Chapter7 王都凱旋
Chapter 7-1
目を覚ますと、視線の先にあったのは全く見覚えのない天井だった。
木造の、年季の入った味わいのあるそれは、現代日本では最早そうそうお目にかかれないかもしれない。しかし手入れが行き届いており、上質さを感じさせもする。
寝ているベッドも布団の感触も、竜成の部屋のものとはまるで違う。
――戻ってこれたか。
得られた情報からそう実感して、カヴォロスは胸中で安堵の息を吐く。そのまま身体を起こそうとして、動きが硬い事に気付く。
「カヴォロス?」
「ゆ……か……」
名を呼ばれ、そちらにぎこちない視線を向けると、彼女の名を呼び返した。自分で思っていた以上に声は掠れていた。
しかし、カヴォロスは彼女がその見た目とは別の人物だという事に気が付く。眼鏡を外しているその眼差しは、細く鋭い。
「貴様は……ララファエル、か……」
掠れて喋りづらい事にも構わず、カヴォロスはそう口にする。
ベッドの脇に椅子を置いて腰掛けていた彼女――結花の姿をしたララファエルは頷く。
「そうよ。まだちゃんと挨拶をしていなかったわね。お久し振りね、カヴォロス。500年振り」
「……ああ。私にとっては、その年月はないに等しいが、な。……それに、倣おう。500年振りだ。我らが宿敵よ」
視線が交錯する。睨み合うかのように見つめ合うと、二人はほぼ同時に笑い始める。
「そのガラガラの声じゃ締まらないわねぇ」
「お前こそ、結花の声でそんな喋り方をされるとな」
散々笑い合って、二人は再び互いに向き直る。
「お帰りなさい、カヴォロス」
「ただいま、ララファエル・オルグラッド」
カヴォロスに向けて手を伸ばしながら、ララファエルは苦笑する。
「堅苦しいわね。ララでいいわ」
「そうか。なら遠慮なく」
ララファエル――ララが差し出した手を、カヴォロスはまだ動かしづらい腕をなんとか伸ばして取り、握手を交わした。
そしてカヴォロスは、鬼の軍勢との戦いの顛末と、あれから一週間が過ぎている事をララの口から聞かされるのであった。
「一週間も眠りっぱなしだったなんてな。通りで、身体が硬いと思った」
「呑気なものね。結花がどれだけ心配していたと思っているの?」
軽いストレッチをしているカヴォロスに、ララァは溜め息を吐く。その様子に、カヴォロスはどこか腑に落ちないものを覚える。
鬼の軍勢との戦いは、頭領である辰真の死を始めとして、その配下の鬼どもの全滅により幕を閉じた。
そしてララたちは、戦闘後に倒れ伏したカヴォロスを連れ、アルド王国が王都・アルシュハイムへと辿り着いていた。
「何にせよ、ここに着いてからそう時間も経たない間に目覚めてくれてよかったわ。……向こうでは、うまくいったみたいね」
「……ああ」
輪廻の境界と、サツキが呼んでいた世界の事を思い返す。こちらの世界へ戻ってきた事に後悔はない。が、疑問は増えるばかりだ。
「赤羽サツキから、お前によろしく言っておいてくれと頼まれたよ」
「そう。またいつか、礼を言いに行かないといけないわね」
「お前に頼まれなくても、俺の世話はしてくれるつもりだったらしいけどな。それで、あの人はお前のなんなんだ?」
「……師匠よ。魔術のね。同時に戦友というか、盟友と言うべきか……」
軽い調子で問うたカヴォロスだったが、思いの外遠い目をして話すララに、返す言葉が見つからなかった。
「それで、訊きたい事はそれだけかしら」
代わりにか、話題を変えようと口を開いたのはララである。
その口振りは、まだまだ多くの問いが残されていると分かっているようでもあった。
では、とカヴォロスは表情を正して問う。
「赤羽サツキからは、宮木竜成がカヴォロスの生まれ変わりであり、天海結花がララファエル・オルグラッドの生まれ変わりなのだと聞いた。今の俺は、宮木竜成であり、カヴォロスでもある。お前も同じなんだな?」
「概ね、その通りよ。でも細かく違う所が幾つもあるわ。まず、あなたは竜成とカヴォロスの意識が自然に同居――いえ、同化と言うべきかしらね。しているようだけれど、私たちはまだ、そこまでには至っていないの」
「……そうか、つまりララと結花は」
「人格形成の上では、まだはっきりと別人だと言えるわ。天海結花という人間の中に、ララファエル・オルグラッドという別の人格がある状態よ。要は二重人格ね」
「成程な。しかし、何故に違いが生まれるんだろうな」
「恐らくは、肉体の人格に依る所が大きいからじゃないかしら。あなたは数百年を生きた魔龍族の長だけれど、結花はまだ、18歳――それも命のやり取りをする機会もなかった子だもの。違って当然でしょう」
「ふむ……。それもそうか」
ララの推論は納得のいくものであった為、カヴォロスはそれ以上の追及を止めた。他にも訊きたい事は山ほどあるし、取り敢えず真っ先に訊きたくなった事への答えは聞けた。
「それで、これからどうする? 聖剣に選ばれた勇者がまだこの世界に留まっているんだ。まだやるべき事がある筈なんだろう?」
「そうね……。役目を終えた勇者は元の世界に送還されるのが常だけれど、今回はまだそういう様子はないわね。まだ何かやる事があると思うのだけれど……」
ララの答えは芳しくなかった。彼女自身も疑問符を浮かべているようだった。
サツキ曰く、世界の守護者として聖剣に魂を隷属された存在である所の勇者には、その世界に留まっている以上は戦うべき敵が残っていると考えられる。
だが、鬼という分かりやすい脅威を退けた今、その存在は不明瞭だ。これは果たして、何かが起こる予兆なのであろうか。
答えの出ない疑問に、二人で小首を傾げる中、ノックの音が響いた。
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