42.たぶんそれは、とてもとても遠い時代からの《遺産》【後編】


 岩陰から現れたのは、一匹の子犬だった。

 毛並みが綿あめみたいにふわふわしていて、しっぽまでふかふか。

 脚はあまり長くなかったけれど、代わりに太くてがっしりしている。

 形よく伸びた口吻とくりっとした黒目。一目でそうと分かる整った顔立ちをしていて、斜め後ろにぴんと長く伸びた、大きな耳が特徴的だった。


(……耳?)


 ランディのは疑問を覚えて首をかしげる。

 ――あんな耳の犬って、いる?


「犬さんだぁ……っ!」


「――ってエイミーちょっと待ちなさい!」


 そんな、ふわふわの子犬(?)へ。

 目を輝かせて駆け寄ろうとするエイミーを、ラフィが後ろから羽交い絞めにして止める。「ふわあ」とゆるい悲鳴を上げて、エイミーはじたばたする。


「ら、ラフィちゃあん。なにするの~っ」


「野犬に無暗に近づかない! どんな病気持ってるかわかったもんじゃないでしょ!?」


「ふえぇ? えと、だっ、だいじょぶ。だいじょぶだよ……あんなにかわいい子犬さんだもん……っ」


「かわいいとか関係ないわよ! ていうかアレほんとに犬なの!? あんな耳した犬なんて見たことないんだけど!!」


「ラフィが正しい。あの子に近づいちゃだめだ」


 ユーティスも珍しくラフィに同調し、エイミーと子犬の間に割り込んだ。


「でもでもユーティスくん。犬さん」


「……まず、あれがほんとに『子犬』ならだけど。近づくのは別の意味でも危ないよ、親が近くにいるかもしれない」


 後足で首元をカリカリ搔いている子犬を、ユーティスは緊張の面持ちで見遣る。一方のエイミーはといえば、今にもとろけそうな至福の表情をしていたが。


「子連れの獣は気が立ってるってよくいうだろ? 親犬から見たら、子供に近づく他人なんてみんな子供に危害を加える敵なんだ」


「わ、わたし……そんなことしないもん」


「エイミーがそうでも、彼らがそう見做してくれるかは別の問題なんだってこと。僕らが何を思って子犬に近づくかなんて親犬の側はわかるわけがないし、問題は向こうが僕らをどう見做すかってことだけなんだ」


「そうよエイミー。ぶっちゃけしゃくに障るけど、今回ばかりはユーティスの言うとおりだわ」


 不服げに唇を尖らすエイミーに、言葉を重ねるユーティス。ラフィもそれに唱和する。


「それに、ヘタに触ってあの子に人のにおいがうつっちゃったらどうするつもりなの? 野生の動物って、人間のにおいがついたら親や仲間に見捨てられちゃったりするんだって……前に先生が言ってたじゃない」


「ぁう」


 さすがに、エイミーも言葉を詰まらせる。

 日頃は意見の合わないユーティスとラフィが揃って止めに回ったのも大きかっただろうが、思うにエイミーは、今になって学校の先生や親からの注意を思い出したのだろう。


 ――ラウグライン大森林と町の東端を接するトスカは、森の恵みで生計を立てる家も多い。

 のみならず、森の中を遊び場にする子供も少なくない。

 故に、森の中で動物の子供を見かけても、無暗に近づいたり触ろうとしたり、決してしないように――というのは、そんなトスカの町の子供であれば、親や学校の先生から事あるごとに厳しく言い聞かされることである。


「とにかく、よ。あの『子犬』のためを思うなら、あたし達は無暗に近づくべきじゃないの。わかった?」


「う……うん。わかった……」


 不承不承、エイミーは頷く。未練や名残り惜しさはたっぷりの様子ではあったが。

 ユーティスがほとほと疲れきった溜息をつく間に、ラフィはほっとした様子でエイミーから離れた。


 そして、その間の子犬はといえば――人間達が騒ぐのには一切見向きもせず、ひとつ大きな欠伸をすると、散歩でもするように『遺跡』の中を歩きまわっていた。


 ランディはその様子を伺いながら、最初に子犬が姿を現した岩のオブジェに近づいていく。

 背の高い岩が折り重なるように固まったその裏側は、案の定、壁との間に空間ができていた。要するにあの白い子犬は、この隙間に隠れていたのだ。


 ――奥の様子はどうなっているんだろう。

 ランディは『遺跡』の床に這いつくばって、隙間の奥を覗き込む。しかしオブジェの影になっているせいなのか、岩の発する光が弱くて、あまりよく見えなかった。


「ん」


「あ、リテーク。ありがと」


 いつの間にかやってきたリテークがマッチを渡してくれたので、ありがたくを受け取って岩の表面で擦る。家では火の扱いを禁止されていたランディだが、マッチくらいなら学校で使い方を習っている。

