06.今日からわたしは、あなたの《お姉ちゃん》です・⑤


「反対」


 一蹴。

 即座にぴしゃりと切って捨てたのは、案の定ラフィだった。


「あたしは反対だわ。パーティの仲間でもないひとを、あたし達のアジトに入れられる訳ないじゃない」


「だから、今日から仲間に入れてあげて」


「大人で、知らないやつで、しかもうさんくさい! 信用できるとこひとっつもないじゃない! だいたいどういうことよ、あんたの家の地下室から出てきたって!」


「ユイリィおねえちゃんは大人っていうんじゃなくて……それは、ぼくたちよりはおねえさんみたいだだけど」


「大人じゃなくたって、どうせ図体ずうたいばっかでかい上級生のアホどもと同類でしょ!? このアジトはシオンさんにだって秘密にしてるトップシークレットなんだから、知らないひとを仲間にするなんてありえないわ。ぜーったいにありえないから! ね!」


 ――ある意味これは、ランディが内心で予感していたとおりの展開ではあった。

 ラフィは気の強い性格で、体の大きな上級生相手でもちっとも怯まない。なので、もめごとやケンカになったこともこれまで一度や二度のことではない。


 自分より図体が大きい上級生どもは、みんな高慢ちきで性格の悪い敵。

 ラフィの中ではおおむねそういうことになっているし、なので『おねえさん』のユイリィを連れてくるのに真っ先に反対するのは、間違いなくこの従姉妹だと思っていた。


「そもそも今日は、この前見つけた『遺跡』をどうするか決めるための集まりなのよ。部外者を入れるなんてごめんだわ」


「うー……」


 そして、そう――ラフィの言うことは、一分の隙もなくその通りだったのだ。


 このツリーハウスから少し川を上ったところに、ランディ達が『遺跡』と呼んでいる洞窟がある。

 もともとは川辺の斜面がちょっとした崖みたいなところになっていたところなのだが、少し前の大雨で土の一部が崩れて、埋まっていた入り口が露出したらしい。入口近くは一見して普通の洞窟だが、奥へ進むと壁も天井も石造りの通路に変わって、一番奥はドーム状の大きな部屋になっていた。


『ここ、もしかして遺跡なんじゃない?』


 そう主張したのはユーティスで、ラフィもランディも諸手を挙げて幼馴染の主張に賛同した。

 冒険者の花形、迷宮探索。

 しかも、まだ誰も入ったことのない未知の遺跡!

 ランディたちはこの発見に心を躍らせた。

 故に、一昨日に川を下って探検していたときに見つけたその場所を、これからどうするのか――自分達でもっと念入りに調べてみるか、コートフェルにある《諸王立冒険者連盟機構》の支部に報せて迷宮の第一発見者として名前を残すか、それともいっそひみつの隠れ家をあの『遺跡』に移してしまうのか。今日はそれを決めるために、この隠れ家へ集まったのだ。


 元よりこの森は、ランディたちだけの遊び場ではない。

 今はランディたちだけしか知らない秘密の『遺跡』だったとしても、いつまでもそうとは限らない。

 夕方までたっぷりかけて木の枝や石をかぶせ、露出した入り口を隠してはおいたが、それでもいずれ他にもあの入り口を見つけてしまう誰かは現れるかもしれない。それは乱暴で横暴な上級生の誰かかもしれないし、森で働く狩人や薬草採りの大人たちかもしれない。


