Chapter 5-4
たった、それだけの事だ。たったそれだけの、有るのが当たり前のものがなくなってしまっているというだけの事実が、竜成という存在を不確実なものにしてしまっていた。
日はまだ高く、竜成が立っているのは日陰になるような場所ではない。にも関わらず竜成の足元には、そこから伸びている筈の影がどこにもないのだ。
足元が覚束なくなり、竜成はその場に膝を付く。
彼奴の拳が迫るのを感じるが、竜成にはもう、身動きを取るどころかそちらに視線を送る事すらできない。
死ぬのか。絶体絶命の最中に、竜成はぼんやりとそう思った。こんな訳の分からないまま、自分の存在すらあやふやになってしまったまま、
死ぬ。
瞬間、脳裏を掠めたのは幼馴染みの姿だった。同時に、確かな質量を伴った衝撃音が竜成の眼前で響き、竜成の歪んだ視界は切り裂かれたかのように霧散し、たちどころに正常な形を取り戻した。
「――――――――――――ッ!!」
声にならないのか、発する事ができないのかは分からないが、それでも影は慟哭で空気を揺らしながら後退る。
結果から言えば、竜成はその命を落とす事はなかった。理由は、竜成の前に突如として現れた大剣が、竜成に襲い掛からんとしていた影の腕を斬り落としたからだ。剣は竜成と影の間に立ち塞がるかのように床に突き刺さっていた。
「これは……!?」
竜成の中にはしかし、生き延びた安堵よりも湧き上がる数々の疑問が渦巻いていた。
この剣が一体どこから現れたのか。何故、この剣が影にダメージを与える事ができたのか。そしてこの、古びた印象こそあるものの煌びやかな意匠を纏う剣は、どこからどう見ても――。
「そう。察しの通りの聖剣だよ」
横合いから声が掛かり、竜成はそちらを見やった。
そこには、黒い弔問着と幅広帽子に身を包んだ女性の姿があった。何者かは分からない。幅広帽子から垂れるヴェールの奥には、妖艶な美貌とこちらの全てを見透かしているかのような不敵な笑みが見える。
「私の名は赤羽サツキ。この近くでしがない骨董屋をやっている者さ」
「骨董、屋?」
「前を見ろ。来るぞ」
赤羽サツキと名乗った女性に鋭く促され、竜成はハッとして視線を影に戻した。片腕を失った彼奴が、再び竜成へと飛び蹴りを放ってくるのが見える。
「なら!」
竜成は剣の柄を掴んだ。サツキが聖剣だと嘯いたこれが、本当に聖剣ならば。あの影に手傷を負わせた理由も一先ずは納得できる。今はこれを使って状況を打開するのが先決であると言えた。
が。そんな竜成を嘲笑うかのように、再び横合いから声が掛かる。
「勇むのは結構だが、いいのか? そいつを斬れば――」
ヴェールの奥の笑みが、更に歪んだような気がした。
「お前、死ぬぞ?」
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