たぶんそれは、とてもとても遠い時代からの《遺産》

40.たぶんそれは、とてもとても遠い時代からの《遺産》【前編】


『ここは、おれ達が■■の歴史に刻む最初の一歩だ!』


 ――それは今はもう、ずっとずっと遠い昔のこと。


 おれと、■■■■■■と、■■■■と、■■と、■■■。


 奇跡みたいに同じ年に生まれた五人で、円陣を組んで誓いあった。

 ちいさなドームみたいな一室で。おれ達が知ってる絢爛豪華な■■に比べたらおもちゃみたいにちっぽけでくだらない、がらんどうの■■、その入り口で。

 けれど、今のおれ達にとってそこは、他のどんな■■より素敵でかけがえのない――おれ達だけの■■で。


『初めてでもさー、やってみると意外になんとかなるもんだねー……ま、ほとんどなーんにもないみたいな、子供だましばっかかもだけどさー』


『否定はできないけど、でもぼくたちにできることはぜんぶやったさ。今じゃ大人だって、せいぜいこれくらいのやつしか作ってやしないんだしね』


『そうだ。この■■は、おれ達が作った最初の■■だ! ■■■■は造らせてもらえなかった! ■■も使わせてもらえなかった!――だけどおれ達が、自分で! おれ達だけで作り上げた、はじめての■■だ!』


 おれは拳を固めて、高らかに謳い上げる。


『これからだ! これで終わりなんかじゃないぞ! これからもっともっと、すごいやつ作ってやるんだからな!」


「だいたい大人はみんな臆病なんだよ。■■作りやめちゃって、毎日まいにちびくびくしてさ!』


『そうよ、大人は逃げ出すことばっか考えてる臆病者! でもあたし達は違うんだってとこ、あいつらに見せつけてやろ!!』


『だいたいさー、ずっるいんだよなー。自分達は今まで好き勝手やってきたのにさー。オレらにだけガマンしろとかふっざけてるよなー』


『そうさ。次はぜったい、もっとすごいの造ってやるんだ。ねえ、明日からすぐに始めようよ、土地はいっぱいあるんだしさ――実はぼく、いろいろやりたいことあるんだよね。もうアイディアはまとめてきてるんだ、ほら!』


『おお、すっごいじゃない■■■■■■! 仕事はっやい!』


『でもよー、■■とか■■■■とかどうするよー。イチから作ったらさすがにばれんじゃねー?』


『なら……盗んできちゃおうよ』


 えっ?

 と、四人分の声が揃う。


『■■も、■■■■も。どうせ大人が、隠していろいろ持ってきてるに決まってるよ……もう使わないんだし、わたし達がもらっちゃお?』


『うっわ、■■■……あんた言うことめたくそエッグいわね。いいの? そんなこと言っちゃってさ……お父さまとお母さまが泣いちゃわない?』


『いいの……もう、決めたもん。がまんなんか、しない、って』


『そうだ――ガマンなんかしないっ! おれ達だけがガマンなんて、絶対にしてやらないっ!!』


『そうだ! 大人はずるい!』


『大人はサイテー!』


『オレ達は大人の言うとおりになんかしねー』


 おう!

 と、みんなで拳をぶつけ合う。


 五人の結束を確かめ合った後、不意に■■■が、たすき掛けにした鞄の中ををごそごそしはじめた。


『で、ね……だからわたし、これ。今日、持ってきちゃった』


『えっ!? うわ、何それ。えっ?』


『■■の卵!? ぼく、初めて見たんだけど……これ、本物!?』


『はやーっ……! いやこれ……姫さん行動早すぎっしょ。すっげぇー……』


『はーい、注目ー! 今日この時をもって我が■■■■団の最速王は、■■■■■■から■■■に代替わりしましたっ!! みんな拍手―っ、おめでとうございまーす!!』


『え。そんなの決めてたの?』


『今、決めたの! さ、二代目最速王■■■から喜びのコメントをどうぞっ』


『お、女の子なので、最速女王がいいです……!』


『なら、初代最速女王!!』


『最速女王ばんざい!!』


『お姫さんから女王様にー、レベルアップ&クラスチェンジだぜー』


『やっ……やーりまーし、たー……っ!』


 ――それは今はもう、ずっとずっと遠い昔のこと。


 世界が壊れても、大人がみんな逃げ出しても、永遠に今の毎日が続くと心のどこかで信じていた――そんな、遠い昔の、おれと仲間達のこと。


 ――ああ。今にして振り返れば、なんて馬鹿で間抜けなおれ達。


 けどさ、なあ――しかたないだろ? だっておれ達、まだこの世界で十年も生きてなんかなかったんだ。

 だから、


 だから――




 大陸より東方。

 数百とも数千ともいわれる数多あまたの島嶼が固まり連なるその海域を、《多島海アースシー》と人は呼ぶ。


 神代の終わり、かつて世界に君臨したとされる旧人類――《真人》たちが此処ならぬ果ての異世界へ旅立つとき、彼らはその最後の時を豊かな自然はぐくむこの多島海の島々に降り立ち過ごし、はるかな旅を前にその翼を休めたと、旧き伝承は伝えている。