 首尾よく火をつけると、ランディはちいさな炎の灯りを頼りに、あらためて隙間の様子を覗き込んだ。


「ランディくん、なにしてるの?」


「ん-……ここ、さっきの子の巣に繋がってたりするのかなぁと思って」


 物陰に自分で巣を作っていたとしたら――あの『子犬』はではなく、『小犬』のだった、という可能性がでてくる。

 そもそも、件の『子犬』が本当に犬なのかすら謎だ。気になることが多すぎた。


「どう、ランディ? それっぽいの何かあった?」


「ん-ん、なんにもないみたい」


 ラフィが訊ねてくるのに、ランディは首を横に振った。

 マッチを持つ指のすぐそばまで来ていた火を「ふっ」と吹き消してから、腹ばいになっていた体をもぞもぞと起こす。

 もしかしたらオブジェの陰には遺跡の奥へ繋がる穴が開いていて、あの『子犬』はそこから這い出てきた『遺跡』の生き物かもしれない……なんて風に、思ったのだが。

 ただの物陰だった。所詮は生半可な閃き程度。そうそう的中するなんてことはないみたいだった。


「ってことは、やっぱり外から迷い込んできちゃったのかしらね。あの子」


「ここには食べ物も水もないし、大方そんなところだろうけど……どうしようか」


 口々に言い、ラフィとユーティスが互いの顔を見合わせる。

 『遺跡』と最後のお別れ会のはずが、どこからか迷い込んできた子犬のせいですっかりそれどころではなくなってしまった。


「犬さん、外までつれていってあげたほうがよくない……?」


「エイミーそれ本気? 途中で親に出くわしたらどうするのよ」


「何をするにしてもそれが問題なんだよね。このままほっとくのも気分良くないけど……でも、見た感じ弱ってる風でもなかったし、うっかりはぐれて迷い込んだだけならそのうちひとりで親のところに戻るかも」


 ひとりごちるように言いながら、子犬の姿を探して辺りを見渡して。途端、ユーティスは「ん?」と表情をこわばらせた。

 その変化に気づいたランディも辺りに目を走らせ、その理由を理解する。


「……あの子、どこか行っちゃった?」


 ――子犬の姿が、消えていた。


 それほど長くは目を離していなかったはずだ。

 実際、全員が子犬から注意を外していたのは、這いつくばって岩陰を覗き込んでいたランディに視線が集まっていたほんのわずかな間だけ。

 ラフィやエイミーも慌ててその姿を探し始めるが、元より開けたドーム状の一部屋しかない『遺跡』である。探せる物陰の数自体、たかが知れている。


 ――もう、外に出ていってしまったのだろうか。


 必然として、場の空気は諦め混じりでそう結論付ける方向へ流れ始める。

 そんな中、


「さっきの子なら、あっちに行ったよ」


 ユイリィが言った。ランディが「えっ?」と振り返る。


「ユイリィおねえちゃん、それほんと!? あっちってどっち?」


「ほんとだよ。あっちはあっち」


 駆け寄って問い詰めるランディに微笑みながら。

 ユイリィが指差したのは外へ続く洞窟ではなく、『遺跡』の奥。何もない壁の一点だった。


 怪訝な面持ちをするしかないランディ達の前で、ユイリィはつかつかと指差した先の壁まで歩いていく。

 そして正面の壁へ、おもむろに腕を


 ぎょっと息を呑む呻きが、ドーム状の天井に反響する。

 まるで物干しざおにかけたシーツを殴ったみたいに、ユイリィの腕が壁の内側へ


「ユイリィもさっきわかったばっかりなんだけど、ここだけ壁が立体映像ステレオスコピーになってるみたい。さっきの子はこの奥へ行ったよ」


「すて……何?」


立体映像ステレオスコピー。ちょっと説明がむずかしいんだけど」


 ユイリィは「うぅん」と首をひねる。


「『ほんとうにそこにあるみたいに見える絵』、って言ったらいいのかな。そんな感じのものだよ」


 絵、と言われても、「そういうものなのか」以上のことはさっぱり分からなかったが。

 ただ、その説明で真っ先に閃くものがあったのは、やはりというべきかユーティスだった。


「もしかして、幻影の魔術みたいなものですか?」


「あ、そうだね。それでいいと思う。でも幻影の魔術と違って、発信音響アクティブソナーでもずっと壁が観測できてたから――ユイリィも、あの子が奥に入るまでそうとわからなかったくらい」


 互いの顔を見合わせるランディ達。

 魔術で生み出した壁に隠された何か――『遺跡』には、まだ奥がある!


