47.《放蕩貴族》とゆく! 諸王立冒険者連盟機構です!・②


 ユイリィはランディの家の地下室で眠っていた女の子で、機械仕掛けの《機甲人形オートマタ》だ。


 長い三つ編みに編んだ翡翠ひすい色の髪と若草色の瞳。日焼けを知らない白い肌。

 ランディの知っている大人――というか、それくらいの年上のひとたち――の中では背が低くて、手足も体もすらりと細い。


 機械仕掛けの人形とはいうが、ランディの目から見ると機械や人形らしいところはほとんどない。唯一、左の耳から喉元にかけて銀色の金属プレートで覆われているのと――あとは、肌の下に隠された鋼のかいなを目の当たりにした時、がしょがしょしたその腕のつくりがたまらなくかっこよかったところくらいだ。


 彼女は、ランディの『お姉ちゃん』だ。

 とりあえずユイリィは事あるごとにそう言っていて、ランディもそういうことでいいのかなと納得している。


 わるいひとの野望をこらしめるために正義の冒険者として旅に出ている兄のシオンに代わってランディと一緒に暮らしてくれて、いろいろなところで力になって助けてくれる、優しくて頼もしい『お姉ちゃん』だ。


 そんな『ユイリィおねえちゃん』と二人。はやる気持ちを抑えられずに、ぱたぱたと駆け足で向かったトスカの中心部。

 町で唯一の宿屋とお向かいにあたる乗合馬車の待合所では、ランディと同じ年の幼馴染み三人が既に集まって、馬車の時間を待っていた。


「ランディおっそ――い!」


 ランディの方から呼び掛けるより早くこちらに気づいて声を上げたのは、明るいブロンドをツインテールに結わえた女の子だ。

 彼女はラフィ。ベンチから立ちあがって憤慨するその声の強さそのものみたいに気が強い、ランディの従姉妹にあたる女の子だ。


「馬車の時間ギリギリ! あんたもっと余裕持って動きなさいよね、もう!」


「ご、ごめんラフィ……でも、遅刻はしなかったよね?」


「あたりきでしょそんなもん! あたしなんか三十分は前から待ってんだから!」


「ラフィは家がすぐそこだしね」


 ぼそりと冷たくツッコんだのは、フレームの細い眼鏡をかけた少年である。

 赤みがかった長い前髪越しに伺える色の深いの瞳。指摘する声と同じくらい冷えた眼差しで横目にラフィを見遣る彼は、呆れている様子を隠しもしない。


 ラフィは目に見えて鼻白んだ。


「ぁによユーティス。だったら何か悪いっての?」


「べつに何も? ただ、すぐそこに家があるラフィならさ。軽率に家を出てあとで忘れ物に気づいても、すぐ取りに戻れるよねって思っただけ」


 ちら、と眼鏡の少年――ユーティスが一瞥いちべつするのは、乗合馬車の待合所から見て通りの向かいにある宿屋だ。

 《黄金の林檎》亭という看板を下げたその宿は、ラフィの両親が営む宿屋であり、つまりはラフィの家だった。


「おぉ? なに? ユーティスあんたあたしにケンカ売ってんの? 売られてるなら買うわよ? 今日こそ決着つける? ん?」


「ああやだやだ。暴力におぼれた人間ってこれだから。自分にやましいところがあるせいで、何でもかんでも悪いように見えてしまうんだね。かわいそうに」


「ケンカ売ってんじゃん! 表に出ろや嫌味メガネ!!」


「ここはもう表だよ。これ以上どこに出るって?」


「細かいツッコミ入れてんじゃねーわよ慣用表現でしょうが! あんた自分がちょっと頭いいと思って毎度毎度クソ性格悪い!!」


 案の定、角突き合わせる二人。

 こうなるとたいていランディがなだめに入ることとなるのだが――今日はユイリィが先んじて「どうどう」と先んじて間に入ってくれたので、ランディは二人の言いあいを気にしないことにした。どうせいつものことなのだし。