 それは嫌だ。

 だからそんなことになる前に、あの『遺跡』をどうするか決めなくてはいけない!――今日は、そのための集まりだったのだ。


「それなのになんなのよ、そのユイリィおねえちゃんってのは! おーとまた? だかなんだか知らないけど、そんなの聞いたことないわ。うさんくさっ!」


「オートマタはぼくもきちんとはわかんないんだけどさ、こう……パペットみたいなやつだって」


「サーカスの、うごくお人形さん?」


 エイミーの瞳が輝く。

 お人形とかちいさな動物とか、かわいいものが好きなのだ。あとはおままごとなんかも。


「《機甲人形オートマタ》は《自動人形パペット》の派生型だよ。パペットの中でも、『魔術構成でない機構で動く人形』をそう呼ぶらしい」


 その疑問に答えたのはランディではなく、ユーティスだった。


「ユート、知ってるの?」


「そんなには知らないけど、宿の酒場にいた冒険者のひとから聞いたことある。西の大陸にはそういう自動人形がいるんだって」


「へぇー……!」


「ちょっとぉ! なんであんた、うちのお客と勝手におしゃべりしてんのよ!?」


「逆にどうしてラフィの許可がいるのさ。誰とどこでどんな話をしてたって、それこそお客さんの勝手だろ?」


「ねえユート。それじゃあユイリィおねえちゃんって、大陸のひとなのかな?」


「どうだろう。でもその話がほんとうなら、少なくともその『ユイリィおねえさん』を作ったのは大陸の魔術師なんじゃないかな」


「へぇー!!」


 素直に感心してしまう。

 ユーティスは町長の一人息子で、とても頭がよくて物知りだ。だが、ユイリィみたいな《人形》のことまで知っているとは思わなかった。

 ユイリィを造ったひと――なら、一人、思い当たる相手がいる。

 ユイリィが言っていた『おじーちゃん』だ。おとうさんとおかあさんの知り合いだというひと。


「あの。あの、ランディくん」


「うん?」


 エイミーが、ずずいと身を乗り出す。

 頬が興奮で上気して、エメラルドグリーンの瞳がきらきらしていた。


「あのね。あのっ……わたし、ユイリィさんに会ってみたい」


「僕もエイミーに同じく。ウソかほんとか分からないけど、大陸の魔術師が造った《人形》だってふれこみなんでしょ? 興味はあるかな。見てみたい」


「ユート、将来は魔術師になりたいんだもんね」


「そうだよ。冒険者として魔術師を目指すなら、見聞を広めるチャンスは逃せないよね」


 ユーティスは眼鏡のブリッジをいじりながら、気取った調子で鼻を鳴らす。


「『遺跡』はどうするのよ!!」


「そんなの、『ユイリィお姉さん』に会ったあとでだって話す時間くらいあるだろ?」


「あたし反対だからね!?」


 顔を真っ赤にして喚くラフィ。完全に意固地になっている。

 ユーティスはどうでもよさげに目を眇めるだけだったが、気弱なエイミーは早くも泣きそうな顔をして、しゅんと肩を落としている。


「ねえ、ラフィ……一度、会ってもらうだけでもだめ?」


 控えめに、ランディが切り出した。

 憤然としていたラフィだが、思いがけず殊勝な従兄弟の態度に戸惑ったみたいに「む」と唸る。


「会って確かめてもらうのもだめかな。その、仲間にしていいかどうかって」


「むぐ」


 傍目にも分かるくらい、ラフィは揺れていた。

 ラフィは意地っ張りで怒りっぽいけど、頭はいいし、ひとに譲ることを知らないほどワガママな女の子でもない。自分が意固地になっているのだって、自分で気づいているはずだ。


 それに彼女だってランディと同じに、将来は冒険者志望の女の子だ――ランディの両親やシオンみたいな立派な冒険者になって《多島海》の遺跡ぜんぶを踏破して、いずれは大陸にだって行ってやるんだと息巻いている。

