Chapter 2-3
少し歩くと、エルクの言った通りの場所へ出る。木々の開けた間に、楕円形の空間ができた場所だ。カヴォロスの記憶とも一致する。
魔王城の荒廃具合を見るに、ララファエルに倒されてからかなりの年月が経過しているように思っていたが、森の様子にあまり変化はないようだ。一体あれからどれだけの月日が流れているのだろう。
「天幕を張りますね」
「手伝おう。結花はここで休んでてくれ」
「ううん、私も手伝――」
カヴォロスの言葉に首を横に振り、一緒に作業をしようとした結花がたたらを踏む。カヴォロスは彼女の肩を抱き止めると、
「いいから、座ってろ」
ローブを脱ぎ、地面に敷いた。その上に結花を座らせる。
いくら好まないとは言え、魔王陛下から受け賜った品だ。こんな扱いをするのは気が引けはしないかと竜成としては思ったのだが、存外カヴォロスとしても特に思うところはなかった。
我ながら随分と奇妙な思考回路になったものだと思いつつ、座り込んだ結花の様子を見る。
精神的な疲れがかなり溜まってきているのだろう。もちろん肉体的にも疲れはあるだろうが、訳の分からない状況に巻き込まれて、休む暇すらなかったというのは人間の――ましてやたかだか高校生に過ぎない結花には辛かった筈だ。
ようやく休めると思った瞬間、緊張の糸が途切れ始め、疲れが表に出てきた。足元が覚束なくなったのもそのせいであろうし、座り込んだ途端に瞼を重そうにしている。
「寝てていいからな。飯の準備ができたら起こすよ。腹、減ってるだろ?」
「う、うん……。よく、分かん……ない……」
訊ねると、結花は頭を揺らしながらも答えるので、カヴォロスは彼女をそっと横にしてやった。
正直、この身体でなければ竜成も同じような状態だっただろう。カヴォロスの強靭な肉体と、成熟した精神が今の彼を支えてくれている。
文字通り二人で一人であるカヴォロスと竜成。竜成がカヴォロスであるメリットは計り知れないが、カヴォロスが竜成である利点とはどこにあるのだろう。
「……結花が怖がらないだけでも、良しとするか」
「大分お疲れのご様子ですね。早く準備して、中で休めるようにしましょう」
カヴォロスは頷き、エルクと共に作業を始めた。杭を木槌で打ち、縄を固定していく。森の木々も利用して骨組みを作り、大きな布を被せて簡単な天幕――テントを作る。地面にも布を敷けば、かなり簡素なものではあるものの、テントの完成だ。
暗がりの中でもカヴォロスは作業に支障がなかったが、どうやらエルクも中々夜目が利くようで、手際よく作業をこなしている。
「これに楽器や弓矢も持つとなると、かなり重たい装備になるのではないか?」
「そうですね。持ち運びのしやすいものにはしていますが、それでも一度使った物はそのまま捨て置いて、残りの道中を動きやすくしないと長旅は辛くなります」
テントができると、少し離れた所の落ち葉を掻き分けてスペースを作る。木の枝を集めて、作ったスペースに重ねて置き、魔術で火を点ける。
ようやくキャンプの準備ができた所で、カヴォロスは寝息を立てる結花を抱きかかえ、テントの中に移動させる。その間に、エルクは元々調達してあったという魚を焼き始めた。
「魚などはお食べになられるんですか?」
魔族が何を食べるのか分からないのだろう。エルクの問いに、カヴォロスは火を挟んで彼の向かいに腰を下ろして答える。
「大丈夫だ。食べるものは人間とそう変わりない。それはそうと、エルク殿は私のこの姿を見ても何とも思わないのだな」
「最初に見た時は驚きましたけれどね。ただ、それは恐怖が故ではなく、まだ純粋な魔族が生き残っていたのかという意味です」
「生き残っていた? まさか、既に魔族は絶滅したと言うのか」
「ええ。勇者と魔王の戦いから500年。魔王が没した後、聖剣の力によって魔族は衰退し、やがてこの世界から姿を消したと聞いています。ご存じではなかったのですか?」
眉をひそめるエルクに、カヴォロスは内心でしまったと呟く。この男に対して迂闊な事を喋ってはいけなかったのだと思い出す。
「実は、私の先祖は魔族なのです。人間と交わる事でその血を存続させてきた魔族は決して少なくありません。ですから、私は純粋にあなたに興味があるのです。お話を伺えませんか、四魔神将カヴォロス殿」
カヴォロスに戦慄が走った。
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