50.《放蕩貴族》とゆく! 諸王立冒険者連盟機構です!・⑤
《諸王立冒険者連盟機構》コートフェル支部は、コートフェルの南新市街――南門から広がる市場を抜けたすぐ先、コートフェルの中心まで伸び、コートフェルで最も華やかな《楓通り》の大道に面して、その敷地を広げている。
石造りの白い二階建ての前面には訓練所を兼ねる緑地が広がり、青々と梢を茂らせた樹木の足元には休憩用のベンチ。本棟の左右には、邸宅を思わせる瀟洒な外観の図書資料棟と、各種公共施設の出張所を集めた別棟。
建屋の裏手に回れば、弓の的や近接武器の訓練に用いる巻藁が並ぶ武芸訓練場、専用の障壁に囲われた魔術訓練場といった専用区画を備えた、専門の教導訓練施設も併設されている。
それら一式を、背の高い石組みの塀でぐるりと囲う――それが、《諸王立冒険者連盟機構》支部の全体像だ。
王都の膝元たる軍港都市クレシーにその拠点を置く連盟総本部を別にすれば、ここは《
「うわぁ……!」
門前に停めた馬車を降り、日中は常に開かれている両開きの門をくぐってその敷地に入った瞬間、ランディは感極まった歓声を上げた。
広場の一角で剣の手入れをしている革鎧の剣士。
木陰で古びた魔導書を開く、三角帽子に
その隣でベンチに横になって寝息を立てているひげもじゃのビール腹は《
真っ直ぐに正面へ伸びる石畳の道――その隅に固まって、年若い軽装の女冒険者達が談笑に花を咲かせている。そこからさらに視線を流してゆけば、訓練区から持ち出したらしき弓の的をダーツボード代わりに、ダーツの腕を競っている男達。
髪に白いものが混じり始めた壮齢の男が何事か語るのを、真新しい装備に身を固めた若い男女が熱心に聞き入り、時に手元のメモ帳へとペンを走らせていた。
右を見ても左を見ても、一目でそうと分かる冒険者達。
ここが、冒険者を目指すすべての子供の憧れの地。あらゆる冒険者達の集う冒険者のための
《諸王立冒険者連盟機構》!
「ここが……!」
「少年少女よ、そのように呆けていてはいけないね」
子供たちの後からおっとりとやってきたトリンデン卿が、気取った所作でぱちりとウインクする。
「今日の君達は支部
「そ、そそそそうだったんですか!? あたし達がっ!?」
ラフィが驚愕に目を剥く。
言葉にはしなかったが、ランディも同じ気持ちだった。ユーティス達も同じだろう。
新しい『遺跡』を見つけた、その発見者として登録してもらうだけだったはずのことが、いつの間にやら想像をはるかに上回って大事になっている。というか、本当にそこまですごいことだったんだろうか、これって。
「そうとも」
トリンデン卿は優雅に頷き、そして伸ばした右腕を芝居がかった所作でぐるりと横一文字に滑らせ――目の前に広がる《諸王立冒険者連盟機構》の前庭、そのすべてを示してみせる。
「そして、周りをよく見たまえ。諸君は既にここに集う冒険者――その一人なのだ。さあ素晴らしき
「あ、はい! レドさんっ! あたし、行きますっ!」
「ラフィ、ラフィ! きみまでランディの呼び方
「ご、ごめんなさいレドさん! じゃ、ぁなくて公爵さまっ!」
「はっはっはっはっは!!」
ユーティスに小声で指摘され、あたふたと言い直すラフィ。
トリンデン卿は愉快でたまらないというように天を仰ぎ、胸を張って大笑した。
笑いながら、颯爽と石畳の道を進むトリンデン卿。彼の存在に気づいた左右の冒険者達が揃って背筋を伸ばし、胸元に右の拳を当てた敬礼の姿勢を取る。
「行かないの?」
一人、ぼんやりと立ち尽くしてしまっていたランディの頭の上から、ユイリィの声が降ってくる。
見上げると、クゥを胸元に抱えたユイリィが、不思議そうにランディを見下ろしていた。
つい、その顔をじっと見上げてしまう。
ユイリィは困ったみたいに、小鳥のように小首をかしげた。
「? えっと。ユイリィの顔、なにかついてるかな?」
「ううん。そうじゃないんだけど」
ふるふると首を横に振る。
「最初はさ。すっごく感動しちゃって……ここがシオンにいちゃんや、フリスねえちゃんや、ビアンカさん達や、ほかにもたくさんの冒険者がいる、冒険者連盟なんだなぁ……って」
「そうだねぇ」
ユイリィは頷き、広場を見渡した。
時ならぬトリンデン卿の訪れや、なぜかいる子供の姿――そんなものに目を向ける者もあれば、逆に何ら気にする素振りもなく我が事に没頭している者もある。
