Chapter 6-5
続いて踏み込むのは同時。間合いこそ竜成の優位だが、彼奴の身体能力は竜成のそれを遥かに上回る。互いに動き出しているこの状態では、間合いに入ってから仕掛けては遅い。そう判断した竜成は、既に攻撃のモーションに入っていた。むしろ、現時点での正しい間合いはここだと言えるだろう。
敢然と向かって来る彼奴の姿に戦慄しそうになる心を奮い立たせ、竜成は下段からの斬り上げを選択した。上段・中段からの斬撃では躱された際の隙が大きい。そのまま懐に潜り込まれては間合いを取る以外に選択肢がなく、ケアが困難になる為である。
これに、拳を腰に溜めて迫り来る彼奴は、僅かに後退しつつ身を屈める事で対応した。そこから踏み込み、竜成の腹部に拳を撃ち込もうというのが彼奴の目論見であろうが、しかしそれを見越していた竜成は、彼奴が踏み込みに移行しようとする隙を見逃さない。刃を切り返し、振り下ろす。
終わりだ。竜成はこの攻撃に、魔力爆発による加速も乗せた。
――そしてそれは、あちらも同様であった。
彼奴は足裏の魔力を爆発させ、竜成には視認もできない速度で剣を躱し、竜成の鳩尾を一突きにしたのだった。
竜成の身体が後方へと弾き飛ばされる。咄嗟に魔力障壁を張ったが、車に轢かれたかように成す術もなく地面を跳ね、何十メートルも転がった末にようやく止まる。
「あ……がっ……!!」
血反吐を吐き捨てながら、竜成は立ち上がろうとする。なんとか障壁のお陰で即死には至らなかったが、なんという一撃か。聖剣を杖代わりに膝を立てるが、それ以上は身体が動かない。
そんな彼を蔑むかのように、彼奴はゆっくりと竜成の元へ歩み寄って来た。竜成を見下ろす彼奴へ、どうにか聖剣を振るおうとする。しかし腕を動かそうとした竜成の頭を、彼奴は鷲掴みにして持ち上げた。聖剣を持つ手に力が入らず、地面に落ちる。
宙に浮かぶまでに吊り上げられた竜成の身体を、彼奴は蹴り付け始めた。威力は抑えられている。恐らくは、痛め付ける事自体が目的なのだろう。
――どれだけ姿形が同じとは言え、やはりこいつは、ただの影だ。武人として名高い四魔神将カヴォロスが、こんな相手を嘲笑うかのような戦い方をするものか。
「……せ」
竜成は力を振り絞り、彼奴の腕を掴み取る。
「返せよ……! それは、俺の身体だ!!」
こんなものに敗北し、四魔神将カヴォロスが死ぬなど許されない。そしてその状態で宮木竜成として生きるなど、誰が――例え天海結花が許したとしても竜成自身が許せない。
許せるものか――!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
竜成の身体に変化が生じた。彼奴を掴んだ腕の先からその姿形を変えていき、彼奴は何者でもない最初の影の姿に戻っていく。
その変化に包まれる中、足を振り上げて影の首に絡ませ、捻る。影がその形通りの人間の肉体であったなら、首の骨が折れる一撃であっただろう。それ程までに首を大きく曲げられた影は、体勢を崩して倒れる。そんな影の頭部を蹴り飛ばし、後ろ宙返りにて跳躍。着地して体勢を立て直す。
影がふらつきながら立ち上がる前で、聖剣を拾い、構える。
「四魔神将カヴォロス、推して参る」
八双に構えた状態で、カヴォロスは影を見据えた。対して影はカヴォロスの放つ圧を前にして後退る。
地面を蹴る。アスファルトがひび割れ、窪む。ほぼ同時に繰り出された袈裟懸けの斬撃が影に肉薄する。この一撃に、影は遥か後方へと吹き飛ばされた。後退していた影に直撃する事はなかったが、鋭い剣戟が生み出した風圧によるものである。
剣圧だけでそれだけの威力を持つ一撃だ。恐れを成したのか、影は立ち上がろうともしない。
「怖いか?」
答えはない。
答えられる筈もない。
彼奴は怖いなどとは微塵も思っていない。奴は影だ。人間の本能的な行動をトレースして、それをなぞっているだけのただの猿真似に過ぎない。奴は今、怖がっているというおおよその人間が取るであろう行動を取っているだけだ。いや、取らされていると言うべきか。思考能力のないこれは、そういう人間の行動パターンを状況に応じて取るように作られているのだろう。
先程までの、カヴォロスの姿での戦い振りは見事だと言いたいが、所詮は上辺だけの猿真似。カヴォロスとしての精神まではトレースできていなかった。その張りぼてを引き剥がした結果がこれだ。
このまま、立ち上がりもしないというのなら。
「ならば教えてやる。引導を渡すとは、こういう事だ」
カヴォロスは既に影の眼前へと歩み寄っていた。その間、影は迫り来る自身の死を前に、身動きすら取れずにいた。
カヴォロスは聖剣を振り被る。これを振り下ろすと、影はその身を真っ二つに分断され、声にならない断末魔を残して消え去った。
それを見届けると、背後から拍手を送られる。
「幕切れはあっけなかったが、見事だよ」
「……あんたは、この結果が分かっていたんだろう?」
「そうだな。だが、たとえ分かっていなかったとしても、私はお前がこちらを選ぶと考えただろう」
カヴォロスはサツキを振り返り、頭を下げた。
「貴殿の協力に感謝する」
「構わんよ。私は私の役割に従っただけだ」
それに、とサツキは続ける。
「お前は世界の守護者としての生を選んだ。それはつまり、世界にとって都合のいい駒に成り下がるに等しい。本当に、それでいいんだな? 考え直すと言うのなら、今ならまだ私の力でどうにかしてやる事はできる」
サツキは言い終えると、目を細めて唇を引き結んだ。そんな彼女の表情に、カヴォロスは口の端を僅かに上げる。
「分かっている。大丈夫だ。選ばなければならない理由も、選ぶべき価値もある」
「そうか。ならばいいだろう。私に付いて来い」
「ああ、構わないが……。そちらにこの世界の出口があるという事か?」
「いや、お前が元の世界に戻れるまでには僅かだがまだ時間がある。その間に、私が魔術の手ほどきをしてやろうと言うのだ。お前の魔力の使い方は目に余るのでな。少しはまともに使えるようにしてやろう」
そうしてサツキから魔術を教わりながら一日が過ぎ、次に目が覚めた時にはカヴォロスはアルド王国へと帰還していたのであった。
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