Chapter 4-7
姿を現したのは間違いなく、カヴォロスの敬服するたった一人の主君であった。
魔王ダルファザルクだと思われる人物は、カヴォロスを見やり頷いた。
「そうだ、カヴォロス。混乱しているだろうが、生憎説明している時間はない。我が顕現していられる時間は短く、多少は長くする事もできるが、それだけ身体に負担が掛かるのだ」
その声音、口ぶり、カヴォロスの記憶通りのダルファザルクである。
ダルファザルクは続いて森の方へ視線を送る。そこから雪崩のようにやって来る鬼の軍勢へ、鋭い眼光を向けたのだ。
「さて、無遠慮にもこの地に踏み入った彼奴らに、灸を据えてやらねばな」
「はっ!」
ダルファザルクの言葉に、カヴォロスは佇まいを直し、鬼どもへと向き直る。
「数が多い。カヴォロス、念動破砕球を使うぞ」
「破砕球を……! はっ!」
「念動破砕球?」
ダルファザルクが目を閉じて何やら念じ始めた所で、結花がこちらへ後退して来た。
「ああ。陛下の超広範囲殲滅魔術だ。これをお使いになられる間、陛下は身動きを取れん。我らでその御身をお守りする必要がある」
「なるほど、アレね。一度だけ見た事があるわ。この状況を打破するにはうってつけね。頼んだわよ、ダルファザルク」
「貴様に言われるまでもない――ッ!」
ダルファザルクは閉じていた目を見開いた。すると地面が揺れ、地中から一振りの杖とその両脇に浮かぶ光球が二つ、地を割って姿を現した。漆黒で塗り固められ、金色の意匠を纏った杖は、ダルファザルクの手中に初めからそこにあったかのように自然に滑り込む。光球はそれぞれ白と黒の靄のようなものが中で蠢いており、ダルファザルクの周囲を規則的に周回していた。
ダルファザルクは杖を振り被る。そして、
「はあああああああああああああああああああっ!!」
これを咆哮と共に鬼の軍勢へ向けて投擲した。
凄まじい速度で杖は鬼どもの間を掻き分けて空を切り、光球がそれに追随する。杖は彼奴らの隊列(そんなものがあるのかどうかは甚だ疑問だが)の中ほどで地面に突き刺さった。
「ふんっ!!」
続いて、ダルファザルクは拳を地面に叩き付ける。大地が再び揺れ動き、ダルファザルクから杖までの間に、一本の線の如く地割れが発生する。杖の意匠が激しく明滅を始め、それに呼応するかのように光球が周回する勢いを増していく。
そして発生したのは、大嵐であった。
杖と光球とが形成する空間内に吹き荒ぶ風が、全てを呑み込み粉微塵にしてしまうであろう嵐と化したのだ。更に、光球は周回する範囲を広げていく。それは即ち、嵐の範囲をも広げるという事だ。超高速で周回する光球は、鬼どもを瞬く間に殴打し、引きずり込み、嵐の只中に放り投げる。抵抗はできず、逃げる事すら許されない。
これが、魔王ダルファザルクの持つ超広範囲殲滅魔術、念動破砕球である。威力もさることながら、その効果範囲は例えカヴォロスが全ての魔力を解き放ったとしても叶わぬであろう。
だが確かな弱点も存在する。先程カヴォロスが結花に伝えた通り、この魔術を行使している間、ダルファザルク自身は全くの無防備なのである。自分を守る為の余力すら残さぬからこその威力なのだ。
その弱点を見抜いた鬼どもが、ダルファザルクへと肉薄する。これをカヴォロスと結花が応戦し、ダルファザルクに近付けまいとする。だが幾ら彼らが一騎当千の力を持つとは言え、数が多過ぎた。やがて隙を見つけた鬼が一人、カヴォロスたちを掻い潜ってダルファザルクを間合いに捕らえる。
「陛下ッ!」
しかし、その凶刃がダルファザルクに届く事はなかった。その額を撃ち抜いた矢に、鬼は倒れ伏したのだ。
カヴォロスが矢の飛んで来た方を見やる。そこには、エルクにその才を認められた少年の姿があった。
「討ち漏らしはお任せください」
ベルカは再び矢を番えて放つ。矢はカヴォロスの脇を抜けていく鬼の額を確実に捉え、一撃の元に倒してしまう。
