Chapter 14-2

「ではいってらっしゃいませ、アヴェンシル様」

「うむ。里は頼むぞ、デトリクスよ」


「また会おう、グルジファルド」

「ええ。カヴォロス様、どうかご無事で」


 デトリクスやグルジファルド、里の民たちとの別れの挨拶を終え、カヴォロスたちは下山の途に就いた。

 本当ならば里の復興を手伝いたかったのだが、自分たちがここにとどまっていては、再び彼奴らが急襲してくるかもしれない。それでは復興もままならないとして、彼らは急ぎ下山を選択したのだ。


 『黒翼機関』のエキスパート・シロッコ。手傷は負わせた。そう早くは次の手は打てまいが、『黒翼機関』という組織がどれほどの規模なのかは想像が付かない。決して楽観はできなかった。


「しかし今日も山は荒れておるな。お主ら、もっと固まれ。結界を張る」


 アヴェンシルの言う通り、山は今日も荒れ狂う吹雪で覆われていた。

 彼女に促され、カヴォロスたちは距離を詰める。すると、アヴェンシルは氷の扇子を開き、頭上に掲げた。


 荒れ狂う吹雪に対抗するかのように、アヴェンシルの身体を中心に新たな吹雪が発生する。それはカヴォロスたち全員を覆い尽くさんと広がっていき、やがてドーム状の凪いだ空間を作りあげた。


「ふむ。こんなものか。これで楽に山を降りられるであろう」


 それはアヴェンシルの魔力で編み上げられた結界。この内部であれば、死の山と畏れられるこの山の吹雪もなんということはなかった。


     ※     ※     ※


 やがて一行は、昇る際にも利用した中継地点まで辿り着いた。

 今日はここでキャンプを張り、明日また下山を再開することとなった。


 結花は張りきって設営を手伝うが、やはりベルカの手際の良さには敵わない。彼のおかげであっという間に設営が終わり、食事の準備が始まる。それもほとんどがベルカの手によって進み、結花がしたことといえば、荷物の中から言われた調味料を用意したことくらいだ。


 やがて夕食の支度が終わる。メニューは野菜スープにパン、鶏肉のフィレだ。


「どうぞ」

「ああ、すまぬの。お主、随分と手際がよいな」

「恐縮です」


 素直に称賛するアヴェンシルの言葉にも、この少年は恭しく頭を下げるだけだった。実にそつがない。


「しかし、お主ら……混ざりものか」


 アヴェンシルの言葉に答えるのはエルク。


「ええ。流石はアヴェンシル殿。わかりますか」

「そこの察しが悪いのとは違うからの。しかもお主の祖先は陛下か。なるほどな、通りであの場に陛下がいらしたわけだ」


 そこまで看破できるのかと、結花は内心で驚嘆した。隣で食事を続ける男は、特に気にした様子もなく舌鼓を打つだけだったが。


「お主らは、なんのために戦うのだ?」

「私たちは……そうですね。これまでは女王陛下のためでした。それは今も変わりはありません。ですが今はそれだけではない。陛下の暴挙を止め、この世界に平和を取り戻す。でなければ、私が目指す人間と魔族の真の共存は訪れない」


 エルクはそう言い切った。微笑みこそ絶やさぬままだが、その目に、声に宿したものは結花にも伝わってきた。その瞬間、胸の内でなにか熱い光のようなものが灯った気がしたが、それがなんなのかはわからなかった。


「そうか。崇高なことだ。妾も尽力しよう。励めよ」

「ありがとうございます」


 食事を終えると、見張りを立てて就寝の時間となった。テントの数は二つ。男性と女性に分かれて使用することとなり、結花とアヴェンシルは同じテントに入った。


「……アヴェンシルさん」


 こちらに背を向けて横になるアヴェンシルへ、結花は小さく声をかけた。


「……なんじゃ。寝れぬのか」

「いえ、そういうわけではないんですけど。……ただ、一つだけ訊きたくて」

「なにをだ?」

「……どうして、一緒に戦ってくれることにしたんですか?」


 ややあって、アヴェンシルは寝返りを打った。


「別に、初めからやぶさかではなかったよ。ただ、あのままあやつの言葉に頷くのは妾の立場上問題があろう?」


 確かに、カヴォロスとは違い、アヴェンシルはかつて魔王軍として戦っていた四魔神将のままなのだ。純粋な魔族である彼女が、そのままほいほいと勇者に付くわけにはいかないのは道理だ。


「妾とて、この世の行く末を憂いて陛下の元に参じた身。この世界が悪しき方向へ向かうというなら、それを止めるために尽力するのは当然じゃ。たとえそれが、かつて敵であったものの元であったとしてもな。それはわかっておる。……だが、妾の立場も考えず、それが当然のような顔をしてものを言ってくるあやつにはどうしても腹が立っての……!!」

「あー……。あはは……」


 そうして、二人はとある男の話をして夜を過ごした。隣のテントまで聞こえているかもしれないが、そんなことは知ったことではなかった。

 もちろん、当の本人はなにも気にせず就寝していたが。

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