 大陸から来たかもしれないユイリィのことが気にならない、好奇心がうずかないといったら、絶対にウソだ。


 あと一押し。

 そう思って言葉を継ぎかけたとき、不意にリテークが立ち上がった。

 すたすたと出入り口に向かい、縄梯子を伝って降りていってしまう。


「――ってぇ、こらぁリテーク! なに一人で勝手に行こうとしてるのよ、待ちなさぁいっ!!」


 憤然と肩をいからせたラフィが、リテークを追って後に続く。

 取り残されたランディは、ユーティスやエイミーと、つい顔を見合わせてしまう。


「……どうしよう?」


「えっ? えと、ど、どうしよう……?」


「どうも何もよかったじゃない。説得の手間が省けて」


 でも――と。

 ユーティスは唸る。


「どこ行くつもりなんだろうね、あの二人。リテークもラフィも、ユイリィさんのいるところ知らないのに」


「あ」


 短く呻いて。

 ランディは大急ぎで二人の後を追い、縄ばしごを降りはじめた。



 やはりユイリィの居場所がわからなかったせいか、二人は縄ばしごを降りたところで待っていた。

 ラフィはばつが悪そうな顔で唇を引き結んでリテークを睨み、一方のリテークはどこ吹く風でぼーっと川の方を眺めていた。

 ランディが下りてくるなり、ラフィが唸った。


「……で?」


「え?」


「あんたの言う『ユイリィおねえちゃん』は、一体どこにいんの?」


「あ、うん。こっち」


「いい!? あたしはリーダーとしてっ、そのユイリィおねえさんだかが仲間にふさわしいか見極めてあげようってだけだからね!? そこんとこちゃんと、わかってるんでしょうね!?」


「わかってる。だいじょうぶ」


「これ終わったら『遺跡』の話だからね!? ちゃんとやるからね!?」


「わかってる! わかってるって、もう!」


「その言い方ぜーったいわかってないでしょ! ランディいっつもそうやっていいかげんなんだから!」


(うわーん!)


 眉を吊り上げてぎゃんぎゃん喚くラフィにさすがにちょっと泣きたくなりながら、ユーティスとエイミーが下りてくるのを待って案内を始める。

 川から離れ、下草の覆い茂る獣道の坂をのぼって、最初の目印である大きな木が一本だけ生えているところへ。

 木立の合間を抜けて、少しだけ開けたところに出ると、背の高い木の下でユイリィが待っていた。


「あのひと。あのひとがユイリィおねえちゃん」


 ランディが指差す先を見て、ユーティスは眉をひそめ、エイミーは目をぱちくりさせる。


「……おにんぎょうさん?」


「僕にはふつうのひとみたいに見えるんだけど」


「それは……その、ぼくもそうなんだけど」


 二人とも、あからさまに期待外れという顔をしていた。

 確かに――地下室でユイリィを見つけた時の、『あの』光景を見ていなければ、そんな反応にもなるのかもしれない。

 「それみたことか」と言わんばかりに腕組みするラフィの視線が、ちくちくと背中に刺さる。


(どうしよ……)


 ――いっそ、みんなに地下室まで来てもらうしかないのかな。


 あれを見てもらえたら、みんなもランディの言うことを分かってくれるかもしれない。

 でも、今からランディの家に行こうと提案しても、ラフィが納得してくれるとはとてもではないが思えなかった。

 あれこれ思案しながら、とにかくまずはユイリィのところへ向かおうとした、その寸前。

 ユイリィが、くるりとこちらへ振り向いた。


「ランディちゃん、そこで止まって」


 どきりとして足を止めるランディ達に向けて、ユイリィはてのひらをかざす。


「えっ?」


「危ないからそこで止まって。後ろの子達も」


 それだけ言うと、反対側を振り返る。その先。

 うっそうと茂る茂みが、風もないのにがさりと大きく揺れた。そして――


 茂みを割って。

 切り裂くような咆哮と共に飛び出した巨大な影が、無防備に佇むユイリィへと躍りかかった。



 ――少し、時間をさかのぼる。

 

