43.epilogue/Interlude:たぶんそれは、とても遠い、遠い時代の


「ここは、おれ達が迷宮ダンジョンの歴史に刻む最初の一歩だ!」


 ――それは今はもう、ずっとずっと遠い昔のこと。


 おれと、オルタイエンと、プリシスと、ノトと、ハルア。


 奇跡みたいに同じ年に生まれた、生まれた時から一緒だった五人で、円陣を組んで誓いあった。

 ちいさなドームみたいな一室で。おれ達が知ってる絢爛豪華な迷宮に比べたらおもちゃみたいにちっぽけでくだらない、がらんどうの迷宮で。

 けれど、今のおれ達にとっては他のどんな迷宮より素敵でかけがえのない――おれ達だけの迷宮で。


「初めてでも、やってみると意外になんとかなるもんだねー……ま、ほとんどなーんにもないけどさー」


「そうだ。この迷宮は、おれ達が作った最初の迷宮だ! トラップは造らせてもらえなかった! 魔物モンスターも使わせてもらえなかった!――だけどおれ達が、自分で! おれ達だけで作り上げた、はじめての迷宮だ!」


「ぼくたちにできることはぜんぶやったよ。大人もこれくらいはやってるしね」


「これで終わりじゃないぞ! だいたい大人はみんな臆病なんだって! 迷宮ダンジョン作りをやめちゃって毎日びくびくしてさ!!」


「そうよ、大人は逃げ出すことばっか考えてる臆病者! でもあたし達は違うんだってとこ、みんなに見せつけてやろ!!」


「だいたいずっるいんだよなー。自分達は今まで好き勝手やってきたのにさー。オレらにだけガマンしろとかふっざけてるよなー」


「次はぜったい、もっとすごいの造ってやるんだ。明日からすぐに始めようよ、土地はいっぱいあるんだしさ――実はぼく、いろいろやりたいことあるんだよね……アイディアまとめてきたんだ! ここに!」


「すっごいじゃないオルタイエン! 仕事はっやい!」


「でもよー、魔物とかトラップとかどうするよー。イチから作ったらさすがにばれんじゃねー?」


「なら……盗んできちゃおうよ」


 えっ?

 と、四人分の声が揃う。


 ――おれ達の中でいちばん大人しい、《王種ルーラー》の中でもいちばん古くて立派な血筋に生まれ育った『』のハルアが、耳を疑うことを言い出したせいだ。


「魔物も、トラップも。どうせ大人が、隠していろいろ持ってきてるに決まってるよ……もう使わないんだし、わたし達がもらっちゃお?」


 うっわ、と呻いたのはプリシスだった。

 半笑いの顔は完全に引いていたが、それは同時に、まごうことなき賞賛の笑顔でもあった。


「ハルア……あんた言うことめたくそエッグいわね。いいの? そんなこと言っちゃってさ……お父さまとお母さまが泣いちゃわない?」


「いいの……もう、決めたもん。がまんなんか、しない、って」


 頬を上気させたハルアの顔はとてもきれいで、それにとても固い決心が伺えた。

 だから、


「そうだ――ガマンなんかしないっ! おれ達だけがガマンなんて、絶対にしてやらないっ!!」


「そうだ! 大人はずるい!」


「大人はサイテー!」


「オレ達は大人の言うとおりになんかしねー」


 おう!

 と、みんなで拳をぶつけ合う。


 五人の結束を確かめ合った後、不意にハルアが鞄をごそごそしはじめた。


「で、ね……だからわたし、これ。持ってきちゃった」


 ――おれは、今度こそ言葉を失った。

 だって、それは、


「えっ!? うわ、何それ。えっ?」


 それは魔物の卵――いいや、違う。それは、


の卵!? ぼく、初めて見たんだけど……これ、本物!?」


「はやーっ! いやこれ……姫さん行動早すぎっしょ。すっげぇー……」


「はーい、みんな注目ー! 今日この時をもって我が永年王国マルクト団の最速王は、オルタイエンからハルアに代替わりしましたっ!! 拍手―っ、おめでとうございまーす!!」