「……遺跡の!」


「すごいわ! ほんとにそんなのあったなんて!」


「行ってみよ!」


「いいけど、ちょっとだけ待っててね。ユイリィが先に行ってみるから」


 興奮するランディ達を制し、ユイリィは『壁』の奥に入っていった。

 その姿が完全に『壁』の向こうへ沈んでから程なく。ユイリィの首だけが、ひょこりと『壁』のこちら側に出てきた。


「だいじょうぶみたい。みんな来ていいよ」


 途端、ランディ達は先を争うように、ユイリィが入っていった幻の壁へ殺到する。

 そして、


「…………………」


 リテーク一人が、そんなみんなから少し遅れて、一番最後に『壁』を潜った。



 『壁』の奥は、小部屋になっていた。

 ランディ達六人が入ったらそれだけで狭く感じられてしまうくらいの、ちいさな部屋だ。


 光源になっているのは壁ではなく、そこにかけられたランタン。

 光霊ウィスプを思わせる淡い光が、ランタンの中をふわふわと漂っていた。


「ここは……」


 部屋の奥には、藁のような枯れ草を敷き詰めた、やはりこぢんまりとした寝床があった。

 乾いた卵のかけらが、柔らかな枯草の上に散らばっている。

 別の一角に目を向ければ、滾々と湧き出る湧水で浅く満たされた泉。そのちょうど反対側の壁際にはちいさな砂場のようになった場所があり、ウサギのそれと似た乾きかけの糞がいくつも転がっていた。


「犬さんのおうち……?」


「飼育小屋、なのかな。そういう意味じゃ、ここがこいつの『家』と言っても差し支えはないかもしれないけど……」


「えっ。じゃあ、そうなの? この子、今までずっとここに住んでたってことなの!?」


 『子犬』がいたのは、その部屋の奥だった。

 とととっと軽く助走をつけると、軽やかに草の寝床へ跳躍。やわらかい枯草の上に散らばっていた卵のかけらのひとつを咥えると、両手で抱えるようにしながらカリカリと齧りはじめた。


「あれ……卵のカラ、よね。やっぱり。何の卵だと思う?」


「この『遺跡』にこもってた《双頭蛇竜アンフィスバエナ》の――って可能性も、なくはないんだけど」


 ぱりぱりと殻を食む『子犬』を横目に見遣りながら、ユーティスが難しい顔で唸る。


「たぶん……たぶんなんだけど、こいつの『卵』なんじゃないかな。これ」


 自分でもその結論を信じ切れていないみたいに、おそるおそる言うユーティス。

 「えっ?」と、エイミーが目を丸くする。


「たまご? 犬さんなのに?」


「エイミー、それは逆。この子は犬じゃなくて、卵生の、何か別の生き物なんだと思う」


「別の、って……じゃあじゃあ、犬さんはなんていきものなの?」


「――《幻獣》」


 ――静かに。

 皆の一番後ろから、まるで薄刃を差し込むようにその名を口にしたリテークへ、ぎょっと振り返ったランディ達の視線が集中する。


 《幻獣》。伝説や伝承の中にその姿をうたわれる幻の獣たち。


 たとえばそれは、自然現象の具象たるドラゴン。世界を越える神鳥ガルーダ。戦乙女の騎獣ペガサス。

 世界樹の頂きに座すヴィゾフーニル。船乗りを惑わす海の美獣スキュレー。万変するバルトアンデルス――


 それはかつての時代、この世界に繁栄した《真人》達の友にして、神々の時代から生き続ける神話の存在だともいわれている。


 その一部は今なおこの世界に息づき、時に吟遊詩人たちが謳う冒険の物語の中に、その姿を現すこともある。

 たとえば、ランディの兄・シオンがかつて出会ったという《カナーンの天空竜》や、彼とその仲間達に討伐された《果てなる海の嵐竜》は、《真人》たちの時代からこの世界で生き続けた《古竜エインシェント》のひとりだという。


「幻獣、って……この子犬みたいなのが、本当に……?」


 呻くユーティス。

 ランディもごくりと重い唾を飲む。

 リテークはゆるりと、緊張の面持ちで居並ぶ幼馴染みたちを見渡すと――マフラーで隠した口元を蠢かせて、告げた。


「たぶん」


「いや、多分って」


 がっくりと肩を落とし、苦笑混じりにツッコんでから。

 ユーティスはふと真面目な顔で、けれど、と言葉を継ぐ。


「けれど、そう……そうかも。確かにリテークの言うとおりかもしれない。この部屋――この隠し部屋自体が、こいつのために隠されてたものだったのかもしれないし」


「どういうこと?」


「忘れてるのかもしれないけど、ランディ。隠し部屋探しなら、僕達だってはじめてここに来たとき散々やっただろ?」


 あっ……と、思わず呻きがこぼれた。


 ――初めて、この遺跡に入ったときのことだ。

 ここは『遺跡』かもしれない、というユーティスの推測に躍り上がって興奮したランディ達は、さらなる発見と探索を求めてそれこそ『遺跡』で触れるところはところかまわずぺたぺたと触りまくった。

 床やオブジェ。もちろん、ドームのも。


 従姉妹から日頃さんざんに『忘れっぽい』と怒られるランディだが、さすがにこれは恥ずかしい。


「僕は壁に手をつきながら外のドームを一周したけど、そのときはこんな風にすり抜けられる通路はなかった。ランディやラフィも同じことしてたから、それは覚えてるだろ?」


 従姉妹と顔を見合わせる。

 確かにユーティスの真似をしてそんなことをやったし、ラフィも似たようなことをしているのを見た覚えがあった。


「この部屋は、あの後に開いたんだ。ほんとうにごく最近――たぶん、シオンさん達が魔物を倒したのよりも、後に」


 隠されていた扉が開き、ぽっかりと開いた出入口は幻の壁で隠された。

 それは、


「きっと、こいつが生まれたから」


 このちいさな『子犬』が、部屋の外へと出られるように。


 卵のカラをぱりぱりと食んでいた『子犬』は、ふん、とちいさく鼻を鳴らすと巣のうえでぐるぐる回り始めた。やがていい塩梅の角度を見つけたのか、毛玉みたいにまるくなって目を閉じる。

 ちいさな干し草のベッドは、それだけでほとんどいっぱいだった。


「撤回しなきゃいけないな……ここを、《真人》たちのバンガローだなんて言ったの」


 溜息をついて。

 恥じ入る気配が滲むその独白に、ランディは何も言わなかった。リテークやエイミーはもちろん、日頃なら勇んでユーティスをからかおうとしただろうラフィでさえ。


 くぅ。

 ――と。寝言か、それとも別の何かか。

 『子犬』がちいさく鳴く声が、青褪めた光に濡れる壁に反響するようだった。


 この部屋を見た後なら、そう言える。

 確かなことなんてわかりはしないけれど、でも、この『遺跡』は――


 きっとこの『遺跡』は、この部屋の主のために遺された揺り篭。


 ここは、そのための『遺跡』だったのだ――と。




 『遺跡』から外へ出るころには、夕日は西の梢に隠れて、空の茜も夜のとばりにほとんど呑まれかけていた。


 件の『子犬』――『幻獣』をどうするかは、実はあの後もちょっとだけ揉めたのだが。

 今はユイリィの腕に抱かれ、ぴすぴすと鼻を鳴らしながら眠っていた。


 ――ちいさな幻獣を、『遺跡』に放っては帰れない。

 前提として、これはランディ達の総意だった。


「たぶんだけど……親なんていないわよね。この子」


「僕もそう思う。こいつ、遺跡の中で卵のまま眠ってたんだ。きっと」


 もしそれが完全に自分たちの勘違いで、本当は『子犬』がたまたま迷い込んできただけの森の獣だったとしても。その場合は、ユイリィの『観測』がそれを見つけてくれる。

 なぜなら、


「だってユイリィおねえちゃん、茂みに隠れてたアンフィスバエナも見つけてたくらいだもん。親が近づいてきてたら気づけると思うんだよね。でしょ?」


「まかせて。ユイリィは目も耳もばっちりのおねえちゃんです」


 ――と。ユイリィが胸を張って請け負ったことで、白くてふわふわの『幻獣』に関する方針が、完全に定まった。


 連れて帰って、しばらくは自分達で面倒を見る。

 もちろん、正体も分からない幻獣をずっと世話しつづけるのは難しいかもしれないが、そこも無計画という訳ではない。


「僕達は、コートフェルの《諸王立冒険者連盟機構》支部へ行く。幻獣に関することなら、連盟くらい詳しいところなんて他には王都の《学府》くらいしかないってくらいだし……きっと、そいつがどういう生き物なのかもわかると思うんだ」


