Chapter 13-5

「俺は……まだ負けんぞ……アヴェンシル……」


 と、カヴォロスが寝言混じりに目を覚ますと、そこはベッドの上だった。


「ぬ……!? ここは……?」


 身を起こし、周囲を見回す。古びているが、温かみのあるロッジ。宿泊している魔狼族の里のロッジだ。

 そして柔らかな寝息にそちらを見やれば、ベッド脇で寝ている結花の姿があった。


「結花?」

「ん……。あ、竜成君……」


 カヴォロスの声に、結花は目を覚ます。


「大丈夫? 昨日のこと覚えてる?」

「昨日? ああ、俺とアヴェンシルで飲み比べ勝負になって……」


 カヴォロスは記憶を呼び起こす。売り言葉に買い言葉で始まった勝負は、里の貯蔵酒を呑み付くさんばかりの勢いで進み。


 ――佳境ともなれば二人ともベロベロだった。


 そして二人が倒れ込むように眠りに付いたのは同時。つまり、引き分けである。恐るべしは四魔神将の酒の強さか。それだけ呑んでもしっかりと覚えていた。


 それはともかく。外で倒れたカヴォロスが、こうしてベッドの上にいるということはつまり、ここまで運んできてくれた者がいるということだ。


「なにか言うことは?」

「えー……。この度はまことに申し訳ございませんでした」


 ということで、深く頭を下げて平謝りするしかなかった。


「本当だよ。竜成君、向こうの世界でお酒で失敗したんでしょ? なのに調子に乗って……」

「返す言葉もございません」

「はぁ……。それで、身体は大丈夫なの?」

「ん? ああ、大丈夫だ。なんともないぞ。それより、アヴェンシルは?」


「呼んだか?」


 そこにちょうど、ドアを開けて入室してくるアヴェンシルの姿があった。顔色も足取りも平時と変わらない様子で、体調の心配をする必要はなさそうだった。


「ああ。大丈夫そうでよかった」

「お主もな。ところで、勝負の件じゃが……」

「ああ、それなんだが……」


 二人の声が揃う。


「俺の負けということで」「妾の負けでよい」


 しばしの沈黙。


「いやいや、別に俺が負けでいいよ。そもそも俺が賭けてるものがなにもなかったし」

「いやいや、妾の負けでよい。でなければお主の気がすまんだろう」

「いやいや」

「いやいや」


 それから永遠と続きそうな譲り合いが続き、見かねた結花が間に割って入る。


「はいはい、わかりました。勝ち負けはもういいですから。引き分けでいいじゃないですか。はい、終わり!」


 パン、と結花が手を叩く。

 それでもなお言い募ろうとしたカヴォロスとアヴェンシルだったが、笑顔で首をかしげる結花の顔を見て、なにも言えなくなる両者であった。


 アヴェンシルはカヴォロスの耳元に顔を寄せ、小声で話す。


「……お主の連れ合い、強すぎんか」

「……連れ合いじゃねぇし。そうなんだよ、結花がこうなるともう勝てないんだよ」


 昔から、というわけではない。結花は昔から本の虫で、気弱だった。だが大学生になってからというもの、随分と大人びて強くたくましくなっていたのだ。

 それもこれも、こうして勇者としての経験を経たということならば合点がいく。結花はこの世界で強くなって、竜成たちの世界へと帰ってきていたのだろう。


「……ん?」

「どうした」

「あ、いや。……なんか、大事なことを見落としてる気が……」

「なんじゃ急に」

「それより竜成君、もっと大事なことがあるんじゃない?」


 結花の問いかけに、カヴォロスは首をかしげる。はて。なんだったか。そういえばここには一体なにをしに来たんだったか。


「あ、ああ。そうだった。アヴェンシル、改めて聞くが、俺たちとともに戦ってくれないか?」

「よいぞ」

「まあそうだよな。昨日の今日でいきなりそんな意見が変わるわけ……もう一回言って?」

「よいと言うておる」

「逆になんでさ」

「さて、どうしてかの?」


 ほっほっほ、と氷の扇子を取り出し、口元を隠すアヴェンシル。

 まったく訳が分からず、カヴォロスは首を捻るしかなかった。


 その後、エルクとベルカも合流し、カヴォロスたちは支度を済ませて山を降りることとなるのだった。

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