Chapter 4-5
――そして激突は必至であった。カヴォロスは瞬時に辰真との距離を詰めると、顎を狙って拳を振り上げ、辰真が反応を見せた瞬間に引き下げて本命の鳩尾を狙う。しかし、ここでカヴォロスの視界が大きく回転した。気付いた時には足が地面を離れ、宙を舞っていた。
カヴォロスは即座に手を地面に突き、勢いに逆らわずに前転。半身を逸らしながらする事で、辰真に向き直りながら起き上がる。今のは一体何が起きたのか。理解する間も体勢を立て直す間もなく、辰真の剣が眼前に迫っていた。横薙ぎの剣に、カヴォロスは両腕を交差させて防御態勢を取る。魔龍族であるカヴォロスの腕は、それ自体が剣であり楯だ。竜成の世界で言えば、重戦車の装甲のような硬度の鱗を斬り落とせはすまい。
だが辰真はそのまま剣を振り切りはせず、剣を下ろした。そのまま大きく身を屈めてカヴォロスの脇を通り抜け、背後から裏拳染みた横一閃を放つ。
カヴォロスもこれに易々と斬られるような男ではない。背後を振り返りざまに翳した腕でこれを受ける。甲高い金属音が鳴り響き、激突の衝撃が空気を揺らし火花を散らす。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
雄叫びを上げ、渾身の力を以って振り払う。更に両の掌による掌底を交互に撃ち出していくが、その悉くを辰真は後退しつつも打ち払っていく。
最後に大きく腰を落として繰り出した右掌の掌底を、辰真は飛び退いて躱した。
「……その刀、へし折ってやるつもりだったのだがな」
「これぐらいでポッキリ逝くようなら、鞘に入れたまま殴り合ったりはしねぇさ」
「それもそうだな」
軽口を叩き合うが、互いのその顔に笑みは一切なかった。ここから先、こんな口を利く余裕は全くないだろう。
そんな予感を抱きつつ、二人は三度の激突に至った。
カヴォロスの腕と、『龍伽』の鍔が重なり競り合う。カヴォロスが均衡を破る為に繰り出した足払いを、辰真は跳躍して躱す。そのまま刃を振り上げ、落下の勢いを乗せ、カヴォロスの頭部を目掛けて振り下ろす。会心の兜割りを、カヴォロスは前転で避ける。立ち上がったと同時に後ろ回し蹴りを放ち、これは全く同じタイミングで放たれていた辰真の蹴りと重なり、何かが破裂するかのような音が鳴り響いた。
刹那にして永遠。ほんの一瞬であったが、果てしなく永い時が過ぎ去ったにも等しい、限りなく濃密な沈黙の後、蹴脚の衝撃による余波が互いの後方へと吹き抜けていった。
互いに、肩越しに相手の表情を見やる。反動を付けて足を退き、カヴォロスは大きく踏み込んでの膝蹴りを、辰真は大きく後退してからの袈裟斬りをそれぞれ選択した。結果、互いの間合いは変わらなかったが、カヴォロスは肩で辰真の剣を、辰真は片腕でカヴォロスの膝を受ける形となった。互いが顔を顰めたが、辰真は剣を引き下ろしてカヴォロスの身体を斬り裂いた。対しカヴォロスは、その慣性に引き摺られてか、前のめりに倒れていく。
終わりか。いや、手応えは浅かった。辰真は時間の流れが変わったかのように、ゆっくりと倒れていくカヴォロスを見つめながらも状況を冷静に分析していた。ならばこれは倒されたのではない。自ら倒れようとしているのだ。
辰真は気付いた瞬間、返す刃で斬り上げようとする。
「遅い!」
しかしそれよりも速く、カヴォロスは辰真の足を取って体勢を崩させた。一緒に倒れ込む形になってしまったが、それを承知の上だった者と倒されるままだった者では反応速度が違った。辰真よりも先に立ち上がったカヴォロスは、彼奴の左腕を踏み付けた。その痛みに、辰真の手から『龍伽』が離れ、地面を転がる。
「刀を落としたが、まだやるか、辰真よ」
辰真は抵抗するべく左腕を動かそうとするが、腕は僅かに震えるだけで、カヴォロスの足の下からまるで動かせそうにはなかった。
しばらくは抵抗を試みていた辰真だが、やがて全身の力を抜いて目を閉じた。
その様子を油断なく見ていたカヴォロスへ、辰真は訝し気な声を掛ける。
「……トドメは刺さねぇのかい?」
この言葉にカヴォロスは内心で目を見開いた。言われるまで完全に頭から抜け落ちていた事に驚いたのだ。闘いに夢中になって忘れていたのだろうか。いや、これはもっと根本的な問題に思えた。
俺は最初から、この豪傑を殺すつもりなどなかったのではないか――?
思考がそう至った時、カヴォロスの脳裏には勇者ララファエル・オルグラッドの姿が浮かんだ。何故かは分からない。だがその姿を思い浮かべたままでは、このまま辰真を殺す事はできないと感じ、頭を大きく横に振る。
拳を振り上げ、構える。そこで辰真が再び口を開いた。
「……あんたとの戦いは俺の負けだ。だが、この戦自体は俺たちの勝ちかもな」
「何……!?」
カヴォロスはハッと顔を上げた。森の奥がざわついている。何かよくないものが近付いて来ている。これは――。
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