第3話

「……あー、これ? ぶつけたんだ。やっぱり橘利一君には可愛いって思われたいからさ、バレたくなかったなー、なんて」

 

 

ツバサはフードを深く被り直しながらそう言った。


「そっか」


 僕はそう一言返した。鼓動が早くなっていくのを感じる。

 僕は同級生から何度も殴られたことがある。だから、どこかにぶつけたりした痣と人の手で付けられた痣の見分けくらいは出来る。

 きっとこの痣は、ぶつけた痣なんかではない。

 となると誰から殴られたんだ。もしかして、ツバサも同級生とかから虐められているんじゃ……。

 いや、もしかしたら本当にどこかにぶつけたのかもしれない。たまにはそういうことだってあるよな。

 ーー頬なんてどこにぶつける?

 そんな問いが頭をよぎる。

「そんなに不安そうな顔しないでよ、橘利一君……」

 ツバサが悲しそうにこちらを見る。

 

 朝日が五月蠅い程に僕らを照りつける。

 少しでも離れたら、ツバサがどこかに行ってしまいそうな、そんな不安が僕を襲う。

「あ、そーだ。橘利一君。君、LINEやってるでしょ? 連絡できるように繋ごうよ!」

「……うん」

 僕は考えることを放棄して、スマホを取りだした。

 ツバサはこの痣について触れられたくない。僕も知りたくない。では、なにも知らないままでいい。なにも見なかった事にしよう。


 僕は逃げた。現実からも、ツバサからも。

 


 それから僕らはずっと一緒にいた。

 二人で一緒に座り、太陽が昇っているのを見ながら寒い手を二人で暖め合った。

 沈黙の時間は少なかった気がする。お互いが隣にいるのを確認し合うように、ただひたすらに喋っていた。

 

 


 この日から僕は、ツバサと毎日会うようになった。




 ツバサと出会って僕は変わった。


 通信の高校に転校し、今では問題なく生活ができている。虐めなんかされなくなったし、親ともよくやれている。

 ツバサとお試しで一緒に生きる一週間はとても濃い一週間だった。その一週間の中でツバサは何回も僕に言った。「絶対、一週間たっても私と生きたいって思わせる!」と。


 僕はツバサの手を取った。


 そしてツバサとは朝日が昇る前の時間に毎日会っている。もうツバサと会ってから二ヶ月が立ったが、一日もかかさずツバサと会っている。


 ツバサは学校に行けているらしいが、たまに休む。その理由は知らない。

 ただ、ツバサが学校を休み、僕に昼間に会いたいという時は、必ずどこかしらに痣や傷がある。

 でも僕は、そのことについて一度も触れたことはない。


『明日も海で集合ね!』


 ツバサから連絡がきて、思わず頬が緩む。

「利一、ご飯出来たよー!」


「はーい、今いく!」


 僕は今、幸せだ。なにもかも順調で、一生このまま居られればいいのに。

 ツバサの手を取って良かった。ツバサは僕にはなくてはならない存在だ。


「明日の朝日も綺麗かなぁ……」














翌日、ツバサは海に来なかった。


 

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少女に救われ、少年に救われた、少年少女のお話。 明瀬迅 @akasetarou

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