Chapter 8-5

 王都は瞬く間に火の海に包まれた。


 炎は妖しく揺らめく紫色をしており、生きているかのように人を襲い、焼いていく。更には王都の外周は炎が壁のように燃え立っており、街から逃げ出すことも叶わない。


「くっ……!」


 逃げ惑う人々を救うこともできず、身をひそめるしかないのはカヴォロスにとって屈辱でしかなかった。カヴォロスたちを追って街を駆け巡る騎士たちの足音が、再び通り過ぎていく。結花を守らなければならない以上、慎重に行動せざるを得ない。


 かと言って、このままでは状況を打開する方法がない。いずれ彼奴らに見つかるのも時間の問題――。


「――な。だーんな。こっちこっち」


 暗がりから聞こえた声に、内心驚きつつもそちらを見やる。

 するとどうだろう。暗闇に紛れて黒いローブで身を隠した人物がこちらを手招きしているのが確かに見えた。


「ど、どうしよう竜成君」


 怪しんでいるのだろう。結花はカヴォロスと黒いローブの人物を交互に見ていた。


「……行こう」


 カヴォロスは黒ローブの誘いに乗ることにした。このまま手をこまねいていても埒が明かないのだ。それに――。


 黒ローブの後を付いていく。入り組んだ路地を、黒ローブを見失わないように追いかける。やがて現れた穴には梯子が掛かっていた。黒ローブは迷う様子もなくそれを伝って降りていく。カヴォロスたちも後に倣って梯子を降りていくと、そこは地下水道だった。


 水道には灯りが付けられており、黒ローブの姿を先程までより鮮明に映し出していた。

 頭まですっぽりと覆ったローブで顔は見えないが、身長は高く体格も悪くない。


「ヤツらもここまで追ってくるにゃ時間がかかるだろうよ。見つかる前にいきやしょう」


「その前に顔を見せたらどうだ? ――四魔神将デビュルポーン」


「……ありゃま。さすがカヴォロスの旦那。お見通しって訳か」


 言いながら、黒ローブはフードを外す。すると現れたのは、浅黒い肌にざんばらに切った髪が特徴的な優男だった。


 しかして彼こそが、かつての魔王軍が最強の一角・四魔神将デビュルポーンその人である。


「貴殿も聖剣によってこの時代に蘇っていたのか」


「ん? ああ、ま、そんなトコ。ほら、こんなチンケなトコはさっさと抜け出そうぜ。ここを出りゃ、そのまま外に通じてる」


 さすがは斥候、そして暗殺者として名を馳せた男。裏道の把握などお手の物ということか。

 デビュルポーンに続いて地下水道を進む。


「しかし、ここを出てどうする? 女王エレイシアを倒さなければ、勇者の使命は果たせん」


「んー、そうなんだろうけどねぇ。この戦力じゃああの騎士たちを殺さずにっていうのは難しいっしょ。こっちも戦力を整えなきゃねぇ。せめてアヴェンシルの姉御がいてくれりゃあ」


「アヴェンシルか……。確かにな」


 四魔神将アヴェンシル。四魔神将の紅一点にして、魔狼族の長である傑女だ。氷を操る彼女の力は、カヴォロスやデビュルポーンよりも城攻めに適している。


「しかし貴殿、どこまで知っている?」


「だいたい全部聞いてましたよ、と。助けに入ろうかと思ったら、速攻で窓ガラスぶち破って外に飛び出すんだから。さすが旦那、思い切りがいいねぇ」


「はは……。そうか、助けに入ろうとしてくれていたのか。済まない」


「気にしなさんなって。そういやあ、女王の言ってたロキってのは何者なんだろうねぇ」


 ロキ。確かにカヴォロスにはその名前に聞き覚えがなかった。だが竜成の世界にはその名が記されていたはずだ。確か――。


「あ、あの! ロキっていうのは、私たちの世界の神話に出てくる神のことです」


 するとこれまで沈黙を貫いてきた結花が口を開いた。

 そう。ロキと言えば北欧神話に登場する、トリックスターとして有名な悪神だ。


 それがなぜエレイシアの口からでてきたのかはわからない。たまたまその名を受けた別の存在である可能性の方が高い。だが気になるのは、彼女の言った魔の王という言葉である。


「神話の神……。魔の王……。うーん、気になるっちゃなるが、ここじゃ答えは出なさそうだねぇ」


 デビュルポーンの言葉にカヴォロスは頷く。

 三人はひとまず、王都から抜け出すべく地下水道を歩き続けた。

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