 昼食を済ませた弟が遊びに出かけ、ユイリィがその後を追っていった後。

 台所で食器を洗っていたシオンは、玄関の扉を叩く音に気づいて洗い物の手を止めた。


「フリスか? 今日は早いな」


 呼び掛ける体の言葉をそこで切って、玄関へ迎えに行きながら。シオンはふと眉をひそめる。

 扉を叩く音が途切れない。

 何を切羽詰まっているのか、ノックの主は殴打するように激しく玄関の扉を叩き続けている。


「どうしたんだよフリス。何が――」


 濡れた手を拭きながら応対に出ると、そこにいたのはシオンの予想とはまったく別の人物だった。

 この町の町長を務めている、身なりのいい中年の男性だった。

 恐らく役場からここまで走り通してきたのだろう。真っ青に血の気が引いた顔色の町長は、激しく肩で息をしていた。


「……クローレンスさん。どうしたんですか、一体」


「すまないシオン君。きみの力を借りたい――どうもまずいことが起こったらしい」


 明らかに、只事ではなかった。

 すぅっと冷たいものが胸から腹へ落ちる感覚と共に、シオンの脳裏で危険を報せる警鐘が鳴り始める。


「いや――もちろん私も、今の君が現役を退いているのは承知している。だが」


「何があったんですか」


 言い募る町長の弁解を遮って、シオンは先を促す。町長はシオンの態度に安堵を見せながら、本題を切り出した。


「魔物が出た」


「魔物!?」


 シオンは絶句しかけた。


「そんな――この辺りにはろくな迷宮ダンジョンもないってのに、魔物だなんてそんなバカな!」


「いや、今のは正確な表現ではなかった。どうも他所で冒険者が捕まえてきたやつが、脱走して森の中に入ってしまったらしい」


「森――」


 呻き、ぞっと背筋が凍る感覚に竦む。

 ――森には、ランディ達がいる。


「どうして、そんなことが――」


「私も、まだ詳しいことは聞いていないが」


 そう前置きして、町長は話し始めた。


 ――そもそもは、ルクテシア島から遥か南方、コルトナ諸島のさる迷宮で生け捕りにされた、珍しい魔物の護送中だったのだという。

 珍しい生き物は、国の研究機関や学府、好事家の金持ち相手に高く売れる。ゆえにそうした珍獣や、より危険な魔獣の捕獲を生業なりわいとする冒険者も多くあり、逆に金持ちや貴族がそうした『魔物狩り』の冒険者を雇って、好事家仲間にお披露目できる珍しい魔獣を捕まえさせることもある。

 今回の場合は後者だったらしい。

 依頼を受けて魔獣を捕獲した冒険者パーティが、依頼者のもとへ魔獣を輸送する最中に魔獣の脱走を許してしまったのだ、と。


「馬車を引いていた馬三頭と、護衛の冒険者が死体になっていた。全員が柔らかい腹を喰われていたそうだ」


「魔物の種類は分かりますか。名前が分からないなら、何か特徴だけでも」


「幸い御者が逃げのびていて、その御者から話が聞けたらしい。名前は分からなかったが、確か……尾の先に二つめの頭のついた、双頭の大蜥蜴おおとかげとか」


 シオンは青褪めた。シオンの知識にある限り、特徴に合致する魔物はひとつしかない。


「《双頭蛇竜アンフィスバエナ》……!」


 町長の顔が緊張の度を増した。


「……知っている魔物なのかね」


「ええ。きわめて危険なヤツです。下級ですが竜種の一種で、首と尾の両方の頭から腐食性の毒を吐く……」


 アンフィスバエナ。一対の前肢を生やした、蛇であれば尾の先となる部位に二つめの頭を持つ、双頭の蛇竜だ。

 《諸王立冒険者連盟機構》による認定脅威度Aランク。『討伐依頼の有無によらず、討伐証明のみによって報奨が支払われ、発見報告だけでも報酬を用意する』――裏を返せば、迅速な発見と討伐が推奨される危険な魔獣である。

 毒の息は肉を溶かす腐食毒で、対毒防御なしにまともに浴びようものならまず無事では済まない。


 性格は総じて獰猛・狂暴。腐食毒で殺した生き物の内臓を食む肉食性。

 知能こそ高くないが、竜種だけに鱗も肉も硬く、動きも素早い。

 《多島海》でも南端に近い辺境の無人島群、それも迷宮の深層に生息し、ルクテシア島内では通常まず目にする機会はない――普通でさえあれば。


(どこのどいつが、そんな危険な代物を……!)


 忌々しく舌打ちしながら、対応に思考を巡らせる。

 鎧を着てゆく時間はない。剣と、護符――それから、


「分かりました。俺は今から森に入ります。クローレンスさんは警衛と、あとは薬師のフリスに声をかけてきてください。――普通の怪我ならともかく、腐食毒のブレスを浴びた時の対処は俺では無理です。森で万が一があった時には、彼女の力が要ります」


「わ、わかった。よろしく頼む」


「はい!」


 頷き合い、二人は迅速に行動を開始した。

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