳しくおはなししてもらえますか?」


「あ――はい、ええと」


「実は僕達、シオンさん達が旅に出た後に一度だけ、あの『遺跡』へ行きました」


 とっさに説明が浮かばず口ごとってしまうランディに代わり、ユーティスが説明を始める。


「その時、『遺跡』の奥の広い部屋で、僕達が最初に『遺跡』を見つけたときにはなかった隠し通路を見つけました。幻影の魔術で隠された通路の奥はちいさな部屋になっていて、その奥にはわらを敷き詰めた巣と、そこに散らばる卵のカラがありました」


「その卵のカラというのは」


 トリンデン卿が、唐突に鋭い声を出す。


「まさか、以前に森へ逃げ込んだ《双頭蛇竜アンフィスバエナ》のものということは」


「いいえ、それはないと思います。確証があるかと言われると、そこまでではないんですが」


「ふむ……」


 角ばった顎を撫でながら、眉根を寄せて考え込むトリンデン卿。

 ややあって、彼はいくぶん語調を和らげながらユーティスへ問いかけた。


「ユーティス少年。確証まで求めるつもりはないが、まずきみがそう考える根拠を聞かせてもらうことはできるかな?」


「はい。奥の部屋――巣があったところなんですが、そこには水場と、あと砂を敷き詰めた猫のトイレみたいになったスペースがありました。卵のカラがあった巣の存在も踏まえると、そこにはもともと『何か』の卵が安置されていて、水場やトイレはその『何か』のために用意されていたものではないかと思えたんです」


「元より遺跡の中にあったものであれば、護送馬車から逃走し、偶然に森へ逃げ込んだ《双頭蛇竜アンフィスバエナ》の痕跡であるはずもない、か」


「はい。確証はありませんが、隠し通路が開いたのは奥の部屋で卵から『何か』が生まれた後――で、その時期は、僕達が最初に『遺跡』へ入ったときより後、さらに言えば、シオンさん達がアンフィスバエナを倒した時よりも後だと考えています」


「それは何故かな?」


「アンフィスバエナが洞窟を占拠していた時期に隠し通路が開通していた場合、奥の小部屋でひそかに守られていた巣の主は、アンフィスバエナに捕食されていた可能性が高いと考えるからです」


 捕食、の不吉な響きに嫌な想像をかきたてられてしまったか、女の子ふたりが露骨に嫌そうな顔をする。

 ふむ、と唸ったトリンデン卿は、得たりとばかりに口の端へ笑みを浮かべた。


「――ということは、ユーティス少年。君はその『巣の主』、隠し部屋の中で護られそこで生まれた『何か』に、既に心当たりがあるということだね?」


「はい」


 ユーティスが頷く。

 ランディはユイリィへと視線を向けた。より具体的には、彼女の胸にずっと抱かれて、大人しくしていたいきものを。

 その時にはランディやユーティス達ばかりではなく、トリンデン卿や受付嬢、さらには周囲にいる連盟の職員や冒険者達も、ユイリィの一身へとその視線を集中させていた。


 ユイリィはそのことに怖気おじけるでもなく、くるりと周囲を見渡して、ニコリと微笑んだ。


「この子が『遺跡』でみつけた生きもの――たぶんだけど、《幻獣》です」


「《幻獣》……!」


 フロアの中が、一気にどよめいた。

 そしてそうした反応は冒険者であれそれ以外であれ、無理からぬものではあった。


 《幻獣》――それは、伝説や伝承の中にその姿をうたわれる幻の獣たち。

 たとえばそれは、自然現象の具象たるドラゴン。世界を越える神鳥ガルーダ。戦乙女の騎獣ペガサス。

 世界樹の頂きに座すヴィゾフーニル。船乗りを惑わす海の美獣スキュレー。万変するバルトアンデルス――


 彼らはかつての時代、この世界に繁栄した《真人》達の友にして、神々の時代から生き続ける神話の存在だともいわれている。

 その一部は今なおこの世界に息づき、時に吟遊詩人たちが謳う冒険の物語の中へと、その姿を現す存在でもあった。


「《幻獣》……あのちいさな子が……?」


「マジかよ。マジに《幻獣》なのか? 初めて見るぜ……!」


 細波さざなみのようなどよめきに乗って、ささやき交わす声が漆喰の白い壁に、高い天井に反響する。

 言葉の意味が十分に沁みとおるほどの時間を挟み、ユイリィはニコリと微笑んだ。


「名前はクゥちゃんといいます」


「いや! そこはあまり重要ではないかなっ!?」


 朗らかに言うユイリィへ、トリンデン卿が場を代表してツッコんだ。

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