Chapter 4-6

「援軍か!」


「遅れて来た奴らが、ようやくここまで来れたみてぇだな。まだまだ、あの山を越えて来てる最中の奴らはいるぜ? 国を一つ相手にしようってんだ。数は幾らあっても足りねぇよ」


「だろうな!」


 カヴォロスは吐き捨て、駆け出した。辰真を殺してからという選択肢もあったが、一刻も早く撤退するべきだと判断したのだ。


 進行方向の鬼どもを薙ぎ倒しながら、美丈夫の姿を探す。聖騎士たちは撤退の号令を掛け合いながら後退していた。それに追い縋ろうとする鬼どもを、カヴォロスは獅子奮迅の勢いで駆逐していく。


「竜成殿!」


 幸い、あちらもこちらを探していたようで、エルクの方から声が掛けられた。


「エルク!」


 声のした方へ目をやると、そこには駿馬を駆る美丈夫の姿があった。二人の視線が交錯した時、互いの顔に安堵の笑みが生まれ――。


 ――エルクは、自分の胸に突き刺さった刃に目を見開いた。


 カヴォロスの耳には、エルクが落馬する音がやけに遠く、しかしはっきりと聞こえた。


「エルク!!」


 彼の許へ駆け寄ろうとしたカヴォロスの前にしかし、鬼どもが立ち塞がる。これを蹴散らそうとするカヴォロスだが、冷静さを欠いた今、数に圧されるばかりで前に進めない。


 いや、むしろ頭に血が上っている事自体がおかしいのだ。戦場では誰であろうと死ぬ時は死ぬ。それが分かり切っている筈のカヴォロスともあろう者が、激情に駆られている事それそのものが異様であった。


「どけよ……!! どけっつってんだろ――」


 その時だ。声を荒げるカヴォロスの横合いから、何者かが超高速で接近し、鬼どもと激突した。


 そこには、カヴォロスの予想した通りの姿があった。


「はああああああああああああああああっ!!」


 雄叫びを上げ、聖剣を振り翳して結花は地を蹴った。鬼どもの頭上に跳び上がった彼女は、そのまま聖剣を振り下ろす。煌びやかな光を纏った剣閃は、鎌鼬の如く鬼の軍勢の間を次々に切り裂いていく。


 カヴォロスの前に立ち塞がる鬼どもが一掃され、カヴォロスは結花と向き合う形になった。眼鏡を外した彼女のその目付き、所作、雰囲気。そして数日前とは明らかに変化した聖剣の姿。どれをとってもカヴォロスの――いや、竜成の知る結花ではない。


「何を呆けているの、カヴォロス。早く彼の許へ行ってあげなさい」


「お前は……いや、後にしよう。恩に着る」


 結花の姿をした彼女に軽く頭を下げ、カヴォロスはエルクの許へ急いだ。


 倒れ伏すエルクの傍には、落馬した主人を守るようにフランベルジュが仁王立ちしていた。カヴォロスが駆け寄ると、フランベルジュはスッと身を引いてくれる。主を想う事ができるこの名馬に敬意を払いつつ、カヴォロスはエルクの身を抱き起こす。


 意識はない。しかしまだ息はある。それでもこの様子ではもう手遅れだろう。カヴォロスは歯噛みを禁じ得なかった。ほんの一週間足らずとはいえ、竜成にとってはこの世界で初めて出会った現地人だ。そしてカヴォロスにとっても、これだけの付き合いができた人間は初めてである。


 せめて、友の最期を看取ろうとしたカヴォロスだったが、その表情は次の瞬間には驚きに染め上げられた。


 エルクの身体が光に包まれる。これは一体、と目を見開くカヴォロスの前で、光が収束していく。


「そんな……まさか……あなたは!」


 そこにいたのはエルクではなくなっていた。エルクにも似た美貌の持ち主ではあるが、その影の射した面立ちは全くの別人である。髪の色も金から黒に代わり、服装は聖騎士然とした銀色の鎧から漆黒の衣になり、刀に刺された痕もなくなっていた。


 カヴォロスは信じられないといった面持ちだったがしかし、彼の姿をカヴォロスが見紛う筈はなかった。


「魔王、ダルファザルク陛下……!!」


 姿を現したのは間違いなく、カヴォロスの敬服するたった一人の主君であった。

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