「そんなの決めてたの?」


 勝手に玉座から引きずり降ろされたオルタイエンは不服げだったけど、プリシスはけらけら笑って取り合わない。


「今、決めたの! さ、二代目最速王ハルアから喜びのコメントをどうぞっ」


「お、女の子なので、最速女王がいいです……!」


「なら、初代最速女王!!」


「最速女王ばんざい!!」


「お姫さんから女王様にー、レベルアップ&クラスチェンジだぜー」


 真っ先にはやし立てるおれ。

 やけくそみたいな声を上げるオルタイエン。

 こんなときでも間延びした物言いのノト。


 三人分の喝采と拍手を受けて、


「やっ……やーりまーし、たー……っ!」


 ――真っ赤になりながら、ぎこちない快哉を上げる、ハルア。

 そんなハルアがおれの目には、まるで星を撒いたみたいに――キラキラ、キラキラと、輝いて見えたのだった。



 帰り道。

 『迷宮』を離れて、親たちがひきこもっている『避難所』へ戻る道すがら、おれは何度も『迷宮』の方を振り返っていた。


 ハルアが持ってきた卵は、突貫工事で増設した一室に隠しておいた。

 あとは、ベッドになる枯草や、湧水を引いた水場――あの卵が孵化したときに困らないようなものを準備して、幻獣が生まれるのを待つだけだ。

 明日はまた忙しくなる。枯草や、トイレ用の砂――必要なものを集めるのはもちろん、卵が孵化するまでそれらが腐ったりダメになったりしないように、必要な術式を施さなければいけない。


 必要な魔術構成はだいたい頭の中にできあがってるけど、完璧というには頼りない。

 また、大人が持ち出してきた荷物の中から、教本なり持ち出さないといけないかもしれない。


 無事に孵化した後も、ちゃんと育てていかなきゃいけない。

 そんでもって、首尾よく育ったら――あいつを、あの『迷宮』の王様に。そう、ボスキャラにしてやろう。うん、決めた。今そう決めた。


「■■■■っ」


 これからの空想に夢中になってしまったせいで、気づくのが少し遅れた。


 慌てて振り返ると、おれを呼んだのはハルアだった。

 まだ興奮冷めやらぬ、上気した薔薇色の頬をしていて、うきうきした笑顔がまぶしかった。


「あの子……いつごろになったら、生まれるかなぁ……」


「さあなぁ。でも、幻獣は生まれるべき時に生まれるっていうよな」


「何の卵なのか、調べられたらよかったんだけどねぇ」


 力なく苦笑したハルアは、ふと空を仰いで夢見るような顔をする。


「はやく生まれないかなぁ……それで、いっぱいいっぱい食べて、おっきくて立派に育つの……。そしたら」


「あいつこそが迷宮ダンジョンの主!」


「そう!」


 てのひら同士を打ち合わせて、おれたちは二人で笑った。


 空は今日も墨で塗り潰したみたいに真っ暗で、遠雷が絶えず獣が唸るような音を響かせている。

 どこかで山が崩れる音。梢の向こうを見晴るかすようにして遠くを振り仰ぐと、海がさかまき、渦となって空へと吸われてゆく様が目に留まった。


 世界は暗くてうるさくて最低で。

 大人は臆病でみっともなくて最悪で。

 なんだってこんな時代に生まれてしまったんだろうって、自分の運のなさに嫌気がさしたのだって一度や二度じゃきかないけれど。


 でも、気の合う仲間と一緒なら楽しい。

 ハルアの幻獣が無事に生まれたら、きっともっと楽しくなる。


「名前、どうしようかなぁ……ちゃんとつけてあげなきゃ、だよね……」


「かっこいいやつにしようぜ! カナーンの天空竜ハイペリオンみたいな、ハッタリきいた凄いやつ!」


「■■■■! ハルアも、おそーいっ! 何をおしゃべりしてるのよーっ!」


 ずいぶん先の方で足を止めた仲間達が、振り返っておれ達を待っていた。


「悪いプリシス! あのさぁ、今のうちに幻獣の名前考えとかないか!? かっこよくてバチバチにハッタリきいた、迷宮の歴史に残るような立派なやつ!!」


 ――神さまの呪いがどうとか。

 ――だからおれ達はこの世界を去らなきゃいけない、とか。


 そんなのは、大人が勝手に言ってるだけの嘘っぱち。

 おれ達は訳の分からないことめんどくさいことぜんぶを放り投げて、明日みんなで作る迷宮ダンジョンのことばかり考えてゆくんだと。



 それは今はもう、ずっとずっと遠い昔のこと。

 たとえ世界が壊れても。大人がみんな逃げ出しても。


 おれ達は永遠に今の毎日が続くんだと、たぶん、疑いもせず信じていた頃の――



【たぶんそれは、とてもとても遠い時代からの《遺産》・了】

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