 伝承の真偽は定かでない。

 しかしその物語を裏づけるように、多島海の島々は旧文明の痕跡――はるかなるいにしえの時代に真人たちが世界へ置き去った遺産、その宝庫であった。


 真人の遺跡は遠き過去の時代に失われた魔法文明を収めた蔵であり、同時にそれらは危険をそのはらにはらんだ迷宮ダンジョンでもあった。

 ゆえにこの地は、冒険者の天地。

 襲い来る危難を払い、暗がりに潜む魔物を討ち、迷宮を踏破して古の財宝と名誉を持ち帰る。


 ある者は夢を。

 ある者は探求を。

 ある者は一獲千金の未来を求めて。


 多島海には冒険者が集い、己が栄光と冒険譚を誇らしく歌いあげ――故にこの地で生まれた子供なら、誰しも一度は冒険者となって世界を渡る夢を見る。

 命知らずの彼らを支え、迷宮踏破を推し進める《諸王立冒険者連盟機構》の組織をもって、未知への探求と冒険を奨励する多島海アースシーは、ゆえにこそ、冒険者の天地と呼ばれて久しい。


 多島海アースシー諸王国の一つにして、多島海最大のルクテシア島に版図を広げる王国――大陸にまでその支部を伸ばす《諸王立冒険者連盟機構》盟主国ルクテシア。

 ランディはこの国で生まれ育った、そしてこの国では誰しもそうであるように未来の冒険に憧れる、ごくごくありふれた八歳の子供。――その、一人だった。



 トスカの町の東。東方にそびえるユニス山脈の麓まで広がるラウグライン大森林――その西のはずれ。

 町から森へ入る道を入っていくらか進んだところで、道を外れた先にある背の高い一本木を目印にしてさらに川べりへ。


 地域一帯を潤す水源テヴェール川、その支流のひとつ――といっても、せいぜい子供の脛くらいまでしか水がない、浅くて細い流れの川べり。

 川面からじゅうぶん離れていて、下草のしっかりした地面に生えた頑丈な木の上に、みんなで材木やらなにやらを持ち寄って作ったツリーハウスがある。


 ランディと、その幼馴染みの友達みんなで作った、仲間以外には誰にも話しちゃいけない『ひみつの隠れ家』である。


 ある日、学校が終わった後。

 ランディ達は呼び出しを受けて、この『ひみつの隠れ家』に集まっていた。


「ついにこの日が来たわ」


 ツリーハウスの壁を背に仁王立ちして、他のみんなを見渡しながら。

 重々しくそう言ったのは、今回みんなを呼び出した発起人――ランディの従姉妹、ラフィだった。

 長いフェアブロンドを頭の左右で括ってツインテールにした従姉妹は、きれいなアーモンド型の目と、どれだけ外で遊んでもいっこうに日焼けしない白い肌をしていて、気が強そうな瞳そのものみたいに気が強くてめちゃくちゃよく喋る女の子だ。


 いとこ同士ではあるが、栗色の髪と鳶色の瞳、どちらかといえばのんびりした顔立ちのランディとは、あまり似たところのない女の子でもある。

 自分たちの似ているところといえば、せいぜい背の高さくらいのものだった。


 彼女が見渡すのは、このアジトに集った五人の仲間。

 その仲間達を前に、ラフィは上着のポケットから、封蝋ふうろうで閉じられた一通の手紙を取り出した。


「――昨日、あたしの家へこのお手紙が来たわ」


 封は開いていた。中身は確認済みなのだろう。

 もってまわったラフィの物言いに、それまで半ばあきれ顔で話を聞いていたユーティスがちいさく溜息をついた。


「……僕のとこにも来たよ」


「ぼくんとこにも来た! 《諸王立冒険者連盟機構》の紋章入りのやつ!」


 ランディが「はい! はーい!」と挙手し、賑やかにまぜっかえす。

 ユーティスはそんなランディのほうをちらっと見遣ると、口の端を吊り上げて大人びた笑みを浮かべた。


 縁取りの細い眼鏡と瀟洒しょうしゃな懐中時計――大人でもなかなか持っていなさそうなそれらをごく当たり前のように身につけたユーティスは、町長さんのところの長男で、学校のクラスではいちばん頭がいい。