「ランディちゃんはおおきくなったらまたここに来て、シオンみたいな冒険者になるんだものね」
「うん……でね? それでぼぅっとしてたらユイリィおねえちゃんに声かけられてさ。それで思ったんだけど……今日は、やらないといけないことがいっぱいだなぁー、って」
ユイリィは「ああ」と声を弾ませた。
それから、自分の胸元で好奇心たっぷりに左右へ目を走らせている、クゥのふわふわした顎を撫でる。
「『遺跡』の登録もだし、クゥのこともだよね。この子の食べるものがちゃんとわかったら、ごはんも変えてあげなきゃだね」
「あ、そっか。そしたら買い物もしてかなきゃかもなんだ……トスカじゃ買えないごはんかもしれないし」
もしそうなったら、かなり大変なことだ。
クゥのご飯を買うためだけに、コートフェルへ行かなきゃいけないようになったりするかもしれないのだ。
「そしたら、馬車で買いに行かなきゃだよねぇ……」
「だいじょうぶ、まかせて。なんたってユイリィの脚は馬車より速いからね! コートフェルまでだってへいきへっちゃらなのです!」
「そうなの!? そっかー……!」
いや――そうじゃない。たぶん、最初に気にしなきゃいけないのはそこじゃない。
そもそも、この先ずっとクゥをランディ達のところで飼えるかどうかすら、まだわからないのだ。
クゥは《幻獣》だ。
なんとなくそういうことで納得していたけれど、もしかしたら危険な《魔物》の類かもしれない。
仮にそうでなくても、そのうち今よりずっとずっと大きくなる生きもので、ランディの家なんかじゃいずれ飼えなくなってしまうのかもしれない。
もし、そうだったとしたら――王都やどこか遠くの専用の施設に預かってもらうしかなくて、自分達とは一緒にいられなくなってしまうかもしれない。
いろいろ思い当って、不安になってしまったせいだろうか。
不意に、ユイリィはぱっと表情を明るくして、ランディと視線の高さを合わせるように膝をついた。
「だいじょうぶ。なんにも心配いらないよ、ランディちゃん」
「ユイリィおねえちゃ――」
「ユイリィは、だいたいなんでもできちゃう《
にこっ、と微笑んで、ユイリィは請け負う。
「だから、おねえちゃんにどーんとおまかせなのです。ランディちゃん」
「……うん!」
ランディは笑ってみせた。無理に笑ったせいでぎこちなくなったかもしれないけれど、ユイリィは花のように笑い返してくれた。
そう――やらなきゃいけないことはたくさんある。
『遺跡』のこと。
クゥの――あの『遺跡』で見つけた《幻獣》のこと。
それに、
(さっきの……)
見てしまったから。トリンデン卿の口から『おじーちゃん』の話が提示されたときの、ユイリィの横顔を。
もしかしたら他のみんなは、緊張してたり、クゥを撫でてたり、ぼーっと外を見てたりで、誰も気づかなかったのかもしれないけれど。
けれど、ランディはそれに気づいた。
偶然だけど……見てしまった。
――待って
――あなたは、おじーちゃんの
(……そうだよ)
ユイリィは、ランディの家の地下室で目覚めてから今日まで、いつだって明るくて元気だった。自分を造ったという『おじーちゃん』のことだって、そんなにたくさん話したりしたことなんかなかった――けど。
でも、そうだ。
(傍にいるから言えないこと……触れさせられないことだって、ある)
――だって、ユイリィおねえちゃんがそう言ったんだ。
あの横顔は、きっとそういうこと。
それは、ほんの少し前。自分のせいでシオンが冒険に出られずいるのでないかとひそかに悩んでいたランディへ、他ならぬユイリィがかけてくれたことばだった。
だから、
「行こっか。ランディちゃん」
「うん!」
――今のユイリィは、『おじーちゃん』と離ればなれだ。
腰を上げて歩き出すユイリィに続いて、前を行くみんなを追いはじめながら。
ランディはその先頭、マントを翻して進む一番大きな背中をじっと見つめる。
やらなきゃいけないこと、みっつめ。
『遺跡』の登録を済ませて、クゥのことを教えてもらって、それから、
(レドさんに、教えてもらわなきゃ)
レドさん――トリンデン卿から、ユイリィの『おじーちゃん』のおはなしを聞かせてもらうこと、だ。
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