Chapter 17-5

「いくぜ、『蒼炎』の」


 辰真は大太刀――『龍伽』という銘の大業物を抜き放つ。瞬間、辰真の放つ圧が倍増し、シュラの肌を物理的に震わせる。


「ありがてぇな」

「……何がです」

「こいつを抜いても死なねぇどころか、微動だにしねぇ手合いがここにはゴロゴロいやがる。ありがたいったらねぇな」


 辰真は大太刀の切っ先をシュラに向ける。シュラは両手剣を正眼に構えた。

 互いに互いの出方を窺いつつ、じりじりと距離を詰める。獲物の間合いには辰真に若干の利があるか。それがわかっているであろうシュラは、辰真の間合いに入った瞬間に大きく足を踏み出した。


「はあああああっ!!」


 振り被り、袈裟斬りを放つ。

 遅れた辰真はここで、なんと構えを解いて彼奴の剣を受け入れようとしたではないか。


 ――扇空時流、朧柳。


 それはしかし、扇空寺における防御の型であった。構えがないのが構え。最下段から掬い上げるように動かした刀が、両手剣をいなして撃ち払う。


「終わりかい?」

「……なるほど、さすがです」


 次いで繰り出される横薙ぎの剣を辰真は鞘で受け止め、返す刃による逆袈裟斬りを鞘で弾き、その反動を利用して叩き込まれた兜割りを刀の柄で受け止める。膂力もさることながら、恐るべきはその技量か。


「これは、一筋縄ではいかない」

「そいつは結構だ。お褒めにあずかり光栄だぜ。次はどうする? 来ねぇならこっちから行くぜ」


 辰真の姿がシュラの眼前から消える。いや、彼は恐るべき速度でシュラの懐へと踏み込んだのだ。


 ――扇空時流、霞桜。


 横薙ぎに振るわれる刀に、シュラは刀身を合わせようとする。が、その瞬間に辰真は腕を引き、シュラの背後へと更に踏み込む。そして回転する勢いのまま、彼奴の首を狙って薙ぎ払う。


 が、ここでシュラは背の翼をはためかせた。巻き起こる突風に思わず辰真の剣閃が鈍る。その隙に急上昇したシュラは、錐揉み回転しつつ辰真から距離を取る。


「なるほど。やはりあなたがたは恐ろしい」

「降参かい?」

「まさか。こちらももう一段階ギアを上げさせていただく――!」


 シュラは奥歯を強く噛みしめた。すると彼の身体から漆黒の波動が弾ける。


「いきますよ、エクスカリバー。その名が伊達ではないというところを見せてやりなさい」


 シュラは翼をはためかせて消える。違う。先の辰真と同じく、衝撃的な速さで距離を詰めてきたのだ。しかも、後ろを取られた――!

 振り返る辰真へ、シュラは剣を放つ。その剣戟は先程までとは段違いに重い。


「ぐっっっっ!!」


 重く速い剣戟を前に、さしもの辰真も防戦を強いられる。次々に繰り出される剣技により、辰真はじりじりと圧されながら後退していく。そして次に下段から放たれた一撃で、鞘を跳ね飛ばされる。


「もらった――」

「――と思ったかよ!!」


 ――扇空時流、炎柊。


 それは柄を使った神速の突きだった。鞘を飛ばされ両手で持つことが可能になった柄を、全力で突き出す。これが大上段に構えたシュラより早く、彼奴の胸部を穿った。


「ぐ――はっ……!!」


 剣を手放し、弾き飛ばされたシュラは床を転がり、仰向けに倒れる。立ち上がろうとするも、上手く呼吸ができず身体が動かない。


 辰真はそんな彼奴の首元へ、刀の切っ先を突きつけた。


「どうする、まだやるかい?」

「……お好きに、どうぞ……」


 ややあって、辰真は切っ先を返す。

 踵を返し、鞘を拾う。刀を鞘に戻すと、シュラの脇を通り抜けようとする。


「……いいの、ですか」

「別にてめぇを殺しに来たわけじゃねぇよ。事が終わったら、てめぇはこの国に必要な人間になるだろ。だから終わるまでそこで大人しくしてな」


 そうして辰真はシュラを残して先に進むのだった。

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