第三部

Chapter10 死の山の氷姫

Chapter 10-1

 吹き荒れる吹雪の中を進む。


 雪に閉ざされた山道は険しく、いかに一騎当千の四魔神将とて容易に踏破できるものではない。

 それを自覚しつつ、カヴォロスは風にはためく外套の裾を強く握り止める。


 ここで止まるわけにはいかない。この先で待つはずの、彼女に会う為には。



 時に、アルド王国歴632年。

 新たな勇者とともにこの時代に召喚された、かつての魔王軍最強の男・四魔神将カヴォロスは、アルド王国に迫りくる和の鬼の軍勢を打ち破ることに成功した。


 その後、王都に凱旋する勇者一行であったが、女王エレイシアの乱心により王都は瞬く間に火の海に呑み込まれてしまう。

 辛くも王都を脱出したカヴォロスたちであったが、その後も追手から逃げ延びる為に1か月の時間を要した。


 そして現在、彼らはなぜ雪山を登っているのか。


 事は、彼らが魔王城跡へと落ち延びた所から始まる。



     ※     ※     ※



 カヴォロスはその姿に安堵と郷愁を覚えた。

 樹海を越えて辿り着いたのは、かつての魔王城跡である。


 廃墟と化して久しいここは、カヴォロスと結花が召喚された場所でもある。戻ってきたのはそれ以来だ。


 王都から脱出して以降、カヴォロスたち一行は追手を撒く為に数組に分かれ散り散りとなった。その最終的な目的地として指定されていたのが、この魔王城跡だ。世界の果てと呼ばれる山脈の麓に位置するここは、今でも人の訪れることのない地域だと言う。彼らが逃げ込むには打って付けの場所なのだった。


 かつての城門だった場所をまたぐ。城内には既にここまで辿り着いた騎士たちが数組いた。彼らはみな、疲労困憊で意気消沈としていたが、カヴォロスの姿を見て顔を輝かせた。


「遅くなった。まだここにいない組はあるか」


 訊ねる。正直に言えば、聞かなくても分かってはいた。なぜなら殿を務めたのはカヴォロスの組であり、ここに来るまでに倒れていた騎士を見つけ弔った事もあった。


 案の定、ここに辿り着いたのはカヴォロスたちが最後だった。ここにいない騎士たちは、そういう事なのだ。カヴォロスは俯き歯噛みするも、続けて聞こえてきた声に顔を上げる。


「竜成殿!」

「エルク! 無事だったか!」


 それは先行していたエルクのものだった。


「お待ちしておりました。ご無事で何よりです」

「ああ、お前こそ。結花は?」


 エルクに先行してもらったのは、彼の馬がいたからだ。だから彼に結花を預け、カヴォロスは殿を請け負ったのだった。


 しかしエルクは視線を落とす。


「結花殿は無事です。ですが、未だに目を覚まさず……」

「そうか……。面倒を看てくれてありがとう。結花の所に案内してくれるか?」


 エルクの先導で、結花を寝かせているというテントへと向かう。それは旅の民族が使うような立派なテントだった。中にはベッドの上に横になっている結花の姿があった。


「結花……!」

「ん……っ」


 呼びかける。すると、その声に反応するように結花は身じろぎした。それまできっと、誰が呼びかけても反応しなかったのだろう。後ろからエルクたちの喜ぶ声がする。

 彼女が目を開く。だが、目を覚ましたのは結花ではなかった。


「……ごめんなさい、私よ」

「ララ……! いや、お前の事だってどうしたのかと思ってたんだ。城に行ってからずっと、表に出てこなかったから」

「あの時は敢えて表には出ないようにしていたのよ。……結花の、勇者としての目覚めを促す為に」

「いや、それにしたって危ない状況だったぞ。せめてお前が出てきてくれればもっと楽になったものを」

「駄目よ。……だって、私はもう、戦えないもの」

「は? それはどういう――」


 ララはカヴォロスの声を遮るかのように身を起こした。


「それより、お腹が空いたわ。あなたも食事はまだでしょう?」

「ん? あ、ああ……。だが……」

「いいのよ、もう。ほら、早くご飯にする!」


 ララにどやされ、カヴォロスは慌ててエルクに食事にしようと声をかけるのだった。

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