Chapter 2-2
アルド王国人の勇者に対する信仰は厚いと聞くが、結花が勇者であると説明したところで信じてはもらえまい。結花自身が語っても、今の彼女と聖剣の有様を見て、信じられる人間がいるとは思えない。
ならばどう話すか。
その場しのぎにしかならないだろうが、話をでっち上げるか。それはそれでどういう話を作るかが問題になるが、カヴォロスは結花と自身の服装を鑑みて、一つの案を思い付く。
まずは結花を振り返り、声を掛ける。
「私から説明してもよろしいか?」
「え? う、うん」
結花が頷くと、カヴォロスは意識を全身に集中させた。すると彼の身体を淡い銀色の光が包み込み、それは次の瞬間、彼の纏うローブへと形を変えた。カヴォロスはその姿でエルクへと向き直る。
「それではエルク殿、あなたを信用に足る人物であると見込んでお話しよう。こちらの結花は、東にある小国の貴族でな。私は彼女の護衛を任されている者だ」
カヴォロスの言葉に結花が驚きの声を上げるが、カヴォロスはそれを手で制して、あくまで「私が話します」というポーズに見えるよう振る舞う。戸惑われてはいきなり疑われてしまうからだ。
「なんと。確かに、旅の服装としては高貴なものではないかと思ってはおりましたが……」
気付いて欲しいポイントに気付いてくれたようだ。なんとか上手くいきそうだと、カヴォロスは内心で息を吐く。
カヴォロスは四魔神将の中でも特に、魔王の側近という役割の強い立場だ。その為、鎧の上に羽織ったローブは豪奢な刺繍の施された、それなりに威厳のある代物だ。いささか華美に過ぎる気がして、武人としての性格が強いカヴォロスにとってはあまり好んで纏いたいものではない為、普段は魔術によって封印してあるのだった。
一方、結花の格好は、現代日本ではごくごくありふれたブラウスとロングスカートだった。しかし、造りもしっかりしていてデザイン性もある現代の服なら、この世界の基準で考えれば、高級とはいかなくてもそれなりの身分を示す格好であると捉えてもらえるだろうと踏んだのだ。最悪、奇妙な服だとしか思われなくても異国のものだとして誤魔化すつもりだった。
そう言えば、高校生である今の結花にしてみると、矛盾した格好である。下校中だったならば、どうして学生服ではないのだろうか。記憶の途切れた瞬間と、こちらの世界へ転移した瞬間が必ずしも一致する訳ではないだろうと考えれば、あまり大きな問題とは言えないのかもしれないが。今の今まで気付かなかったのは、大学生としての結花の姿に慣れきってしまっていた為だろう。
それはともかくとして、掴みは上々だと感じていたカヴォロスは、続くエルクの言葉に内心焦る事となる。
「……ただ、非常に申し上げにくいのですが、この先には荒城と世界の果てと呼ばれる山脈が連なっているのみと聞きます。するとあなた方の国はあの山々を越えた先にあるのだと思われますが、そこまでの旅をして来たようには見えません」
流石は吟遊詩人と言うべきか、言葉の真偽には鋭い感覚を持っているようだ。急ごしらえの話故に、そこまで考えが至っていなかった。痛い部分を突かれた焦りを表に出さないよう努めながら、カヴォロスはどう返したものかと答えを探す。
すると、エルクは何が可笑しいのか突然笑い始めた。
「……何か?」
唖然としている結花の前で、カヴォロスは怪訝な表情で訊ねる。
「いえ、申し訳ございません。ただ、自分も隠し事をしているのに、揚げ足ばかり取って、なんて男なんだと思うと可笑しくなってしまいまして」
我に返って気恥ずかしくなったのか、エルクは苦笑しながらそう言った。
「実は、あなた方があの化物たちに追われている所から見ていたのです。私は遠視の魔術が得意でして、先程の雄叫びはなんなのだろうと、その時はまだ森の奥の方にいたのですが、そこから魔術によってあなた方の姿を確認しました。微力ながら助太刀しようと駆けて来たのですが、竜成殿の足が実にお早い。安心したのですが、あなたが剣を振り上げたのを見て何事かと思って、つい矢を向けてしまいました。済みません」
エルクは深く頭を下げる。
「成程、涼しい顔をして食えない御仁だ」
「一人旅が長い故、どうしても腹の探り合いばかり上手くなってしまいまして……」
「構わぬ。こちらも故あって本当の事は話せぬのだ。これで痛み分けとしてもらえればありがたい」
「ええ、こちらこそ」
こうして二人の間で話は纏まった。
「それで、もし宜しければ、同行してもいいだろうか?」
「構いませんよ。この先に少し開けた場所があります。今夜はそこでキャンプを張りましょう」
エルクの指し示す先は、カヴォロスもよく知っている。
「ありがとう、恩に着るよ」
ようやく肩の荷が下りた、と息を吐くと、つい竜成の言葉が出てきてしまう。特に問題はないのだが、先程までは張り詰めた状況だった為、カヴォロスの方が強く出ていた。心配なのは、明らかに別人のような声が出た事に不審がられないかというところだが。
エルクは特に気にした様子もなく、先を歩いて行った。
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