Chapter 12-3

「! あれは……っ!! カヴォロス!?」


 アヴェンシルの声にハッとし、彼女の見ている方を見やる。するとそこには倒れ伏すカヴォロスの姿があった。彼が戦っていたはずの男の姿は見えない。


「アヴェンシル! 私が行くわ!」


 明らかに動揺するアヴェンシルに声をかけ、ララは駆け出そうとした。だが足が思うように動かず、たたらを踏む。そこへ怪物が襲いかかってくるが、これをアヴェンシルが凍らせる。彼奴が砕け散れば、そこには再び道が見える。


「早ようけ! 痴れ者が!」

「お気遣いどうも」


 ララは再び駆け出す。道はアヴェンシルが切り開いてくれる。ならば勇者として、それに応えるべく力の限り足を踏み出すだけ――!


「カヴォロス!」


 氷漬けの怪物を斬り倒し、カヴォロスの元へと駆け寄る。まだ息がある。だが肩口が抉れ、血がとめどなく溢れている。このままでは――。まさしく風前の灯火。


「こうなったら……!」


 聖剣を地面に突き刺し、ララはカヴォロスの傍で膝を突く。両手を重ねてカヴォロスの身体の上に掲げる。

 するとその手が淡い緑色の光を纏い始める。光がカヴォロスに当たると、大きく広がり彼の身体を覆った。


 ――結花! 起きなさい、結花!!

 ――ら、ら……さん……?


 ララは目を瞑り、自身の内側に眠る結花に呼びかけた。暗いはずの瞼の裏に、結花の姿が映る。そして目を覚ました結花の前には、生前のララの姿があった。


 ――今からあなたに、私の力のすべてを託すわ。

 ――え? で、でも。

 ――時間がないの。覚悟を決めなさい。……いえ、ごめんなさい。覚悟が足りなかったのは、私の方だったのかもしれないわね。


 ララの脳裏に、カヴォロスの姿が浮かぶ。生前、最後まで死闘を演じた相手。同時に、その気高く無骨な生き様に憧れすら抱いた。


 ――ごめんなさい。あなたを起こすのはいつでもできたはずなのにそうしなかったのはきっと……。……いえ、違うわ。この気持ちはそんな簡単なものじゃない。

 ――ララさん……。そ、それなら私がいなくなるから、ララさんが私の身体をずっと使って……。


 結花の言葉に、ララは首を横に振る。


 ――それは駄目よ。そんな事をしたら彼が悲しむわ。彼が誰の為にこの世界に戻ってきてくれたと思っているの? 彼は何も言わないけれど、それくらい私にも分かるわ。……ほら、始めるわよ。私の手を取って。

 ――で、でも! そうしたらきっと、ララさんは……!!

 ――分かっているわ。きっと私はいなくなる。でもそれは分かり切っていた事だわ。それに今でなくても、いずれそうなる。だってもう、既に私の力はあなたの方へ流れ出しているのだから。


 あの地下水路で結花が力の片鱗を見せた瞬間、ララは自身の力が弱まるのを感じた。

 そしてその力は結花へ――新たな勇者へと受け渡され始めたのだと気付いた。


 ――ごめんなさい。本当はもっと、ゆっくりとあなたを勇者に導いてあげたかったのだけれど。いきなりで戸惑うかもしれないけれど……。いえ、この世界に来てから戸惑う事ばかりだったと思う。それでもここまで来れたのは、彼がいたからというのもあったんでしょうけれど、それ以上にきっと、あなたに素質があるからなのよ。私はあなたがそれに気付く為のきっかけに過ぎないわ。

 ――そんなの……気休めですよ。

 ――ええ。それでも私は言わなければいけない。勇者ユカ・アマミ。私が救った世界を、今度はあなたが救って。


 ララは微笑み、結花の手を取った。

 結花の瞳から落ちた雫が、その手に当たる。


 ――優しいのね。私なんて、ほんの少し時間を一緒にしただけの、あなたの遠い遠いおばあちゃんでしかないのよ? それとも、怖くて泣いているの?

 ――……両方、です……!

 ――怖がりで優しい、普通の女の子。それでもきっと、あなたにしかできない事があるはずよ。だってあなたは、この私の遠い遠い孫娘なんだから。


 二人の身体を眩い光が包む。

 世界が真っ白になる。

 やがて世界が本来の色を取り戻すと、瞑っていた目を開いた。


 目の前に飛び込んできたのは、異形の怪物の姿だった。囲まれている。無限に沸いて出てくる彼奴ら。アヴェンシルが処理しきれなかった分がこちらへ迫ってきていたのだ。彼奴らが頭部を振り上げる。迫り来る命の危機。だが恐怖はなかった。彼奴らとの間に割って入ってくる彼の姿が視えたから。


「破っ!」


 その拳に。その脚に。怪物どもは瞬く間に薙ぎ倒されていく。


「……大丈夫か、結花」


 地上に降り立った彼は、漆黒の鎧を身にまとい、その背に龍の翼を携えていた。

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