第6話 あれ? 団長痩せました?

「あ。ラウル」

 困ったな、と頭を掻いていたら、スレイマンの声が聞こえてきた。


 顔を向けると、うちの騎士団数人がいる。移動中というより、なんか打ち合わせ場所を探して、王宮内をうろうろしているようだ。騎士数人が書類だの文書箱だのを持っていた。


 いや、打ち合わせ場所ぐらい、まずは押さえておいてだな。

 なんだ、その空き部屋を探している感じは。うちの騎士団が、部屋さえ借りられないみたいで、みっともないじゃないか。


「今日、見合いじゃなかったのか?」


 やっぱり、シトエン妃と同じことを尋ねられる。

 現在、その見合い相手は顔を隠してうずくまっているもんだから、より地面と同化していた。


 泣いた後だから、顔を他人に見られたくないかな、と思って、ぼくも壁になる様に立ち位置を変える。


「そう。まだ終わってないけど」


 そう答えると、数人が「がんばれ」「よっ。色男」と声をかけてきた。頼む。下ネタ系の野次だけは飛ばすな。


「団長は?」


 ぼくが尋ねると、騎士たちは盛大に顔をしかめ、顎で背後をしゃくる。

 なんだろう、と目をまたたかせていると、姦しい声が聞こえてきた。


「サリュ王子。今度は護身術ではなく剣を教えていただきたいわ」「ほら、これご覧になって。動きやすそうでしょう?」


 現れた一団に、ぼくは目を疑った。


 団長が女に囲まれているのだ。

 こんなの、酒場でだってあり得ない。


 いや、確かにあれだよ。団長、結婚してから、というかシトエン妃と出会ってから、身なりに気を付けるようになったり、淑女の扱いに気を配るるようになったもんだから、「あら。貴公子じゃないけど……。こういう系もいいわね」的な貴婦人たちに目をつけられるようにはなっていたけど。


「剣は、難しいんじゃないでしょうかね」「ああ、本当に、動きやすそうなお召し物ですね」


 団長は真面目な顔で逐一答え、それがまた、淑女たちに受けている。


「ちょっと、すみません。今から打合せなので。はい。また今度護身術の時間にお会いしましょう」


 ミーレイが必死に割って入り、淑女たちに顰蹙ひんしゅくを買っている。だが、彼は負けない。淑女たちを追い返し、散らした。よくやった。


 だが、彼の功労や淑女たちの想いなど気づきもせず、団長は「お疲れさまでした。またどうぞ」とぺこりと頭を下げている。


 ちょっと、大丈夫なのか。こんなのシトエン妃が見たら、激怒するんじゃないのか。

 はらはらしていると。


 ぼくに気づいたらしい。


「おお、ラウル!」


 前足を上げ……、じゃない。片手を上げてぼくにアピールするから、ぼくも礼を返した。


「お久しぶりです、団長。……って、あれ? 痩せました?」


 顎から喉元にかけてがすっきりしている。

 まあ、それもあって、男ぶりは上がっているんだけど。


「いや。そんなことない」

 団長は苦笑いし、自分の顔を撫でる。


「そっちは上手くいきそうか」

 そんなことを尋ねるが、ぼくは眉根を寄せた。


「そっちは大丈夫なんですか?」


 あの淑女たちと言い、打ち合わせ場所を探して王城内を放浪していることと言い……。なんか、いろいろ停滞してませんか?


「こっちはお前、あれだよ。万事滞りなく、だよ」


 胸を張って言われたけど。

 疑わしくて仕方がない。


「団長ー! こっち、空いてるそうっす!」

 騎士のひとりが廊下から飛び出して中庭にやってきた。


「やれやれ」「移動、移動」「とにかく、今日中に警備計画書を……」


 騎士たちは口々に言いながら、廊下に向かって移動する。


「警備計画書……? まさか、来月分、まだ……っ」


 出してないんじゃないでしょうね、という前に、団長は、スレイマンとミーレイを連れて建物の中に入ってしまった。


「えー……。ほんと、大丈夫?」


 騒々しく立ち去って行った一団を眺め、ぼくは、ただただ不安しかなかった。

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