Chapter 7-4

「さて、そろそろ時間だ。時間は短かったが、なんとか一端の魔術師としてはやっていけるだろう。


 あとはそうだな……。よし、餞別としてこれを持って行け。


 これはいわゆる魔術兵装の一つでな。――ああ、魔術兵装とは魔力を流し込んでやる事で起動する武装の事だ。例えば、お前の主であるダルファザルク。彼奴の持つ『念導破砕球』も魔術兵装の一種だな。


 こいつは私の見立てでは恐らく、お前との相性はすこぶるいい筈だ。好きに使うといい」


 そうして赤羽サツキから贈られたのは、どんな光をも通さぬと思えるほどに深い、漆黒の全身鎧だった。



     ※     ※     ※



 カヴォロスは今、その全身鎧を装着して街の中を歩いていた。道行く人々が、仰々しい彼の姿に道を開け、にわかにざわめく。この様子を見て完璧だと、カヴォロスは内心でほくそ笑んでいた。


 なにせこの男、身に纏う漆黒の鎧のことを一目見たときから痛く気に入っていた。頭部の角まで覆いながら、足元までを包んだ猛々しくも洗練されたフォルム。アクセントとして散りばめられた宝玉が、無骨な鎧に高貴さを与えつつ、それでいてクドさを出さないよう最小限に抑えられた完璧な意匠を作り上げている。


 であるからして、カヴォロスは人々の反応を非常に好意的なものとして受け止めていた。もちろん、鎧そのものは職人の技術の粋が込められた見事なものだ。だがそれが一般的な人々に与える印象は、一言で言えば畏怖、である。


 いかんせん悲しい哉、魔族であるカヴォロスの感性では、見るものに畏敬の念を与えるというのは最上位の美的感覚であり、それを抑えるべき竜成の感覚は、およそ14歳頃の多感だった時分のものを刺激されてしまい、抑止力としてまったく機能していなかった。


 結花が一定の距離を保って歩いているのも、さもありなんと言ったところか。どうかしたのかと訊ねようとしたが、結花は視線を逸らしてしまい、話しかけられなかった。ぼそりと、「竜成君、昔からそういうの好きだったもんね……」というような呟きが聞こえた気がしたが、その意味はカヴォロスには終ぞ分からなかった。


 そして、そう時間を置かずに衛兵がやってくるのも当然と言えた。彼らは己が職務と正義感に従っているだけなので、戸惑ったところで理由が分からないカヴォロスが悪いのだ。


「おやおや、これは一体なんの騒ぎですか?」


 そこへ、ふらりと一人の男性が現れる。白い礼服に身を包んだ、紳士的な青年である。

 

「ミハイル様!」


 敬礼しようとした衛兵たちを手振りで制し、ミハイルと呼ばれた青年はカヴォロスたちの元へ歩み寄る。


「私、黒翼騎士団の団長を務めております。聖騎士ミハイルと申します。この度のご無礼、お許しください」


 ミハイルは恭しく頭を下げた。その所作を見て、カヴォロスはこの男の実力を見計らう。洗練された身体の動きに無駄がなく、美しさすら感じさせる。


 なるほど、聖騎士を名乗るだけはあるということか。エルクと同等かそれ以上。


「いや、構わぬ。頭を上げてくれないか、ミハイル卿。私は竜成という者だ」


「竜成殿……。ああ、なるほど、あなたが……! そのご武勇、騎士サーエルクより伺っております。お会いできて光栄の極みにございます……!」


 ミハイルの言葉に、カヴォロスは心の中で感嘆する。エルクとは違う騎士団の所属のようだが、彼とそういう話のできる間柄なのか。

 

 魔族の血を引くエルクは、聖騎士のなかでも周りから疎まれる存在だと聞いていたが。ミハイルはそんななかでも数少ない理解者だということなのか。年齢も近しいように思えるので、知己の仲なのかもしれない。


 もっとも、彼もまた魔族の血を引く者である可能性もないわけではないが。しかしそこまでの詮索はすまい。


「では竜成殿は、これからご登城なさろうと?」


「ああ、そのつもりだ」


「左様でございますか。でしたらこのミハイルが案内役を務めます。いかがでしょう」


 願ってもない申し出だった。カヴォロスは頷く。


「ああ、あと紹介が遅れたな。こちらは結花」


「あ、えと……。よろしくお願いします!」


 頭を下げる結花に、ミハイルは一瞬瞠目した。


「こちらが結花様……。では、聖剣の?」


「ああ。今代の勇者だ」


「なんと……!? これは失礼致しました! 聖剣に選ばれし勇者様であるとはつゆ知らず……!!」


 と、ミハイルは慌てた様子で結花の前に跪き、頭を垂れる。そんな彼を前にして、結花の方が大きく動揺したのだった。

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