24.ここに、今ひとたびの。彼らのための《冒険》です


「フリスねえちゃん……?」


 ――少し、時間を遡る。


 《黄金の林檎》亭の前にいたかつての仲間達と、こんな自分を誰より慕ってくれるちいさな男の子の眼差しを受けて――フリスはいたたまれなさのあまり、それ以上顔を上げていられなかった。

 できることなら今すぐこの場に背を向けて、静かで安心な自分の部屋に逃げ帰りたかった。

 でも、そうはできないことを。そんな風にしてはいられないことを知っているから。フリスはなけなしの勇気を振り絞って、逃げずに立っていた。


「あ……ああ、あの、っ。あの……わた、し……」


 シオンならきっと何とかしてくれる、とか。

 自分が何をしなくてもぜんぶうまくいく、とか。

 そんな都合のいい弱気を振り払って、震えて今にもくずおれそうな体を懸命に繋ぎ止め、立たせていた。


「わたし……わた、し……みみ、みんな、に……お願、ぃ……あっ、て」


 《双頭蛇竜アンフィスバエナ》は危険な魔物だ。

 その確信は、かの魔物が迷宮に住まう獰猛で凶悪な魔物であるからというだけの理由によるものではない。

 かの魔物は雄牛をも上回る巨躯ではあるが、体高が低い。全体のシルエットは、大陸の南方に多くの種が生息するというワニのそれに近しい。下生えが作る茂みや森林内部の地面の高低差が作りだす死角は、地面へへばりつくように低い体高を持つかの魔物にとって、有利に働く隠れ蓑だ。


 古今無双と謳われた勇士がただ一度きりの油断によって呆気ない最期を迎えるという結末は、決して神話や物語の中だけのものではない。それは現代の世界で危険に挑む冒険者たちの中において、いつだって親しげな顔で背中にへばりついた、厭わしくも身近な隣人だ。


 だから冒険者はパーティを組む。

 互いの油断と死角を補いあうために、協力して危難を払う。

 フリスはそれを知っていた。

 ちゃんとそれを知っていたはずなのに、なのに一人で行こうとするシオンを止められなかった――止める意思の強さを持てなかった。

 自分みたいにダメな子の弱気なんかより、いつだって頼もしい幼馴染みの考えの方がきっと正しいに決まっているのだと、知っていたはずのことに見ないふりをした。

 ――でも、


「お願い、です……! 助け、て……」


 振り下ろすように頭を下げて、訴える。

 振り落とされた魔女の帽子が、ぽとりと地面に落ちる。


「シオン、くんをっ……助けてください――!」


 ランディがここにいるのは、フリスがダメな子だからだ。

 誰よりフリスが真っ先にやらなければいけなかったことを、見て見ぬふりでしようとしなかったから。だから、ちいさなランディは書き置きひとつを残して、かつての仲間たちがいるところへと向かったのだ。


 ――本当は、こんなことする必要なんてないのかもしれない。


 いつだって頼もしい幼馴染のシオンは、今回のことだってほんとうに一人でどうにかできてしまって、フリスがやることなんてぜんぶ余計なお世話で、バカみたいな空回りなのかもしれない。

