Chapter 10-3

 魔族は人間と比較して、圧倒的に過酷な環境を生活圏に選ぶ生物である。その中でも魔狼族は極寒の地に住まう異端の種族だった。止まない雪と溶けない氷の世界で生きる彼らは、その魔力の特性も冷気を操る事に特化している。


 そして氷姫と呼ばれた四魔神将アヴェンシルは、見た目こそ可憐な少女だが、鋭く研ぎ澄まされた氷の刃を体現しているかのような女性だった。苛烈なほどに冷酷。冷徹なまでに非情。敵味方問わず、戦場では恐れられる存在ですらあった。


 そんな彼女が勇者に敗れたとの知らせを受けたのは、勇者が魔王城に攻め入ってくる僅か一週間前の事であった。既に四魔神将はグラファムントとデビュルポーンが命を散らせていた為に、戦線は瓦解していた。勇者を旗印としたアルド王国軍の猛攻に、魔王軍は後退するばかりであった。


 最後に残された将軍であるカヴォロスは、機を見逃す事はなかった。殺したとしても退く気のない部下だけを残し、魔王城の守りを固める。それは、引き際であった。死に場所と言ってもいい。どこまで言っても自分は武に生きるしかないのだと自嘲しながらも、彼は最後の守り手として、魔王の玉座へ通じる扉の番人となった。ダルファザルクへの忠誠を果たす為に。宿敵・勇者ララファエル・オルグラッドと雌雄を決する為に。


 だがそれは今はいい。ララはアヴェンシルを永久凍土へ封じ込めたのだと言った。


「それは、あいつの魔力を逆に利用してって事か? よくできたな、そんな事」

「ええ……。本当にギリギリだったわ。最悪、私も一緒に氷漬けにされるしかなかったけれど、上手くいってよかったって本気で思っているわ……」


 カヴォロスにはよく分からないが、ララが心底思い出したくなさそうな顔をしているので、それ以上は追及しない事にした。


「……で? つまりあれか。永久凍土って事は、アヴェンシルはまだその中で氷漬けになってるかもしれないってか?」

「ええ。察しがいいわね」


 褒められても特に感慨は湧かなかった。むしろカヴォロスは、訝し気にララァを見やる。

 確かにアヴェンシルの魔力を使った永久凍土なら、500年程度で溶けてなくなるとは思えない。が、それはアヴェンシル自身の魔力によるものだ。冷気を自在に操る魔狼族の、その氷姫ともあろう者が、自分の魔力で自滅するなど在り得るのか。


 そう問うと返ってきた答えに、カヴォロスはげんなりする事になる。


「簡単に言えば、聖剣には目に見えない力を吸い上げる力があるの。そう、例えば魔力のようなね。その力で、氷漬けにしたアヴェンシルから魔力を根こそぎ吸い上げたのよ」

「お前もなかなかやる事がえげつないのな……」


 カヴォロスは嘆息する。ララが嘘を吐いているなどとは思ってはいないし、彼女の実力が本物である事はよく分かっている。それでもアヴェンシルがそのようにして負けたとは正直信じがたいところがあった。

 しかし彼女がどのように勇者と戦い、どのようにして敗れたのかを詳細には知らなかったのもまた事実。受け入れなければ話も進むまい。


「なら、まずはその永久凍土を目指すって事でいいか?」

「そう、なんだけれど……」

「ん?」


 煮え切らない様子のララに、カヴォロスは首を傾げるしかない。


「問題は、その永久凍土から彼女を救い出せるかどうかと、できたとしても彼女が味方になってくれるかどうかね……」


 アヴェンシルの身体は死ぬことなく冷凍保存されていることになる。その彼女を救い出す手段はあるのか。

 そして救い出せたとして、聖剣に浄化されていない彼女が勇者の仲間になってくれるのか。


「それなら、我に任せてもらおう」


 その声に、カヴォロスとララはそちらを振り返った。


 ――そうして、カヴォロスたちは死の山と呼ばれる極寒の地に足を踏み入れることになったのである。

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