Chapter 5-3
成す術なく倒れ伏し、血を流して動かなくなる――そんな自分を俯瞰から見下ろしているヴィジョンが垣間見える。それはカヴォロスの経験と危機察知能力による、一種の未来予測であった。刹那の間に、このままではこのヴィジョンが現実のものとなる事を察知し、竜成は大きく側転してその場を離れる。
すると、たった今竜成が立っていた地点から破裂音と共に爆風が巻き起こった。
「くっ……!!」
竜成は咄嗟に両腕を眼前に翳し、そこに魔力を集中させる。集められた魔力は、拙いながらも衝撃を軽減する障壁の役割を果たした。竜成の身体は後方へ吹き飛ばされるものの、受け身を取って体勢を立て直す余裕は充分に生まれた。カヴォロスの肉体であれば同じ事をしたとして、その強度で無理矢理相殺する事ができたのだが、今はそれを言ってもないものねだりだ。
竜成は爆風の発生地点を見やる。魔力を使えるようになり、幾らか強化されたとはいえ人間の身体だ。今のが直撃していたらと思うとゾッとする。それはともかく、巻き上がる粉塵に包まれて見えなくなってはいるものの、中から発される愚直なまでの殺意がこちらを照準しているのを感じて、竜成は身構える。
カヴォロスの構えを取るものの、恐らくは勝ち目はない。逃げるしか手はなさそうだが、果たして逃げ切れるものか。
なんにせよ、敵の姿を確認するまでは動きようがない。そう考え、竜成は粉塵の中を睨み据えて待つ。粉塵が晴れるのが先か、敵が中から飛び出して来るのが先か。
微かに、コンクリートの床を踏む音がした。
来る。その音と直感を頼りに敵の動きを予測し先に動く以外、竜成に生き残る術はなかった。受け身では、死ぬ。竜成の脳裏を幾つもの死のヴィジョンが掠める。一挙動一挙動の先に無数の死が垣間見える中、死なない為のたった一つの道を見つけなければならない、細すぎる綱渡り。
粉塵が大きくうねりを上げるのが見えた。姿を現したのは、影だ。人の形を象った黒い影が、確かな質量と立体感を伴い、生物のように動いていた。その存在に違和感を覚えるのは、何の拠り所もなく顕現している異質さ故だろうか。
竜成はこれに面食らいつつも、繰り出された拳を寸での所でいなし、その勢いを利用して背負い投げる。影はそのまま床に叩き付けられるが、床を蹴って即座に立ち上がる。床には蹴られた地点から蜘蛛の巣のように亀裂が走った。
続いて、影は行きつく間もなく飛び蹴りを放って来た。凄まじい速度で放たれた一撃であったが、竜成はそれを半身を逸らしただけで躱した。影は竜成の横を通り抜け、床を滑って止まる。
どうやら。竜成は脳裏から幾つかのシミュレートを除外した。速さも威力も目を見張るものがあるが、しかし驚くほどその攻撃は単調であった。何者かは分からないが戦闘技術は全くと言っていい程になく、カヴォロスとしての技量と魔力による身体強化があれば、この竜成の身体でも充分に対処が可能であるようだ。
しかし、依然として厳しい戦いを強いられるだろうという事も竜成は肌身で感じていた。奴にまともに戦う技術がなくとも、その一撃一撃は喰らえば間違いなく致命傷を免れないものだ。身体能力だけなら雲泥の差があり、逃げる事は叶わないだろう。加えて、投げ飛ばした際の手応えがまるでなかった。この身一つで奴を撃退するだけのダメージを与えられるかどうかは、甚だ疑問であった。
つまり、このままでは竜成に勝ち目がないのだ。予測できる敗北パターンは大きく減ったが、かと言って勝てるヴィジョンは全く見えてこない。どうにかして逃げ道を探すしかないか、と竜成は足裏に集める魔力の量を調節し始める。
その為に足元を一瞥した時だ。竜成は、先程感じた違和感の正体に感付いた。
影が、ない。
視界がぐにゃりと歪んだ。
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