 でも――もし、そうでなかったら。


 往診を終えて、家に帰って――ランディが残していった書置きを見つけたときに。

 フリスは自分の怠惰のせいで起こるかもしれないそれが、何よりも怖くて、たまらなくなったのだ。



 今にも倒れかねない様子だったフリスを宥めて《黄金の林檎》亭の一階に戻り、ビアンカは財布をひとつまるごとカウンターへ投げつけ、奥の部屋を借りた。

 そしてようやく落ち着きを取り戻したフリスから、あらためて事情を聞いていた。


「まさか本当に一人で行くなんて……」


 ロニオンも天を仰いで、溜息をついた。


「彼らしいと言えばらしいですが、まあ無茶ですよねぇ」


「『らしい』じゃねえよ。アホだこんなもん」


 ジーナスが苛々と唇を尖らせる。


「人数で死角を抑えんのなんか冒険者の基本のキだろが。それをあの野郎、シャバ暮らしでナマってんじゃねェのか?」


「まあ、何にせよ……今から追いかけて追いつけるなら、それに越したことはないんだけど」


「シオン君が森に入ったのは、何時ごろになるんでしょうかね」


「家を出たのは、六時半、くらい……?」


「分かるの?」


 ビアンカの問いに、フリスは頷く。


「起きてたから……ね、眠れ、なくて」


「え。じゃあフリスねえちゃん、もしかして徹夜?」


 時間的にそういうことになりかねない。

 思いがけない形で指摘を喰らったフリスはわたわたと顔を赤くしていたが、程なく観念して、コクンと首肯した。


「森に入ったのは、ルクテシア標準時午前八時四十四分」


 ユイリィが言った。


「家を出た後は先に町長さんの家と教会に寄って、話を聞いていたみたい」


「……何で、そんなことが分かる。アンタ」


「それは観測してたから――」


「ユイリィおねえちゃんはすっごく耳がいいんです!」


 不穏な空気を漂わせるジーナスに、ランディが横から声を上げる。

 ジーナスはそんなランディを見遣り、それから探るようにじろりとユイリィをねめつける。


「……耳がいい、ねえ?」


 完全に信用したとはとても言えない様子ではあったが。

 それでもジーナスは、ひとまず詰問の矛先を引いてくれたようだった。


「あの。ユイリィ、ちゃん。話、って? 誰に」


「町長さんと知らない誰か。たぶん町長さんの屋敷に詰めていたコートフェルの役人さん。聖堂では、この前シオンとフリスを呼びに来た大人のひと」


「リテークのお父さんだ。えっと、狩人をしてるひとで」


「狩人ですか。それなら森の中のことはお詳しいはずですね」


 思慮深げに顎を撫でながら、ロニオン。

 ビアンカと目を見かわし、意を得たりといった様子で口の端を吊り上げる。


「だいたい読めてきましたね」


「そうね――あとは、最初にアンフィスバエナを討伐したっていう場所だけど」


「わ、わたし、知ってる!」


 フリスが身を乗り出した。


「知って、ますっ。ああ案内、できるっ……!」


「助かるわ。あと他に確認しておくことは」


「魔物が潜めそうな穴ぐらだァな」


「あなぐら?」


 ランディが疑問符を浮かべる。


「アンフィスバエナは元々、迷宮の中にいる魔物なの。だから強い陽の光は苦手にしてて、地上に出た後もなるべく迷宮にいるのと近い環境に潜り込もうとするのよね」


「そうなんですか?」


 聞いたことのない話だった。

 少なくとも、シオンが話してくれたアンフィスバエナとの戦いでは、そんな話は出てこない。


「そういう生態なんじゃねェかってハナシが、前から王都の《学院》で出てたんだわ。んで、今年の頭ぐれぇだったか……ナントカって名前の迷宮が崩落して、そこの魔物が外に逃げたってェ騒ぎになったときにな。前から予測されてた習性どおりの行動を確認したんだと」


「へぇー……」


 ――冒険者の中には、研究用の魔物を迷宮からとらえてくる《魔物ハンター》と呼ばれる者達がいる。

 彼らが捕縛した魔物は時に繁殖用として利用されるなどしつつ、魔物の習性や生態を探る研究に供されている。


 ランディは、学校でエイミーが何となしにつぶやいていたことを思い出した――『魔物って、遺跡に住んでるっていうよねぇ』。


「逃げた魔物の中にはアンフィスバエナもいたそうよ。だから、今回もそうなる確度は高いと思う」


「狩人なら獣の巣穴も森の中の仮小屋も知ってるだろうしな。他になンかそれらしいものと言ったら――」


はどうですか?」


 ユイリィだった。

 会話が止まり、一同の視線が彼女の一身へと集中する。


「たとえば、森の中に何らかの『遺跡』があったなら――魔物はそこを巣穴に選ぶでしょうか」


「そりゃァ……」


「ある、と……思う」


 フリスは低く唸った。

 猫みたいな金色の瞳が鋭い。ランディは気付いた――『かっこいい』ほうのフリスだ。


「仮に、迷宮じゃなくても。同じ《真人》の遺跡なら、たぶん……ただの洞窟よりも、環境は近い。はず。『迷宮』の魔物は迷宮の魔力を知覚するから、もし近くに《真人》の遺跡があったとしたら」


 その時、ユイリィはランディの方を一度も見ようとはしなかったが。

 けれど、伝えたいことは分かった。ランディはそれを知っている。


「遺跡、知ってます。たぶん、ぼくたち以外まだ誰も知らないところ!」


「本当に!?」


 ビアンカが驚愕に顎を落とす。

 八歳の子供が『遺跡』を発見したなどという話は、冒険者としてもにわかには信じ難かったのだ。


「ぼくたちが見つけたっていうか……あの、友達が川の上流の方にずんずん歩いて行って、その後を追いかけていったらたまたま見つけたんです。ほんとうに《真人》の遺跡かどうかはわからないけど、友達はそうじゃないかって」


