第2話

「はぁ……」


 家に帰った俺は自室のベットに倒れ込む。特に疲れる行動はしていない、ただ喫茶店で清水の話を聞いただけだ。普通なら元気がありあまるはずだが、今の俺は色々と疲れてしまった。


“正直私は貴方の事を結構気に入っている、男性としても友人としてもね”


“正直櫻井君と関係性が無くなるのは嫌だったの”


“お試しで付き合いましょう”


 喫茶店での清水の言葉が頭の中で繰り返される。俺の人生でここまで真っ直ぐな好意を向けられたことがない。そもそも俺は今まで女性と付き合ったことがない、興味が無いという訳ではないが男友達と馬鹿騒ぎをしている方が楽しかったのだ。


「にしても清水ってあんなに可愛かったのか……」


 正直今日会った清水は今まで見てきた女性の中で一番美人だった。何故高校ではあんな地味子を演じていたのか分からないが今の彼女なら引く手数多であろう。それでも彼女は俺に対して真っ直ぐな好意を向けてきたのだ。


「俺なんかの何がいいんだかねぇ……」


 言ってはいけないことなのだろうけどどうしてもそう考えてしまう。俺と彼女の接点としては同じ図書委員ぐらいだけだ。一体どこにあったのかもしくは3年間いる中で俺が気づかなかっただけなのか……。


 それに深く触れなかったが彼女の過去に気になるところがあった。高校3年間、わざわざ自分の容姿を地味にして人と関わり合いをしなかったのにはどうやら過去に何かあったのだろう。今日の様子を見てあまり話したくないのだろう。まぁそもそも自分の嫌な過去を自ら話す人間はあまりいないと思うが。


「分かんねぇな

ーーって、おっと!?」


 急になった俺のスマホ。驚きながら画面を見ると絶賛現在の俺の悩みの種になっている清水からの電話であった。そう言えば今日の帰り際に連絡先を交換したことを思い出した。というか今まで連絡先を交換してなかったぐらいの関係性だったことを思い出す。とりあえず電話に出ることにした。


「もしもし」


“あら出たのね”


 とスマホ越しに聞こえる清水の声。声色的には特に変わって無さそうだ。あまりにも変わっていないので喫茶店でのことは全て嘘で、彼女は俺に対してドッキリでも仕掛けているのではと疑ってしまう。とそんな最低な想像をしてしまう自分に呆れる。


「普通通知が来たら出るだろ……」


“中々出なかったからてっきりじらしプレイが好きなのか思ったわ”


「んな訳あるか!!」


“そうなの? 私はそれでもOKよ”


「いやいやそういう事言ったら駄目だろ。で、要件は何だ?」


“いや特に用事は無いのよ。

ーーただ声が聞きたかった、櫻井君と話したかっただとしたら?”


「……」


“お~い櫻井君? 無視は悲しいわ”


「あ、あぁ……すまん。お前らしくない発言に少し気を失っていたわ」


 あの清水からよくアニメで聞きそうな発言を聞くとは思わず、少し無言になってしまう俺。流石に申し訳ないと思ったのだが……。


“まぁ思ってないのだけど”


「だろうな!! 心配した俺が馬鹿だった!!」


 訂正、少しは申し訳ないと思った俺が馬鹿だった。あの清水だ、高校時代から俺を小馬鹿にしたような表情を浮かべながらからかってくるのだから。乙女みたいな思考をするはずがない、絶対ない。


“あっ、思ってないのは無視が悲しいなのであって、貴方と会話をしたかったのは本当よ?”


「……?」


“あら、二度目の無視かしら?”


「うっせぇ……で本当の要件はなんだ?」


“さっき言ったじゃない、ただ声が聞きたかった、櫻井君と話したかったって。ここまで疑われると流石に私も悲しいと思うわ?”


「何んで自分の事なのに疑問系なんだよ……まぁ何度も疑って悪かった」


“別にいいわ、日頃の私の態度が櫻井君をそう思わせてしまったのだから少しは日頃の態度を改めようかしら。今日はありがとう”


「いきなりどうした?」


 俺をからかってきたり、そう思ったら感謝の言葉を言ってくる清水。本当に掴みどころのない奴である。だけどそれが清水絵里という人物なのだろう、それだけは3年間の付き合いで分かったことだ。


“いや今日は来てくれて嬉しかったわ、これは本当よ?”


「そこまで疑わねぇっての……それにそこまで喜ばれる程ではないだろ。

俺も気になって確認したかったからだ」


“ふふっ、貴方らしいわね”


「褒めてないだろ、ったく……」


“これでも褒めているのよ? こ・れ・で・も”


「とりあえず絶対思っていない事は理解した」


“彼女の事を信じられないのかしら?”


「勝手に本当にするな、“仮”だろ“仮”」


“私は今すぐにでも本当の彼女の格上げでもいいのよ?”


 ……本当にこいつの考えていることが分からない。一体俺の何がいいのだろう。まぁそれはこれから分かっていくことなのだろうと思う。


“まぁその話はこれぐらいにしておいて、櫻井君は大学が始まるまでの予定はどんな感じ?”


「俺の予定か……まぁ適度に大学生活の準備をするぐらいだな。特にこの日にこれをするなんて予定は決めていない」


“私も同じ。これといって何もないわ

ーーそうだ、どこか行きましょう”


「どこかってどこだよ?」


“まだ決めてない。ただ好きな櫻井君とどこかに行きたいから言っただけよ”


「……」


 なんでこうもこいつは真っ直ぐな好意を向けてくるのだろう。真っ直ぐな好意を向けられてどういう態度を取ればいいのか分からない。


“本日3度目の無言ですか、櫻井クン”


「うっせぇ!! 俺だって色々とあんだよ!!」


“大変ねぇ貴方も”


「誰のせいだよ、誰の……!!」


“まぁいい、どこに行くかは私が決める。貴方に負担はかけないわ”


「いや流石に俺も考えるからな、全部お前に任せるのは申し訳ない」


 本音を言えば全部清水に任せようものなら最悪身の危機の可能性がある。絶対ないとは言えないのがこの清水絵里というなのだ。


“嬉しい事言ってくれるのね。分かったわ、どこに行くかは明日考えましょ

ーー本当に今日はありがとう、嬉しかったわ”


「俺も楽しかったと思う」


“良かった、私1人だけ楽しんでいたらどうしようと思ったわ”


 と安堵の声を上げる清水。


「そこまで心配するか?」


“心配するわよ、だって気になっている相手には好かれたいじゃない”


「そ、そうなのか……」


“えぇ、それが普通なのよ。そろそろ切るわ”


「お、おぅ」


 と電話を切られる。画面が通話中からいつもの待ち受けに代わったスマホを俺はベットの上に投げた。そして再び俺もベットに倒れ込む。


「何なんだよ一体……」


 今日は色々と清水の新たな面を知ることが出来た。それはいいことなのだがいつもと違う彼女の面を知ったことにより俺は何とも言えない疲れが身体を支配して、そのまま意識を手放すのであった。

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偽地味子と卒業から始まる恋愛 きりんのつばさ @53kirintubasa

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