少女に救われ、少年に救われた、少年少女のお話。
明瀬迅
第1話
十二月。そろそろ寒さも厳しくなってきた。しかし今日の僕は寒さだって苦ではない。何故なら数時間後、僕に痛覚というものが無いからだ。
どういうことかって? 理由は簡単だ。僕という存在が消えて無くなるから。
遠回しな言い方をやめれば、数時間後、僕は死んでいる。
太陽が昇る前、家族にバレないように家を出た。行き先は自宅近くの海だ。
もう死ぬから問題ないかと思い、薄着で外を出た。しかしそんなこと気にならないくらい僕は高揚していた。
海に着くと予想していた通り、人はいなく、死ぬには最高の場所だ。
砂浜に足を踏み入れ、目を閉じて穏やかな波の音を聞く。
「はは……ッ」
思わず笑ってしまう。何故だろう。なんで、死ぬ直前になって手が震えているのだろう。
もう生きたいとは思わない。生きる理由は特に無いし、僕が死んだって世界は何も変わらないことなんて分かっている。学校では虐められて、不登校。親には沢山心配をかけて迷惑をかけた。そんなやつ、死んだ方がマシだろう。
「おい橘ァー。お前なんで生きてんの? 地球に害なので早く死んでくださーい」
「・・・ッ」
最後に思い出すのはアイツ等の言葉か・・・。
「はッ。いいぜ、お前等のお望み通り死んでやるよ……! ……ッ!?」
目を開けると、知らない少女が僕のことを覗き込んでいた。
「なにしてるの?」
先程まで誰もいなかったはずなのに、なんでいる?
「えっと……。散歩です」
動揺を必死に隠してそう言うと、少女は全てを見透かしたような曇り一つ無い瞳で僕を見つめる。
「君、死のうとしてるでしょ」
思わず目を見開いてしまう。何故、知っている? この計画のことは誰にも言っていないし、そんなこという友人は僕には居ない。
「君、結構前からこの時間に海に来てたでしょ。私の家の窓から見えるんだよね」
は? こいつは何を言っているんだ? そんな事を知っていたって僕が自殺をするだなんて、何故断言できる。
「なにか勘違いしてない? てか君、なんでこんな時間に海にいるの?」
どうにか別の話題にしたくて僕がそう言うと、少女は肩に掛けていたバッグから一冊のノートを取り出し、僕に見せてきた。
「それ、お前、なんで……」
少女が持っているノートは、僕が一ヶ月前から計画していた自殺計画のノートだ。
このノートには自殺決行日、そしてこの海の名前等を記していた。そうか……。だからこの少女は僕が死ぬことを……。
いや、まってくれ。では何故少女がこのノートを持っている? 僕は捨てたはずだぞ。
「これ、昨日海に捨ててたよね。ねえでも、これって本当に捨てたの……?」
は……。本当になんなんだ、こいつは。捨てたに決まってるだろう。じゃなきゃこんな海に捨てたりしない……!
「普通は砂浜にポイッて捨てて置くんじゃなくて、ちゃんとノートの上に砂をかけたりして、誰にも見つからないようにするよね。でもこのノートは砂浜に置いてあったよ。それに、ノートの表紙に名前と年齢が書いてある。普通消さない? てか書かないよね?」
違う。違う違う違う。そこまで頭が回らなかっただけだ。違う。違うから。早く黙ってくれ。
「ねえ、助けて欲しいの?」
「……んなんだよお前。全部分かったような口聞くんじゃねーよ! つか誰なんだよお前! なんで知らないお前なんかに助け求めなきゃいけねーんだよ!」
目の前の少女をどかし、海へと歩いていくと、弱い力で腕を捕まれ、それを振り払う。この行動を何度か繰り返す。
「まって……! 橘利一君……!」
人に名前を呼ばれるなんて、久しぶりのこと過ぎて思わず足が、思考が止まる。
「……橘利一君。お願いがあります。私と、お試しで一週間。一週間でいいから、一緒に生きてみませんか……!」
「は?」
急になにを言い出すんだと思い、少女を見つめる。
「だから、一週間でいいから一緒に生きようって」
「いや、おかしいでしょ。なに? そんなことして君に利益ある?」
「利益なら、あるよ。今はまだ教えないけどね。そんなことより、君の答えは?」
少女は僕の腕を放し、真剣な表情で僕の答えとやらを待っている。
なんで急にこんなことになったんだ。計画ではもう僕は死んでいたはずだし、こんな訳の分からない少女と出会っていなどいなかった。
「あ」
思わず声が出た、というような声を少女は出した。不思議に思い、少女が見つめる空を見ると、朝日が昇り始めていた。
今日も、朝がきた。
僕は、生きている。
「……分かった。一週間だけだけどな」
僕が朝日を見つめながらそういうと、少女が感謝の言葉を呟いた。少女は今、いったいどのような表情をしているのだろう。
朝日に目を奪われ、表情を確認することさえできない。
こんな見ず知らずの少女の話に乗るなんて変な話だが、少女は「一緒に」生きようと言った。
結局は、少女が言った言葉全て図星だったのかもしれない。ただ、もう一人は嫌だと激しく思っていた心が、軽くなったのは確かだ。
「はは……ッ」
思わず笑ってしまう。
こんなにも朝日が綺麗だと思ったことはない。
きっと僕は、今日を忘れないだろう。
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