「いや、そんなもんがあるならどのみち可能性はあらァな。悪くねェぞランディ。ウィナザード弟!」


 エルフのてのひらが、賞賛を込めてぐしゃりと乱暴に頭を撫でてきた。

 可能性を検討し、四人の冒険者達は互いに頷きあう。仮にそれがランディの言うとおりのものではないとしても、無視してかかれる可能性ではない。


「そこが遺跡でないとしても、アンフィスバエナが仮の巣穴に選ぶ可能性は十分あります。水場の近くなら、寄ってくる獲物も見つけやすいでしょうしね」


「オーケェ、なら方針はこんなもんか。そいじゃとっととシオンを追うとしようぜ。あの野郎がヘマしねェうちによ」


「ぁ、う……」


「周囲を探索しながらなら、まださほど奥へは進んでいないはず。急げば十分追いつけるわ」


 青褪めるフリスの肩を叩いて、ビアンカが促す。


「案内、頼める?」


「――っ、うん!」


 フリスは、強く頷いた。

 方針が定まり、早々に席を立つ冒険者たち。

 だが、ランディは彼らに、ひとつ言わなければいけないことがあった――彼らに、お願いしなければいけないことが。


「あの――!」


 部屋を出ようとする四人に、ランディは呼びかけた。


 …………………。

 ……………………………。



「――で、ここがその『遺跡』って訳か」


 枝や石で入念に入り口を隠した洞窟の前に、シオン達は五人は立っていた。

 おそらくだが、かなり時間をかけてていねいに工作したのだろう。件の『遺跡』へ繋がるという洞窟の入り口は、おおぶりな木の枝や積んだ石で、遠目に少し見た程度ではまず気づかないくらいにしっかりと隠され、周囲の風景に溶け込んでいた。


「あると知ったうえで探さなければ、かけだしの冒険者なんかは騙されてしまうかもしれませんね。昔の我々みたいに」


「あったなー……そんなことも。で、どうかなフリス。ここは『遺跡』か?」


「ん……」


 《多島海》の冒険者にとって、『遺跡』とは即ち《真人》の遺したそれを指す。

 これが西の《大陸》であれば、既存の歴史に記録されないまま滅び去った古王国の遺跡、といったものもあるらしいが、少なくともルクテシアにはそういった系統の『遺跡』はない。

 《領域探査》の魔術で中を探っていたフリスは、大きく息をついて額に浮いた汗を拭った。


「……『遺跡』。遺跡で、まちがい……ない。よ」


「そうか」


「あ、と……ね。あと、いる。なにか、ずっと奥、の、ほう」


「……《双頭蛇竜アンフィスバエナ》か」


「たぶん……」


 今度はいくぶん自信なさげに、消え入りそうな答えが返る。あまりの弱々しさに呆れてか、ジーナスが嘆くようにかぶりを振った。


「弟クンとの約束、みんなちゃんと覚えてるわよね」


 ビアンカが一同を見渡し、あらためて確認する。

 シオンは真っ先に首肯した。


「『遺跡に魔物がいなかったら、遺跡のことは秘密のままにしてほしい。けれど、もし遺跡に魔物がいたのなら』――」


 ――魔物の掃討は、確実に確認されなければならない。

 たとえば今回の場合であれば、雌のアンフィスバエナとその胎に抱えた卵、その全てが討伐されたことの確認が必要になる。


 討伐の場所を偽れば、それは後々に禍根を残すことにもなりかねない。討伐の場所を偽った末に、万に一つでも『遺跡』の中に卵や、産まれ落ちた幼体を取りこぼすようなことがあれば、それは禍根である以上に危険だ。

 そしてその危険に真っ先に晒されるのは、他ならぬランディたちだ。


「『遺跡を見つけた友達みんなの名前を、遺跡の発見者にしてほしい』、だったか」


「自分を数に入れないのが奥ゆかしさよねぇ」


 ふふっ、とビアンカは好ましげに含み笑った。


「いいわぁそういうの。それに賢くて気配り上手。私、弟クンのこと本気で好きになっちゃいそう」


「ビアンカ?」


「やァーめェーろォー、やめろビアンカ。テメェが言うとシャレに聞こえねェ」


「あら、ひどぉい。私はこんなに本気なのに」


「本気じゃねえよシャレで済ませろっつってんだ、ガキ相手だぞ?」


「はぁいはい。成人まではちゃんとガマンしますわよ」


「こンのケダモノ女がよォ……ホント、マジで……」


 鬱々とした顔で、げっそり呻くジーナス。

 シオンはため息交じりで、彼らとランディにまつわるおおよそのことを察せたように思った。


「じゃ、行くか。ここからは俺が先頭になる」


「私とフリスがその後。ジーナスとロニオンは最後尾ね」


オウよ」


「承りました」


 フリスからの応えはない。

 彼女は早くも、アンフィスバエナに対抗する魔術の準備を始めている。詠唱と掌相を重ねて構成を編み、構成と霊脈の導線パスを繋ぎ、いつでも魔術を放てるよう、魔術構成に魔力を注いでゆく。


「――すべてのよこしまなるもの・やまいなるもの・腐りたるもの・死にゆくもの」


 本来、魔術の構成とは『場』に対して展開するものだ。

 それを自らの歩み――位置変更に合わせて同時に『移動』できるのは、フリスが卓越した術者であること、その証左である。


「最果てまで払われよ。行くべき先は理外の地――我らは理の支柱もとに立つ。調和する天秤かいなまわれ・廻れ・廻れ・廻れ」


 その間も、洞窟を奥へと進む。

 奥へ向かうにつれて土に塗れていた壁面が石造りのそれへと変わり、壁面自体が僅かに発光しはじめる。この段に至って、魔術による確認の術を持たないシオン達も、ここが《真人》の遺跡であると確信する。


 奥から、しゅうしゅうと笛が鳴るような息遣いが聞こえはじめた。

 『遺跡』の最奥。ドーム状の大きな部屋。

 その最も奥まった場所に、雄牛よりもさらにひとまわりは大きいだろう魔物がいた。


 人間の子供くらいなら軽々丸のみにしてしまいそうな巨大なあぎと。丸太のように太い胴。胴の半ばに蜥蜴とかげを思わせる一対の前肢を生やし、四本の指からは短剣のように鋭い鈎爪が伸びている。

 だが、何より異様なのは、巨体の割に短い胴の先――本来なら蛇の尾にあたる部分に、もう一つの頭があることだった。


 《双頭蛇竜アンフィスバエナ》だ。


 腹が大きく膨らみ、その中に卵か、あるいは卵から孵ったばかりの幼体を抱えているのは疑いない。

 こちらの存在にはとうに気づいていただろう。アンフィスバエナは低く構えて、既に『溜め』を終えている。


 ――、シオンたちは自らの存在を気づかせた。


 遺跡に潜む魔物に、先んじて警戒させるため――敢えて、わざとらしくならない程度の足音を、遺跡の中に響かせていた。

 かっ――と顎を開いたアンフィスバエナの喉、その奥には、今にも吐き出されんとする腐食の毒息ブレスがわだかまっている。


おせェ!」


 ジーナスが手をかざすと、その先から渦を巻いて風が唸る。詠唱魔術とは異なる理によって成立した、エルフたちの魔術だ。

 吐き出された毒の息を、颶風ぐふうの渦が呑む。だが、その毒を散らすにまでは至らない。


「フリス!」


「――まがつ遠ざけよ、《清浄の息吹》!」


 フリスの魔術が起動した。

 風の渦に押しとどめられていた腐食の毒が、瞬時に消え去った。

 散らされたのでも焼かれたのでもなく――毒なるすべてのものは、跡形もなく『浄化』されたのだった。

 毒も。塵も。埃も。

 およそ害となりうるありとあらゆる不浄が芥も残さず払い散らされ、いっそ心地よいほどの清々しい空気が、遺跡の最奥を充たす。


 シオンが、ビアンカが、同時に抜剣する。

 ロニオンが術を――聖堂の加護のもとこの世に顕現する術式は、魔術ではなく《契法術》と呼称する――起動し、五人全員のあらゆる身体能力を賦活。同時に攻撃を逸らす極薄の障壁を、鎧のように張り付かせる。


「毒牙程度ならまあ防げますが、あの丸太みたいな腕で殴られたらぶち壊れる程度の《聖鎧》です。お気をつけて!」


「いつも通りの強度ってことでしょ!」


「なら十分だ!」


 しゃあっ――と魔物の放つ威嚇の咆哮が、ドーム状の天井に反響する。

 だが、もはや魔物にとっては、何もかもが手遅れでしかない。

 最大の切り札は空打ちに終わり、敵は左右から迫っている。育児嚢いくじのうにおさまった卵と幼体を捨て、次の繁殖を期して身一つで逃亡を図るという最後にして最大の選択肢を選び取るには、非情の覚悟を決めるための時間があまりにも足りなすぎた。