 赤みがかった髪は前髪が少し長い。時折、眼鏡にかかるそれを鬱陶しげに払う仕草がなんだか大人っぽくてかっこいいと、一部の女子から人気があった。


 なお、ラフィに言わせると「前髪邪魔なら切ればいいのに」。

 口に出して言うつもりはこれっぽっちもないけれど、そこのところはランディも従姉妹と同じ気持ちだったりした。


「エイミーやリテークのところもそうだろ? コートフェルの《諸王立冒険者連盟機構》支部からの手紙。遺跡の発見登録申請の呼び出しのやつ」


「その通りよ!!」


 腕組みして胸を張り、ラフィが声を大きくした。

 彼女の一番近くに座っていたせいで耳がキンキンしたのか、ユーティスがさらにうんざりした顔になる。


「ついに、あたし達の冒険の歴史! その第一歩が、《諸王立冒険者連盟機構》の記録に刻まれることになったわ! でも!」


 ぎゅっと拳を固めた両手を振りまわし、熱弁するラフィ。


「そうなれば、もはやあの遺跡はあたし達だけのものではないわ……! あたし達が見つけた『遺跡』は《多島海アースシー》の冒険者すべての知るところとなり! あたし達が大人になるよりずっと早くに、すみからすみまで踏破されてしまうにちがいないのよ……!!」


「いや、もともと僕らのものなんかじゃないんだけどね。べつに」


「ラフィちゃん、もしかして『遺跡』に行きたいの?」


「その通りよ!!!」


 ラフィの大声に、ぽそりと問いかけた女の子――エイミーが「ひゃ」とか細い悲鳴を上げる。

 亜麻色の髪とエメラルドの瞳をしたエイミーは、同じ女の子でもラフィとはまるっきり正反対の性格をしている。大人しくてちょっと臆病な、かわいいものとぬいぐるみが好きな女の子だ。


 幼馴染の中でもひときわちいさな体を縮めてぎゅっと目を瞑るエイミーに、ラフィはちょっとだけばつの悪そうな表情をひらめかせる。

 それから、「こほん」とわざとらしく咳払いして、声のトーンを落とした。


「えー……と。そういう訳で、あたしはリーダーとして提案するわ。今度の日曜日、正式に《諸王立冒険者連盟機構》の発見登録に行くより前に――今日、あたし達と『遺跡』のお別れ会をしましょう、ってね」


「遺跡との?」


「お別れ会ねぇ……」


 ランディとユーティスが口々に呟く。

 エイミーが、ぱぁっと表情を明るく華やがせた。


「うん……うんっ。それ、いい。いいと思うっ……! わたしもお別れ会、いいと思うな……!」


「ふふん。でしょ?」


 頬をバラ色に染めてうんうんと何度も頷くエイミーに、ラフィはこころもち得意げに腕組みして、鼻を鳴らす。

 

