Chapter 5-2

 それからどれほど眠っていただろうか。竜成は目を覚ます。目を開けた先に見えるのは、先程までと同じく見慣れた天井である。溜め息を吐きたくなるのを堪えて起き上がる。

 窓の外からは、就寝前とさして変わらない程度の陽の光が差して来る。それほど時間は経っていないようだ。確認してみると、やはり寝る前から二時間程度が経過したばかりである。


 しかし身体の方は、多少の倦怠感はあるものの、先程までよりは調子を取り戻している。カヴォロスの身体と比べるとどうしても劣る肉体だが、この世界で生きていくのにカヴォロスのような屈強な肉体である必要性は薄い。せめて魔力を使う事ができれば、まだ幾らか勝手は違うのだろうが。


 と、ここで竜成は気付いた。カヴォロスの身体でない以上、魔力は使えないと自然に思い込んでいたが、どうだろうか。


 目を閉じ、意識を集中してみる。例えるなら、魔力は湧き水のようなものだ。表層意識よりも遥かな奥深く、自我や本能を越えた更にその先の境地にそれはある。瞑想によりそこに辿り着こうとする行為は、源泉を掘り起こす作業に似ていた。

 やがて、微弱ではあるものの確かな魔力の源泉を見つけた。カヴォロスのものと似ているようにも感じるが、間違いなく竜成の、竜成だけの魔力であろう。

 あとはこれを、血管のように体中に張り巡らせて、魔力を扱う準備を整える。カヴォロスにとっては、その生涯で二度目の作業だ。さして時間も手間も掛からなかった。


 これだけで、竜成の体調は幾らか回復を早められるであろう。これまで全くの無駄となっていたエネルギーが、体中を循環するようになった為の作用である。魔力を扱える者と扱えない者とでは、ただそれだけで生命力に大きな差が生じるのだ。

 しかし微弱だが、扱いやすそうな魔力だと感じた。カヴォロスのものはその強大さとカヴォロス自身の不器用さ故に持て余していたが、竜成のものなら使いこなせそうな気がしている。


「……ま、今はそれどころじゃないよな」


 寄り道しかけていた思考を切り替え、竜成は今一度現状の分析を試みる。


 まず、カヴォロスであった筈の身体が竜成のものとなっていた。理由は分からないが、これは勇者に敗れたカヴォロスが五百年後のアルド王国で目覚め、酔い潰れて倒れた竜成の自意識を同居させていた時の事に似ている。つまりあの時とは逆に、竜成の中にカヴォロスとしての記憶や人格が混在しているのだ。

 そしてそれはカヴォロスの身体であった時と同様、どちらのものも本物として実感できる。身体は竜成だが、カヴォロスとして振る舞う事は造作もないだろう。最も、カヴォロスとしてみればこの身体の脆弱さには呆れて声も出ない程であったが。竜成から見てもここまで差があると、人間の身体が不便過ぎて頭を抱えたくなる。


 ともかく。現在の状況は、竜成の側に限ればと言って相違ないだろう。不可解ではあるものの、まずはそれを受け入れなければなるまい。そもそも、解明には手掛かりが足りなさ過ぎた。手を付けなくてもいい訳ではないが、必然的に考えるべき問題としての優先度は下がる。


 スマホの画面を操作する。やはり結花の連絡先は見つからない。まるで天海結花という存在がこの世界から消えてなくなってしまったかのような――いや。竜成は頭を振ってそれを払拭する。ともすれば問題を問題でないかのように錯覚してしまう。最優先しなければならない筈なのに、時間が経つほど忘れてしまいそうになる。なんなんだ、この感覚は。


 竜成は立ち上がった。ただ単に連絡先が消えただけならば、酔い潰れている間に起こった過失で済む可能性もある。が、連絡を取った形跡すら存在しなくなっているのは奇妙だ。何か不可思議な事になっている気がしてならない。

 外へ出る準備を整える。竜成は真相を確かめるべく、結花の家を訪ねてみる事にした。支度をしながら手当たり次第連絡を取ってみたが、誰にも繋がらない。嫌な予感は徐々に膨れ上がっていく。


 杞憂で済めばいいが、と思いつつ、竜成は家を出た。





 瞬間、竜成が感じたのは、強烈な死の気配だった。

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