 方針は、だいたいユーティスが打ち出してくれた。

 この幼馴染はいろいろなことを知っているので、こういうとき一番頼りになる。


「問題は、それまで誰の家に置いておくかってことだけど……」


「ごめん。あたしのとこは無理」


 後ろめたげに唇を引き結んで、真っ先に言ったのはラフィだった。

 彼女の家は冒険者向けの宿屋だ。《黄金の林檎》亭という看板を掲げた宿屋は一階が酒場兼レストランというルクテシアではよくあるつくりの宿屋で、当然食べ物や飲み物を出す。

 叔父さんも叔母さんも衛生には特別気を遣っているので、森で拾ってきた獣なんてものはさすがに置かせてもらえないだろう。


「エイミーのとこもやめといた方がいいね」


「えっ、どうして? ユーティスくん、わたし犬さんのお世話できるよ?」


「犬と決まった訳じゃないんだけど……エイミーのとこって鶏を飼ってるだろ? 裏庭で」


 エイミーの家は、トスカで唯一の聖堂だ。十二人いる創世の神様のうち天の神様と地の女神様を奉った、ルクテシアではもっともよくある信仰形態の聖堂だ。

 そんなエイミーの家では、裏庭で数羽の雌鶏めんどりを飼っている。毎朝産んでくれる卵を、朝食の材料にするためだ。


 そっか、とランディは腑に落ちた。


「……この子、肉食かもしれないんだ」


「少なくとも、歯並びは肉食ないし雑食のそれに見えるね」


 ユイリィの言葉通り。犬のそれと似た歯並びは、肉食ないし雑食のそれである。

 軽々に連れ帰って雌鶏が襲われようものなら、それこそ事だ。せっかく連れ帰ったのが、危険な猛獣として処分されてしまう、なんてことにもなりかねない。


 残るはランディ、ユーティス、リテークの家。

 地元の名士らしく広くて大きなユーティスの家や、猟犬を飼っていて動物の扱いに一家言あるリテークの家でも置いておけないことはなかっただろうが、最終的にランディの家で預かるということで決着がついた。

 なぜなら、


『この子がどっか行っちゃったりしないように、しっかり『観測』するからね。まかせて!』


 ――と。

 笑顔で請け負うユイリィの存在に比べれば――もし『何か』があった時の保険、安心感という面で、やはり一歩も二歩も譲らざるを得なかったのだ。


「その子に食べさせるの、お肉でいいのかな?」


「肉」


 ひとりごちるようなランディの呟きに、ぼそりとリテークが応じる。


「…………で、いいと思う。うちの犬も、肉を食べる」


「うーん……」


 果たして犬扱いでいいのという点については、素直に頷けないというか、むしろ首を傾げずにいられなかったが。


「ね。食べものもたいせつだけど……その子の名前、どうしようか? 名前がないと不便だし、かわいそうじゃない?」


 その、エイミーの一言を皮切りに。

 空気が「わっ」と騒がしくなる。


「アークレィ、なんていいんじゃないかな。《大陸》で有名だっていう、大昔の英雄の名前なんだけど」


「それ大仰すぎよ。ね、フロスっていうのはどう? なんかこの子さ、綿毛フロスみたいにフワフワでまっしろだし」


「ドニー・ポワソン! ドニー・ポワソンにしよ!!」


「ランディくん。それはちょっと……」


「ガルム=エインシェントブリリアンⅢ世」


「リテークくん……それも、どうかなぁ……」


「……かっこいいのに」


「だよね! かっこいい!!」


「いかすぜ」


「ええ……」


 ――めいめい言いあいながら、夜を迎えつつある川辺を下って。

 ランディ達は森からの家路を賑やかに、ゆっくりとトスカの町まで辿っていった。

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