 ――と、そうした一連の話の間。

 これといって口も利かずぼんやりしていたのが、幼馴染の最後の一人。リテークだ。


 ツンツンした黒髪といつも眠たげな眼をした彼は、何を考えているのか仲良しの幼馴染みでもよくわからないところがある。

 一年を通して首に巻いたマフラーで口元を隠していて、外しているところはほとんど見たことがない。

 なにせお風呂に入っているときはマフラーの代わりにタオルを巻いているという徹底ぶりだ。息が苦しくなったりしないんだろうか。


 エイミーなんかは、ほんのり頬を染めて曰く、「リテークくん、マフラーおしゃれだよね」――などと言っていたのだが。


 ――果たして、『おしゃれ』なんだろうか。あれは。

 エイミーはたまによくわからない不思議なことを言う女の子なので、その発言もどう受け止めたらいいものか、ランディにはいまいちよくわからなかった。


「質問。ひとついいですか?」


 ――そんな中。


 発言を求めて挙手したのは、一人だけ幼馴染みではない『』だった。


「なにかしらユイリィさん」


 ――ユイリィ・クォーツ。

 いろいろあって、ついこの間に張れてランディの『お姉ちゃん』になったばかりの彼女。

 そんなユイリィは翡翠色の髪と若草色の瞳がきれいな、年の頃なら十四、五ほどのなりをした少女である。


 若木のようにほっそりした手足と華奢な体つきをした彼女は、現在この場で唯一の『年長者』であり――そして、人間ではなかった。


 ユイリィは《機甲人形オートマタ》。

 機械仕掛けと魔術機構の働きで持って稼働する、人のように造られた精巧な《人形ドール》だった。


「そのおはなし、ユイリィが聞いててもよかったのかな? というより、まずユイリィがここにいていいのかなってところから訊いたほうがいいかもなんだけど」


 ひみつの隠れ家はひみつなので、誰にもばらしてはいけない。

 そういうことになっていた。


 具体的にはランディとラフィ、ユーティス、エイミー、リテークの幼馴染み五人以外には、ひみつということになっていた。


 子犬みたいに澄んだ瞳でじっと見上げてくるユイリィの問いかけに、ラフィは「こほん」とわざとらしく咳払いしてから、


「もちろんいいわ。その――ユイリィさんは、もうとっくに、あたし達の仲間……だから、ね!」


「ほんとっ?」


 ぱぁっと花のように表情を輝かせて。ユイリィは一挙動でラフィの目の前へ飛び込むと、視線の高さを合わせながらその手を取った。


「ありがとラフィちゃん! ユイリィ、とってもうれしいなっ♪」


「ふぁ!? ぉ、ぉう! それなら、よかったわっ……こ、これからもパーティのために、がんばってほしいわ……っ!」


「はぁい。ユイリィはがんばっちゃうね!」


 ニコニコと嬉しそうなオーラをまき散らすユイリィと、照れ臭さと気まずさと驚愕がないまぜになってちょっと挙動不審になっているラフィ。

 そんな二人を見つめながら、ランディは内心ほっと胸をなでおろしていた。


 何せ、この前はじめてユイリィをこの隠れ家へ連れて来ようとしたときは、ラフィから猛烈に反対されたのだ。

 それは、ここが『ひみつの隠れ家』であることを思えば致し方ない反応なのかもしれなかったけれど。だからこそ、こうしてラフィがユイリィのことを『仲間』だと認めてくれたのが嬉しくて、ランディはつい笑顔がこぼれてしまうのをこらえきれなかった。


 ――と、ランディが喜びにほわほわしていた、そんな時だった。


「……………………」


「あれ。リテーク?」


 すくっ、とリテークが立ち上がった。

 そのまますたすたと出入り口に向かい、縄梯子を伝って降りていってしまう。


「――ってぇ、こらぁリテーク! あんたいつもいっつもそうやって一人で勝手にー!!」


「まあまあ、今回ばっかりはしょうがないんじゃないかな。許してあげなよ


「……ぁによ急に。気持ち悪いわね」


 憤慨するラフィをとりなすように、ユーティスが落ち着き払って口を挟んだ。

 胡乱なものを前にしたように警戒を露にするリーダーことラフィに、彼はやれやれとかぶりを振る仕草をした。


「僕らの中で一番にあの『遺跡』を見つけたの、リテークだったろ?」


「それは……まあ、そうだけど」


 ラフィも、しぶしぶ認める。

 ユーティスが言った通り、件の『遺跡』を真っ先に見つけたのは、あの無口でぼんやりした風の幼馴染みだった。


「あんまりそういうの見せないやつだけどさ、リテークもリテークなりに愛着とか、そういうのあるんじゃないかな、『遺跡』に」


 ユーティスは言う。


「僕らには、あいつのそういうこだわりってよく分からなかったりするけどさ。でもそういうの……あると思うんだよね。誰にでも」


「……そうかもだけど」


 ラフィは唇を尖らせる。

 彼女もユーティスの言うことは分かるのだろう。


 ただ、ラフィ自身が『遺跡』に愛着を持っているだけに――それこそ、ここにいる中で一番『遺跡』にこだわっていたかもしれないくらい――まるでリテークのほうが自分より『遺跡』に愛着を持っているみたいな言い方をされるのが、複雑だったみたいだった。


 何となしに垂れこめてしまう沈黙。

 その沈黙を、「ねえ」と呼びかけるユイリィの声が吹き払った。


「みんな、リテークちゃんのこと追いかけた方がいいんじゃないかな? あの子、ほっといたら一人でどんどん行っちゃわない?」


 その言葉に、「あ」と呻くランディ。


「そうだよ、リテーク行っちゃうじゃん! ユートもラフィも、おしゃべりしてないで行こ。ほら早く!」


「うっさい! ランディに言われなくたってわかってるし!」


「はいはいリーダー。がなってないで早く行って」


「ユーティスあんた、それぜったいバカにしてんでしょ!? いつか絶対シメたるからね、この嫌味メガネっ!!」


 ぎゃあぎゃあとうるさく言いあいながら。

 ランディたちは縄梯子を伝ってツリーハウスから降り、先を行くリテークの背中を追いかけていった。

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