Chapter2 旅の吟遊詩人
Chapter 2-1
突如として響いた声に、カヴォロスと結花は驚いてそちらを見やる。
木々の間、森の奥から姿を現したのは、弓矢を番えた一人の青年だった。アルド王国人か。肌は白く、彫りの深い顔立ち。アルド王国人の容貌は、竜成たちの世界でいう西洋人に酷似している。彼はそんな精悍な顔立ちに、艶やかな金色の髪を持つ美丈夫だった。
格好はと言えば、鍔の広い三角帽子を被り、上は白いブラウスに胸当て。下は飾り気のないズボンという軽装である。
そんな彼が構える矢の狙いは、カヴォロスへ向けられていた。
「その剣で彼女をどうするおつもりか。悪いようにはしません、剣を置き、両手を上げてください」
どうやら彼は、カヴォロスが手にした聖剣で結花を斬ろうとしている、と勘違いしているようだった。魔族の姿もそれに拍車を掛けているのだろう。
どうするべきか。腕は悪くなさそうだが、人間相手にカヴォロスが遅れを取る筈はない。それよりも問題は、彼の真意が言葉通りの正義感に溢れたものなのかどうかだ。見たところ吟遊詩人か何かのような出で立ちだが、それを装った物取り、という線もないとは言い切れない。
可能性としては非常に低く思えるが、万一を思うなら慎重に見定めなければ、と考えている時、結花が慌ててカヴォロスの前に出た。
「あ、あのっ! 待ってください、この人は違うんです!」
「どういう事です?」
「この人は私の友達で、剣も私のものなんです。だから、別に私を斬ろうとか、そんな事をして、いる、訳じゃ……」
青年の眼は鋭くこちらを射抜いている。結花もそれを察してか、次第に言葉が尻すぼみになっていってしまう。
俺はスッと結花の前に出て、剣を彼女に渡す。両手を上げて、真正面から青年と対峙した。もし矢を放たれたとしても、結花を抱えて躱し、反撃に転ずる心積もりはできている。
「いかがか? これで納得して頂けると思うが」
青年は無言でこちらを見つめてくる。冷ややかな眼差しはそれそのものが既に射たれた矢のようで、竜成としては正直目を逸らしたくて堪らないところであったが、カヴォロスとしての矜持とその豪胆さが、青年の視線を真っ向から受け止めた。
やがて、青年は矢を下ろして息を吐く。
「……成程。その言葉が本当かどうかはともかく、あなたが彼女を斬ろうとしていた訳ではない事は分かりました。いきなり矢を向けてしまった無礼、お詫び申し上げます」
と、青年は深く頭を下げた。
「いや、謝る必要はない。こんな姿では怪しまれるのも当然と言えよう。私は――竜成。こちらは結花。あなたは?」
名乗る瞬間、ほんの一瞬だが逡巡が生まれた。アルド王国人を前にカヴォロスと名乗るのは憚られたからだ。それこそ、名乗った瞬間に再び矢を構えられてしまう。
「私は旅の吟遊詩人をしております、エルクと申します。お二人とも、アルド王国の人間ではないようですが……。一体どちらから?」
エルクと名乗った青年の問いに、カヴォロスはどう答えたものかと思考を巡らせた。
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