Chapter 11-3

 それは最早、永久凍土というより永久氷棺とでも言うべきだった。


「アヴェンシル……!!」


 カヴォロスはそれを前に瞠目する事しかできなかった。

 魔狼族の里より更に山の奥まで進んだ先。山頂へと続くはずの道は、その永久氷棺でふさがれていた。そしてその中には、白く美しい可憐な少女が閉じ込められていた。


 魔狼族の特徴を強く湛えるその少女こそ、魔狼族の長である四魔神将アヴェンシル、その人である。


「……500年前のあの日より、アヴェンシル様はずっとここでお眠りになられております。かのお方を救えるのは、永遠に消えない焔でもない限りは不可能です。たとえどれだけ強い炎で溶かしたとしても、すぐにまた氷結してしまうからです。そしてそれができるのは恐らく、魔王ダルファザルク様のみ」


 デトがそう説明してくれる。

 宴が終わると、カヴォロスたちの目的を聞いたデトがここまで案内してくれたのだ。


「成程、やはりか。ならばここは我に任せてもらおう」


 その声はカヴォロスたちの背後からかけられた。

 振り返ったデトが、声の持ち主を見て目を見開く。そして口元を押さえながら大粒の涙を流した。


「あなた様は……!!」


 そこにいたのは、黒い髪・黒い瞳・漆黒の衣をまとった、女性と見紛う程の美貌を持つ青年だった。

 魔王ダルファザルクがこの場に顕現したのである。エルクの中で眠る彼が、自分の力が必要だろうと遂に目を覚ましたのだ。


 カヴォロスは彼の前に跪く。


「陛下、お願い致します」

「うむ。しかしこれは、見事なものだな。流石はアヴェンシルと言った所か。事が終わればまたしばし長い別れになりそうだな、カヴォロスよ」


 ダルファザルクは困ったようにカヴォロスに微笑みかけた。

 そう。この永久氷棺を溶かす為に力を使えば、ダルファザルクは再び深い眠りに堕ちるだろう。今こうしてここに立っているだけでも、その時は刻一刻と迫っている。実は目覚めていればエルクとは自由に入れ替わる事ができるようになったのだが、ダルファザルクの力は強すぎる為か顕現していられる時間は限られていた。


「……まあ、仕方あるまい。まったく、面倒をかけてくれるな勇者よ」


 ダルファザルクはララを一瞥するが、彼女は明後日の方向を向いていた。

 それに嘆息し、ダルファザルクは永久氷棺へと近づく。


「では始めるとしよう。その間我は動けん。何かあったときは後ろを頼むぞ、カヴォロス」

「は、お任せください」

「うむ。……はぁああああああああっ!!」


 ダルファザルクは右手を掲げ、そこに魔力を集中した。するとそこに種火が生まれ、次第に強く大きく育っていく。そして天高く伸びる長大な火柱と化した。

 これをダルファザルクは永久氷棺へと近づけた。火柱は瞬く間に氷棺を包み込み、焔の中に揺れる氷という幻想的な光景を作り上げる。


 氷は緩やかに融解していき、足元を水が流れていく。


「デトさん!!」

「グルさん? ……どうしたんだべ?」


 と、そこへ息を切らして駆けてくるグルジファルドの姿があった。

 彼はカヴォロスたちの前に辿り着くと、息吐く間もなくこう告げたのだった。


「里が、里がよく分からん連中に襲われとる!!」

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