 ――故に。

 魔物にはもう、何一つできはしない。

 シオンとビアンカが左右から剣の間合いまで距離を詰めた時、この戦いは完全に決着していた。



 ランディは《黄金の林檎》亭の一階、酒場兼レストランの片隅で――壁際のソファ席に、ユイリィと並んで座っていた。

 ビアンカが「好きなだけ頼んでいいから」と言い置いていったジュースのジョッキは二杯目の途中で手が止まってしまって、それきり。そんな風にだらだら甘いもので舌を潤しながら時間を潰すのは、かえって心が毛羽立って、際限なく悪い方へと気持ちが落ちこんでしまいそうだった。

 時折、カウンターの叔父が気づかわしげな様子でこちらを伺っているのも、たまらなく申し訳ない。

 ずっと食器を拭いているみたいだったけど、そういうふりで同じジョッキを拭いてばかりいるのは、とうの昔に気づいてしまっていた。ふさぎこんだ様子のランディをそれとなく見守るための、叔父なりの方便だ。


「ただいまぁ」


 扉を開けて、甲高い女の子の声が飛び込んできた。

 ランディはずっとテーブルへと俯けていた顔を、弾かれたように上げる。

 ぎょっとした様子でこちらを見た従姉妹と、ばっちり目が合った。


「ラフィ、あのっ――」


 今にも上ずりそうな声で呼びかけながら、硬いソファの座面から飛び降りて一目散に駆け寄る。


「えっと――昨日はごめん! 『遺跡』のこと……ぼくのせいで、台無しにしちゃって。だから」


「……いいわよ、べつに。あたしもよくなかった」


 恥ずかしさのためか、いたたまれなさのためか、かすかに頬を染めながら。

 ぷいとそっぽを向きながらではあったが、ラフィはとつとつと続ける。


「あ、あたしは、リーダーなのにねっ! なのに、ちょっとランディが忘れっぽかったくらいであんなに怒るなんて、度量ってものが足りなかったわ。だからいいの。あたしが謝る。ごめん」


「ん……」


 不器用でいくぶん強引な、それでも確かな謝罪に、ランディは応じる。


「ぼくはリーダーじゃないけど。でもやっぱり、ごめんなさい」


「…………いいのに。もう」


「ラフィがよくてもぼくがよくないから。『遺跡』のこと、ラフィの思うようにはできなかったかもだけど、できるだけのことするから」


「ていっ」


 一生懸命言い募るランディの額を、ラフィの拳が小突いた。

 痛くはなかった。コツンと押す程度の、ささやかな力だけが籠っていた。


「いいって言ってる。……変な期待させんなっての、ばかランディ」


「……ごめん」


「もー」


 三度目の謝罪にそろそろ鬱陶しくなってきたか、うんざりしたような声で唸るラフィ。

 と――


「ランディちゃん」


 ニコニコと、ユイリィが呼び掛けてきた。

 不審げに眉根を寄せるラフィの視線を追うようにして、ランディは振り返る。

 ユイリィは言った。


「シオンが勝ったよ」


「ほんとに!?」


「今はちょうど『遺跡』から出てきたところかな。フリスがちょっとこけそうになってた」


「フリスねえちゃんの靴だと、森を歩くのしんどそうだもんね」


 それはとても容易に想像できる光景で、ランディはつい笑ってしまった。

 フリスはシオンが言うとおりの、へなちょこで力のない大人の女の子だから――だから、シオンや自分がいつだってそれとなく手を貸して、助けてあげないといけないのだ。


「シオンさん? ねえランディ。なんかあったの?」


「んっと、説明すると長くなっちゃうんだけど」


 ――ごめんね。


 と、心の中でだけ。もう一度ラフィに詫びてから。

 『遺跡』の先行きを、ランディ一人で決めてしまったという拭い難い事実を、果たしてどう伝えたらいいものか――どういう順番でそれを伝えたら、今度はラフィを泣かせないで済むのかを。


 ランディは高揚した心地の中で、それらの一番上手な伝え方を、一生懸命に考えていった。


―――――――――――――――――――

24話です。ここまでおつきあいをいただいた皆様には、重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。


魔物の討伐とささやかな『冒険』はここで終幕。残りはいくつかのあとしまつ、そしてエピローグでもって本エピソードは終了となります。あと10話くらいの予定です。

願わくばあと少し。おつきあいをいただけますように。

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