「リテークは?」


「まだみたい……」


 代わりに気になっていたことを口にするランディに、そう答えてくれたのは亜麻色の髪を長く伸ばした女の子だ。


 エイミー・ノーツ。ラフィと対照的に小鳥みたいなかぼそい声の彼女は、この場にいる幼馴染みたちの中で一番小柄で大人しい。

 臆病で大声が苦手な彼女は、ラフィとユーティスの言いあいに、既にエメラルドの瞳をちょっぴり涙目にしていたみたいだった。


「そうなんだ……リテークが遅れてくるって珍しいね」


「うん。ちょっと、心配……」


 リテークの家がある方を気にしながら、エイミーの視線は時折ユイリィの方にも流れそうになる。


 具体的には、ユイリィが胸元に抱いている白くてふわふわの獣、クゥの方に。町の女の子の多くがそうであるように、かわいいものやふわふわしたものが好きなのだ。


「クゥ、抱いてみる? イヤがったりはしないと思うけど」


「え? う、ううん。今はいいや……あとで、おねがいしていい?」


「わかった。馬車に乗ってからにしよっか」


「うん」


 とはいえ、今はリテークへの心配が勝ったらしい。

 いくぶん恥ずかしげに頬を染めてちいさく頷くエイミーに、ランディは笑って頷き返す。

 ――その時、


「やは」


「うわ!」


「ひゃ!?」


 突然、背後から響いた声に。

 ランディは思わず声を上げてしまい、その声にびっくりしたエイミーもつられてか細い悲鳴を上げる。

 振り返ると、そこには今日この場に集まる幼馴染、その最後の一人――ぼんやりした顔の口元をマフラーで隠した少年が、もそりと片手を上げていた。


「リテーク……びっくりしたぁ! 急に後ろから声かけるのやめてよ、怖いから」


「こわくない。安全」


 ランディの抗議へ端的に返し、リテークはまだ目を丸くして固まっているエイミーへ向けて手を振る。

 エイミーはようやくほっとした様子で胸をなでおろし、眦を細めてちいさく手を振り返した。


「リテークおっそい! ランディよりさらに遅い!! もうほんとに時間ギリギリよ!?」


「めんもくない」


 憤然と喚くラフィに、もそりと頭を下げるリテーク。

 ラフィがびしりと指差す先――待合所に置かれた背高せいたかな柱時計の針は、そろそろ九時を指そうかというところだった。


「いい? 今日は『九時の馬車にて、《諸王立冒険者連盟機構》コートフェル支部まで』! 呼び出しのお手紙にそう書いてあったの、あんた達だってちゃんと読んでんでしょ!?」


 ――そう。

 今日は近隣の大都市コートフェルにある、《諸王立冒険者連盟機構》の支部へ行く日だ。


 事の発端は先月まで遡る。

 ランディ達はトスカの町の東側に接する森の中で、ひとつの『遺跡』を見つけた。

 いにしえの時代にこの世界で栄えたとされる先史文明の種族、《真人》の遺跡だ。


 この発見に、ランディ達は心を躍らせた。


 ――冒険者の花形、迷宮探索。

 ――しかも、まだ誰も入ったことのない未知の遺跡!

 

 みんなでひとしきりはしゃいだ末、後日になってその『遺跡』をこれからどうするのか――自分達でもっと念入りに調べてみるか、コートフェルにある《諸王立冒険者連盟機構》の支部に報せて迷宮の第一発見者として名前を残すか、それともいっそひみつの隠れ家をあの『遺跡』に移してしまうのか。そんなことを決めようとしていた。


 ただ、それらはその矢先に起こったある事件――森に逃げ込んだ狂暴な魔物、《双頭蛇竜アンフィスバエナ》の討伐にまつわる一件の最中で、いろいろなことがうやむやになってしまい。


 結局、紆余曲折を経た末に、「《諸王立冒険者連盟機構》の支部に報せて迷宮の第一発見者として名前を残す」という形で、『遺跡』の扱いは落着した。


 今日はその正式な登録のため、《諸王立冒険者連盟機構》の支部へ行くのだ。


 必要な手筈は既に兄のシオンがだいたい済ませてくれているのだけど、遺跡の発見登録者として《諸王立冒険者連盟機構》の公式文書に登録されるためには、発見者本人の手による相応の、きちんとした手続きが必要なのである。