強力な後衛が現れてくれた事に感謝し、カヴォロスは向かって来る鬼どもの迎撃に戻る。
それでもこちらへ向かって来る鬼どもの勢いは尚も衰えない。破砕球による壊滅的な被害を受けているにも関わらず、だ。既に、彼らの敗北は必至と言っていい戦況である。だが、だからこそ彼らは戦いを止めない。彼らはそういう存在なのだとカヴォロスは悟った。彼らの形相は最早、戦いを求め戦いを愉しむだけの悪鬼羅刹ではない。この地を死地と定めた武人のものであった。
これにカヴォロスは、愚直なまでに真摯に応えたと言っていいだろう。全身全霊を以って相対し、打倒していく。死を覚悟し、それでも戦う者に対する敬意の払い方を、カヴォロスはこれ以上のものを知らないのだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
ダルファザルクが破砕球の最後の力を解き放つ。嵐の中に雷が降り注ぎ、眩い光が辺り一面に広がり、カヴォロスたちの視界を覆う。
視界が元に戻ると、嵐は治まっていた。鬼の軍勢は散り、立っている者はいなくなっていた。
――いや、彼らの骸の元へ歩み寄る一人の鬼がいた。辰真である。カヴォロスに敗れ、満身創痍となっている彼は、身体を引き摺りながら屍の山の前に立つ。
「……派手にやられちまったな、お前ら」
辰真は息を吐く。その背はどこか、晴れやかに笑っているようでもあった。
やがて、彼はカヴォロスへと振り返る。その手に携えた『龍伽』の切っ先を、カヴォロスへ向ける。
「さて、行くぜ大将。あんたとの勝負は俺の負けだが、この戦の勝敗はまだ決しちゃいねぇ。どっちかが死ぬまで終わらねぇのがウチの戦だ。付き合ってくれるな?」
カヴォロスは腰を落とし、これが答えだと言わんばかりに構え直した。
両者は互いを見やったまま動かない。ダルファザルクも、結花もベルカも、この場の誰もが固唾を呑んで見守る中、動きを見せたのは全くの同時だった。
カヴォロスと辰真は同時に足を踏み込み、間合いを詰めた。間合いの広さに於いて優位にある辰真が、先に剣を振るった。瀕死の状態でありながら、カヴォロスの命を一撃で刈り取るであろう鋭さを以って振り抜かれるそれに対し、カヴォロスは足裏に魔力を爆発させ、更に加速する。
閃光が迸った、とすら錯覚するほどに瞬間的な交錯だった。
カヴォロスと辰真の位置関係は逆転していた。互いに背を向け合って立ち尽くす、ほんの僅かな沈黙の後、先に膝を付いたのはカヴォロスだった。
「!」
目を見開いてダルファザルクが動こうとした時だ。
続いて、辰真がその場に倒れ伏した。
「……まだ、息があるようだな」
「……我ながら……生き汚くて困るぜ」
「介錯は要るか?」
「……ああ、頼む」
カヴォロスは立ち上がろうとするが、体勢を崩して地面に手を付く。
「カヴォロス、あなたはじっとしていて。私がやるわ」
そう言って歩み出た結花を、カヴォロスはなんとか首を動かして見据えた。
「……頼めるか」
「ええ」
結花の言葉にカヴォロスは頷く。これを確認した結花は、辰真の元に歩み寄り、聖剣を振り被る。
「……あんた、は」
唸るように呟いた辰真の声に、結花の姿をした彼女は答えた。
「私はララファエル・オルグラッド。先代の勇者よ」
辰真は微笑み、目を閉じる。聖剣が振り下ろされ、以降、彼がその目を開ける事はなかった。
※ ※ ※
ここまでご覧いただきありがとうございます!
これにて第一部終了となります!
次回、幕間を挟んで第二部に突入します! 引き続きお楽しみいただければ幸いです!!
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次回もどうぞよろしくお願いします!!
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