46.《放蕩貴族》とゆく! 諸王立冒険者連盟機構です!・①
ルクテシア王国第三の都市コートフェルの郊外。
トスカの町。
その、南のはずれ近く。
日曜日の朝。
その日、トスカでも郊外に位置するランディの家は、お出かけ前の浮ついた空気に満ちていた。
「それじゃ、お出かけまえの最終確認ね」
「うん!」
玄関。
可憐な面差しをニコッと微笑ませ、「いいですか? これからたいせつなことをおはなししますよ?」とばかりに気取った調子で人差し指を立てるのは、長く伸ばした翡翠色の髪を一本の三つ編みに編んだ、年の頃なら十五かそこらの少女である。
きれいな睫に縁どられた若草色の瞳を細めて告げる、そんな彼女を見上げながら、ランディは力強く頷いた。
ランディは今年八歳になる男の子だ。
栗色の髪と年相応の背丈、棒切れみたいに細くて子供らしい体つきをした、ありふれて子供らしい男の子である。
今は気合十分、自信にぎゅっと拳を固め、お出かけ前のワクワクで鳶色の目をきらきら輝かせている。
そんなランディを見下ろしながら、少女――ユイリィは、分かりやすくわざとらしい厳かさを装って問うた。
「ハンカチとお財布は?」
「持った!」
わざわざポケットから取り出して、ちゃんと持っているのを示してみせる。
「雨戸は」
「ユイリィおねえちゃんが閉めた!」
「おっと、そうだったね。あとは、お台所の
「消した!」
「ちゃんと水かけて消した?」
「ばっちり!!」
「うむむ、さすがはランディちゃん。ぬかりないね」
「もっちろん! あ、燃えかすもぜんぶかき出して捨てたよ!!」
「むむむー、あとしまつまでカンペキかぁ。完璧すぎてユイリィは怖いくらいだよ」
「ふふーん」
おぬし、できるな? とばかりの感心の面持ちで唸るユイリィに向かって、ランディは得意げに胸を張る。
「クゥの荷物はどうかな。ごはんと、あとはトイレの砂」
ごはん、の一言に反応してか、ユイリィの足元で「くぅ」と細い鳴き声が挙がる。
そこでは細い口吻とふわふわの毛並みをした小型犬みたいな生きものが、どうにも犬らしくない長い耳をぴんと立て、「おすわり」の姿勢でちょこんと二人を見上げている。
名前はクゥ。
先日からこの家で飼いはじめた――より正確に言うと、少し事情が異なるのだが――ばかりの生きものだ。見た目は犬っぽいが、実のところ犬ではない。
正確な種別は定かでないが、俗にいう《幻獣》の一種である。らしい。
基本は肉食だが葉野菜や穀類もよく食べる。そんな生きものだ。
「ごはんはここ」
持ってきた木箱の蓋を開けて、ユイリィに中身を見せるランディ。
お昼ごはんに用意した挽肉が、いっぱい詰まっている。
その匂いを嗅ぎつけ、クゥはその名の由来でもある細い鳴き声をくぅくぅあげて前足を伸ばし、ランディのズボンのすそをぺちぺち叩く。
「トイレの砂はユイリィが準備しました。こっち」
と、ご飯のそれよりひとまわり大きな木箱を手に持って示す。
二つの箱はきちんと封をしたうえで、ユイリィが下げるトートバッグにおさめた。
「コートフェルについたあとは?」
「みんなとはぐれないように手をつないで歩く!」
「それでもみんなとはぐれたら?」
「門の入り口に戻って警衛さんか警衛さんの詰め所を探す!」
「警衛さんを見つけたあとは?」
「このお手紙を見せて、連盟まで行きたいですっておはなしする!」
ぱっ、とランディが取り出したのは、封蝋で封をした封筒である。
もっともそれは、とうの昔に開封済みのもの。さらに言えば、封筒も中の手紙もこれまで何度か手に取って読み返してきたせいか、端っこが折れたりくしゃくしゃになったりと若干くたびれた様相になってしまっていたのだけれど。
「知らないひとには?」
「ついていかない!」
「『実はおれ、連盟に行く途中の冒険者なんだよねー。案内してやるよー』、なんて言われても?」
「ぜーったいついていかなーい!」
「よーし! ばっちり!」
「うい!」
明るい声を上げてユイリィが差し出したてのひらに、ランディは自分のてのひらをぱしんと打ち合わせる。
最後にユイリィがクゥを抱き上げて、これで準備は万端整った。
「あ、そうだランディちゃん。玄関の鍵」
「持ってる。これ! お台所とお風呂場にある裏口の鍵は、ぜんぶ内鍵で閉めた!」
「わぁ、ありがとー! じゃ、これで今度こそほんとにカンペキだね!」
――あらためて、今度こそ準備万端。
にっこりと笑みを交し合い、二人は一匹を連れて家を出る。
今日はお出かけの日だ。それも、ただのお出かけではない。
この《
ルクテシアにおいて、王都のそれに次ぐ規模と設備を持った、数多の冒険者が集うその組織へ。
ランディは、今日、生まれて初めて訪うのだ。
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