第2話
「それじゃ、また明日。同じ時間に同じ場所でね」
そういって少女は長い髪を揺らして砂浜から離れていく。僕は少女の背中をただじっと見つめていた。
すると少女が後ろを振り向き「勝手に死んだら呪うからねー! 橘利一君!」と大声で言い、走っていった。
勝手に助けて一緒に生きようだなんて言ったくせに、今日は家に帰らなきゃ、と少女は去っていった。
まあ別にいいのだけれど。ただ一つ気になったのは、帰り際に見せた少女の顔は不安でいっぱいというような、まるで自分を見ているような気分になったことだ。
「あ、ちゃんと来てくれたんだね」
また、日が昇る前に海に行くともう少女が来ていた。
少女は大きめのパーカーにフードを被っていた。フードを被っているせいか、辺りが暗いせいか、少女の顔がよく見えない。
「君、こんな時間に外出て親に怒られないわけ?」
僕がすこし離れたところに座ると少女も僕の隣に座る。
「うーん……。多分バレたら殺されるかもねっ」
あはは、と少女を頬を掻いた。
それから沈黙が続き、二人で波の音を静かに聞いていた。
「ねえ、なんで死のうと思ったのか、聞いてもいい?」
ポツリと少女がそういうと、僕は少女に全てを話した。
学校で同じクラスの男子生徒複数人から虐められ、身体的にも精神的にも追いつめられたこと。そのせいで不登校になってしまったこと。両親にたくさん迷惑、心配をかけてしまったこと。
そして、毎日夢に出てくる同じクラスの奴ら。
僕は害だ。いないほうが皆が幸せになれる。
そんな言葉が僕を自殺に追いやった。
少女は僕の話を聞き終わると「うーん……」と唸る。
眉を潜め少女の様子を伺おうとする。
「君、優しすぎない?」
「……は?」
思ってもいなかった言葉をかけられ思わず間抜けな顔をしてしまう。
「だってさ、普通に考えてみてよ。そんな人のために死ぬなんて馬鹿みたいじゃない? それだったら生きて、生きて生きて生きて。その人たちよりどーんと幸せになって見返してやればいいんだよ! ね、橘利一君もそうは思わない?」
「……」
何も言えない。きっと彼女は間違ってない。でも、僕自身が否定したがっている。
「しかもしかも、親に心配かけたってことは、心配してくれてるってことだよね。それってとーっても幸せなことらしいよ?」
「……そう、だね。それでも僕は、死にたかったんだ。逃げたかったんだよ、この現実から。君には分からないかもしれないけどね」
「……。じゃあ私と逃げよう」
そういって少女は立ちあがる。
「え?」
「だから、逃げるんなら私も一緒にいく。あ、勿論この現実でね? 私死にたくないもん」
思わず笑ってしまう。少女にとっては軽い言葉でも、僕を救うには十分すぎる言葉だった。
「そーいえば私の名前言ってなかったね! 私の名前は浪川翼。ツバサでいいよ」
少女、いや……ツバサはそういって僕の方を振り返った。
「……ツバサ。お願いだから僕の名前をフルネームで言うのはやめてくれ」
「えー! なんでよ! 橘利一君はフルネームが似合うよ!」
なんて意味のない会話を僕らは続けた。その意味のない会話が、とても心地よかった。
「あ、橘利一君。見て、朝日」
空を見上げると朝日が昇り始めていた。ふとツバサの方を見ると言葉を失う。
ツバサと初めて出会ったあの日、僕は朝日に照らされるツバサを綺麗だと思った。
きっとあれは、忘れることが出来ないだろう。
「ツバサ……」
名前を呟くと不思議そうにツバサがこちらを見つめる。
「……橘利一君? どうしたの? なんでそんな不安そうな顔……」
ツバサは何かに気づいたのかフードをもう一度深く被った。
ツバサの顔には、人から殴られたような痛々しい痣があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます