Chapter 8-2
「陛下の御前ですよ、
「構いません、ミハイル卿」
ボルドーという名の男を諫めるミハイルだったが、それを制したのは他でもないエレイシアだった。
「申し訳ございません、竜成様。ですがおそらくは彼にも考えあっての事。どうかお付き合い願えませんか」
「私は元よりそのつもりだ。それよりボルドー卿。ここでやり合うのはいささかまずかろう。外に出ないか?」
「いいでしょう。ならば闘技場まで。陛下もご足労頂いてよろしいですかな?」
こうして彼らは、玉座の間を離れて場内の闘技場に向かう事となった。
そこは現代で言うところのスタジアムのような場所だった。高い壁伝いに設けられた観客席に囲われた空間は、よく均された土の戦場である。
カヴォロスはその中央で、腕を組んで相手を待つ。十分ほど待っただろうか。やがて、入場口に鎧を着込んだボルドーが現れる。しかし異様なのは、その彼から尾を引くように後ろに伸びるシルエットだ。ボルドーが場内に足を踏み入れる事で、その正体が明らかになる。
斧だ。巨大な戦斧である。ゆうに二メートルは超えるボルドーの体躯を遥かに上回る、とてつもない斧だった。それを彼は、片手で掴み、肩に引っかけて体勢を崩す事なく歩いてくる。
カヴォロスが鎧を脱げないため、軽い組手ではなく、このような実戦形式での試合になったのだ。
「ほう。この斧を見て怖気づかんとはなかなかですな」
「お褒めに預かり光栄だ。さて、早速始めよう。担ぎ疲れたからだなどと言い訳されては堪らないからな」
「これはこれは。面白い事を言う。……そなたこそ、武器がないからなどという逃げ道を用意しているのなら、今すぐこの場から去り給え」
そこから先の言葉はない。互いに構え、開始の合図を待つ。
奇妙な静寂であった。緊張感に満ち溢れながらも、どこか心地よい。武に生き、武に殉じると決めた者たちの放つ清廉なオーラが、この空気を作り上げていた。
「……始め!」
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
両雄激突。静寂は瞬く間に打ち破られ、観る者たちを圧倒する。先に間合いに入り、武器を奮ったのはボルドーだ。雄叫びとともに、大上段から振り下ろされる一撃が、空を切り裂き大気のうねりを作り上げながらカヴォロスへと迫る。
これを迎え撃つ形になったカヴォロスは、避けようという姿勢は見せない。あろうことか、正面から受けて立とうとしていた。迫り来る圧倒的質量の凶刃を、頭上で交差させた腕で受けようというのだ。
――受けるとあらば、打ち破るのみ。
ボルドーには情けも容赦も掛けるつもりは見られなかった。渾身の力を込めて繰り出された剛撃が、カヴォロスの腕を粉砕するべく激突する。
「――――――――ッ!?」
そして、言葉を失ったのは、ボルドーであった。
「どうした。この程度か?」
金属同士のぶつかり合う音が場内に響き渡った後、観客席が騒然とする。それも当然だろう。カヴォロスはあろうことか、ボルドーの獲物である巨大な戦斧を、いとも簡単に受け止めていたのだ。
「はッ!」
短い息と共に、カヴォロスは両腕を振り上げる。斧をかち上げられてたたらを踏むボルドーを、カヴォロスは蹴り飛ばした。
「……!! ぬぅんっ!」
宙を舞うボルドーは、気合を込めて斧を振るう。地面に向けて振り下ろされた斧を支えにして、ボルドーは危なげなく着地する。
カヴォロスからの追撃はない。彼はその場から移動せず、構え直して見せた。
仕切り直しだ。カヴォロスはボルドーに手招きする。
安い挑発である。だがそんな事は互いに分かり切っている。そして、今のボルドーがそれに乗らざるを得ない状況である事もだ。
「はあああああああああっ!!」
渾身の一撃を叩き込むべく、ボルドーはカヴォロスへと吶喊する。あの斧を片手に疾走できるだけでも圧巻の一言だ。更に彼は膝を曲げ、大きく跳躍してみせた。振り上げた斧を、今度は両手で持って叩きつける。
これを、カヴォロスは片手で受けた。あまりの衝撃に地面が抉れ、砂塵が舞う。先ほどは両腕で受けたカヴォロスだが、明らかにそれよりも威力の高い一撃を、片手で受けるなど正気の沙汰ではない。誰もがそう思い、固唾を呑んで見守っていた。
そして砂塵が晴れた時、そこにあったのは一歩も動く事なく斧を受け止めたカヴォロスと、斧を振り下ろした姿勢のまま一歩も動けなくなっているボルドーの姿であった。
ミシッと、音を立てて斧の刃先に亀裂が走る。
「さて、この斧。もう一度振り上げる事ができるか?」
「ぐぅっ……!!」
かくして、ボルドーは無念とばかりに斧から手を離し、両手を挙げたのだった。
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