Chapter8 激動

Chapter 8-1

 玉座に座る女王エレイシアは、カヴォロスたちへとはにかむように微笑んだ。

 なるほど、どれほど話に聞くより本人に会った方が分かりやすい。その慈愛に満ちた美貌は女神に等しいとさえ思わせる。


 先頭に立って室内に歩み入ったエルクとミハイルが、部屋の中ほどで立ち止まり跪く。


「陛下、竜成殿と結花殿をお連れ致しました」


「ご苦労様です、エルク卿、ミハイル卿。では、お下がりください」


「はっ」


 二人は揃って立ち上がり、深々と頭を下げると脇の方へ後退して、竜成と結花の前を空けた。


 女王と真正面から正対する事になったカヴォロスは、未だ緊張した面持ちの結花を庇うかのように一歩前に出て、頭を下げる。


「お初にお目に掛かる、女王エレイシア殿。私の名は竜成。まことに申し訳ないが、この兜は訳あって脱げぬ故、どうかご容赦頂きたい。そしてこちらは結花。私の主であり、聖剣によって選ばれた今代の勇者である」


「あっ、その……。は、初めまして!」


 初々しく頭を下げる結花の姿に、どよめきが起こる。部屋の脇には数名の兵士が構えており、彼らの間に動揺が走ったのだ。無理もない。聖剣に対する信仰心の厚さは確かなものだ。となれば聖剣によって選ばれた勇者も、彼らにとっては神に等しい存在だ。もちろん、結花が本当に勇者なのかどうかという疑問もその中には含まれているのだろうが。


 それ以上に、勇者が現れるという事は、勇者でなければ太刀打ちできない危機がこの世界に迫っているという事を示している証でもある。彼らが一様に驚いたのはそれが大きいのだろうとカヴォロスは瞬時に察した。


 すっ、と。そこへ、エレイシアが手をかざす。それだけで、兵士たちのどよめきは吸い込まれるように止まった。


「失礼致しました。お二人の事は、エルク卿より聞き及んでおります。此度は、我が国に迫る鬼と呼ばれる脅威に対するお力添え、感謝の念に堪えません。女王として、深くお礼申し上げます。ありがとうございました」


 エレイシアがたおやかに頭を下げると、エルクとミハイルを含めた配下の者たちが、粛々と敬礼する。


「いやいや、恐れ多い。私は私にできる事をしたまで。それよりも自国を守るべく奮闘したエルク殿、並びに錬鉄騎士団の皆にしかるべき褒賞を与えて頂ければ、一時とはいえ戦場を共にした者として喜ばしい事はない」


 これはカヴォロスの、何一つ謙遜のない本心であった。むしろ協力してもらったのはカヴォロスの方で、辰真との個人的な因縁を晴らす為にはどうしても一軍と事を構える必要があった。エルクたちがいてくれなければ、カヴォロスは辰真との戦いに専念する事はできなかった。

 死傷者も少なくなかったこの戦いにおいて、ただ只管に個人の事情を優先させてもらえた事には感謝するばかりだ。


 だからこそ、エルクたち穢れた血と呼ばれて蔑まれる者たちの力になれれば。少しでも、彼らの境遇の改善を手助けできればと願って。


「畏まりました。謹んでそのお申し出、受けさせて頂きます。あなた様からはなにかございますか? 勇者結花様」


「え、わ、私ですか? 私はその……特に何もしていないですし……そんな……」


 結花は慌てて頭と手を横に振るばかりだった。何もしていない事はないのだが、戦ったのは結花というよりその身体を借りたララであったというのが正確な所ではある。そういえば結花はずっと村長の家で本を読んでいたが、一体何の本を読んでいたのだろうか。


「分かりました。何かご要望があれば、後ほどでも構いませんから、なんなりとお申し付けください。あなた方は救国の英雄なのですから、でき得る限りお応え致します」


「陛下。少しお待ち頂きたいですな」


 声は、カヴォロスたちより更に後方から掛けられたものだった。

 振り返ればそこには、屈強な戦士然とした男の姿があった。


「陛下の寛大なお心には敬服致しますが、我々にはそのお二人が、それほどの恩賞を受けるに値するのか。いささか納得しかねますな」


「……ほう?」


 室内に歩み入る男に、カヴォロスは一歩前に出て相対する。


「それで、どうしたいというのだ、卿は」


「何、簡単な事。そなたらの力、陛下の御前で見せて頂ければ。勿論、お相手は私が務めよう」

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