「つまり、今日という今日は遅刻なんてぜったいにあってはいけないことなの!! そこんとこちゃんとわかってる!? リテーク! あとランディ!!」


「もち」


「はぁい……」


 二人の返事に、「どうだか?」と言わんばかりの態度で鼻を鳴らすラフィ。

 ちょうどその時、待合所の隣にある馬車の車庫から、馬のいななきと車輪の音がした。


「ほら、時間ぴったり――」


 何事か言いかけたラフィは、最後までそれを口にできなかった。

 出てきた馬車の姿を前にして、怪訝な面持ちで固まってしまったせいだ。


 二頭立ての馬車だった。

 そこまではいい。コートフェルと郊外の町村を結ぶ乗合馬車は、どれも一頭ないし二頭立ての標準的な馬車である。


 問題は車だった。

 目の前の道へと滑り出したそれは、ランディ達が見慣れている、乗合馬車の幌馬車ではなかった。


 黒塗りのそれは、貴族が乗るような立派な仕立ての箱馬車だった。御者席の椅子から車輪の仕立てまで一分の隙もない上等のつくりをしていた。

 車の扉には豪奢な紋章。隼を中心に置いて兜飾りクレストと旗で飾り、杖や星をあしらった方形盾ヒーターシールドの紋章である。


 どこかの、えらい貴族さまの馬車だ。

 心なしか、車を引く二頭の白馬も誇らしく胸を張っているように見える。


 待合所の前をゆっくりと通り過ぎてゆく馬車を左から右へ見送って、ランディはぽつりと零す。


「……ちがう馬車だったみたいだね」


「そうだね。明らかに」


 ユーティスも同意する。


「あれはオルデリス公爵家の馬車だよ。用件は分からないけど、公家のどなたかがトスカにいらしていたんだろうね」


「じゃあ、ぼくらの馬車は遅れてるのかな」


「だろうね。まあ、よくある事といえばそうだけど」


いなァッ!!!」


 つように強い声が、朝のトスカに響きわたった。


「それは否である、少年少女よ! 諸君をかの白亜の頂へ招く栄光の水先案内人はッ! 今、ここにいるのだからッッ!!!」


 まるでその声に圧されたように、ぴたりと進みを留める馬車。紋章を描いた扉が、ずば――ん! と勢いよく開く。


 いっぱいに開いたそこからパッと放り出され、するすると滑るように伸びる絨毯。まるで野イチゴかトマトで染めたように赤いそれの鮮やかさにランディ達が絶句していると、


「とおォうッッ!!」


 勇壮にして力強い雄叫びと共に!

 貴族の礼装に身を包んだ逞しい男が――箱馬車の中から跳躍した!


 すたりと絨毯の上へと軽やかに着地したその男は、まるで舞台俳優のように洗練された大振りの所作で立ち上がり、そして無骨な頬にかかる煌びやかな金髪を、指先で弾くようにして払った。


 逞しい男だった。

 年齢はよく分からなかったが、たぶん、自分たちのお父さんやお母さんよりはずっと若い。なんとなくの直感だったけれど、担任のホーリエ先生と同じくらいじゃないかと思った。


 青を基調とした仕立てのよい上下を着ていた。上着の胸元や袖は筋肉でぱつぱつに伸びて、いまにも内側からはちきれてしまいそうだった。


 一片の汚れもない、陽に透けて輝くような純白の外套マントを留めて胸元を飾るのは、隼をあしらった紋章のマント留め。

 瞳に紅玉ルビーをあしらった隼は精緻な意匠で、今にも雄々しく飛び上がらんとしているようですらある。


 完全に言葉を失うランディ達を見渡し、男はどこかシニカルな微笑を浮かべる。


「どうか驚くことなかれ、少年少女よ。私は今日この良き日に、諸君の素晴らしい事績を讃えるべく迎えに参じた者であるゆえに」


 細い目と太い眉。大きな鼻、角ばった顎。

 男は力強い口元を笑みの形にして、高らかに口上を述べた。


「この尊くもかけがえなき職責に与ること、私は心より光栄に思う。おお、少年少女よ、君達の冒険に栄えあれ。そして勝利あれ」


「えっ。……え?」


 呻くラフィ。勝気な彼女らしくもなく、腰が引けていた。


「なに? おじさん、だれ?」


「ぅわっはっはっはっはっはっはははは!!!」


 その問いに――大きく胸を張って大笑する男。

 ラフィびくりとして後ずさる。


「うむ、私か! それはよい問いかけだ少女よ、いやさ小さなお嬢さんリトル・レディ――物怖じすることなく真実をたださんとするその姿勢、我が祖国ルクテシアの模範的少年少女と言って過言なし! まさに未来の冒険者とたたうべきものであろうッ!!」


「ら、ランディ、ランディどうしよう。なんか変なひとだわ……!」


「う、うん。うん……?」


 ちょっぴり涙目で本気の警戒態勢に入っているラフィを見かねて、ランディは従姉妹を庇うようにこころもち彼女の前へと進み出る。


「あの。おじさんは一体だれなんですか? 連盟のお迎えのひとですか?」


「うむ、少年よ。私はまさしく君が想像する通りの者である! しかして私はそればかりの者ではない。敢えて名乗るなれば――そう」


「……トリンデン卿」


「えっ?」


 振り返るランディ。

 呻くユーティスは、血の気が引いて真っ青だった。


「え。だれ? 何さん?」


「だから、トリンデン卿! 隼のマント留めは、オルデリス公家でも当主しか身につけることを許されない、唯一無二の装飾品なんだ!」


 真っ青になりながら、ユーティスは喚いた。


「つまりこのひとは、フレデリク・ロードリアン・ディル・トリンデン=オルデリス公爵――現オルデリス公でコートフェルの執政官! 僕達のだよ!!」


 ――絶叫寸前の体で放たれたその言葉の意味が染み渡るには、いくぶんかの沈黙が必要だった。

 が、


「「「ええええええ―――――――――――――――――――――っ!!!?」」」


 理解と同時に響き渡った、ランディ達の驚愕に。


 男は太鼓のように大きな声を立てて、はっはと愉快げに笑った。

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