第3話 ぼく……、ひとめぼれ、されたんだよね……?

◇◇◇◇


 その7日後。

 実際にモルガン団長のご令嬢とお会いした。


「いやあ、このような部屋に入るのは、実は初めてでな」


 モルガン団長は物珍し気に室内を見回す。


「いつもは貴賓用に使用されているようですが……。王太子殿下のご厚意で」


 言いながらも、ぼくだって、実際は団長の付き添いで入るぐらいで、こんなところ、用意してくれなくても別によかったのに、と焦りまくっている。


 というか、王太子殿下及び王妃様の圧がすごい。


『『うちのラウルを雑に扱ってみろ、殺す』』

 ふたりとも、無言でそんなことを訴えて来る。


 王太子殿下は必要もないのに、最初同席していたし、王妃様なんて、意味もなく廊下をうろうろして、ぼくの嫁候補っぽい女性を探していた。


 で、それっぽい女性を見かけるたびに、したーん、したーん、と持っている扇を掌に打ちつけて威嚇していた。


 だけど。

 ちらり、とぼくは向かいのソファに、モルガン団長と並んで座っている女性を見る。


 そんな圧力なんて、まったく必要ない気がする。


 なんというか。

 地味な女性だった。


 実際、王妃様にスルーされたんじゃないだろうか。たぶん、認知さえされていないと思う。


 ぼくだって最初、モルガン団長としばらく話をして、ようやく「うおっ。誰かいたっ」とびっくりしたぐらいで……。


 なんというか、気配を消しているというか、暗殺者の素質がある、というか。

 とにかく、空気のような子だ。


 年は28だと聞いた。

 よかった、そんなに年齢差がないな、とほっとしたのは事実だ。一回りも上や下だったら、会話に困る。


 派手じゃないのもいい。


 だけど。


 もう少し鮮やかな服を着れば顔色もよく見えるのかもしれないけど、なんかこう……。


 地面に近い色の服で……。

 装飾品も、植物っぽい色というか……。


 自然界とすぐに同化しそうな感じで、あんまりしゃべらない。


 ごきげんよう、と小声であいさつされたぐらいで、後はずっとうつむいてしまっている。


 モルガン団長の世間話に付き合いながら、「あれ。ぼくに一目ぼれしたんじゃなかったっけ」となんか疑惑が。


 だって、一目も合わない。いつ惚れたんだろう、ぼくに。


「ほら、セラ。少しはラウル殿になにか言わぬか」


 モルガン団長も気にはしていたらしい。下を向いたままのセラ嬢の顔を覗き込むもんだから、おそるおそる、という風に顔を上げた。


「あ……、あの」


 ようやく顔が見えた。

 ひとえのすっきりとした瞳が印象的な娘さん。


「はい」

 ぼくはにっこり笑って答えるが。


「ひっ!!」


 ……え。

 今、悲鳴……? 悲鳴上げられた?


 ぼく、ひとめぼれ……、されたんだよね……。


「いやもう、すまん、ラウル殿! ちょっと娘には刺激が強すぎたらしい!」


 モルガン団長が、あわあわしている。

 いや、ぼくだってもう、立ったり座ったり大忙しだ。


 というのも、セラ嬢はぼくの方を向いたまま硬直し、だらだらと滝のように汗を流し始めたからだ。


「とにかく、娘と視線を合わせんようにお願いしたい!」

「わ、わかりました」


 ぼくは頷き、モルガン団長に目を固定させる。


 おかしい。

 なんで、見合いなのに、娘の父親をガン見しないといけないんだろう。


「娘は社交界デビューをした日から、なんかこう……。閉じこもりがちな生活を送っておってな」


 モルガン団長は、しょぼんと肩を落とす。

 いつも職務でお会いするときは、威風堂々とした騎士姿なので、その落差に驚くが。


 社交界デビューといえば、15、16ぐらいだろう。

 両陛下に拝謁し、舞踏会でお披露目をするんだけど。


 そこから、28になるこの年まで、屋敷に閉じこもっていた、となると。

 そりゃまあ、親としても心配だったろうなぁ、と思ったりする。


 そうか。箱入り、というより……。

 本人が屋敷に閉じこもっちゃっていたのか。


「人見知りする、というか、引っ込み思案、というか……。そういうのも年が10代なら許されるが、20も過ぎてこれでは……。しかも、もう30がそこまで見えておる。こんな性格だから嫁ぎ先も見つからず、この先が案じられて……」


「慎重なのは良いことですよ。うちの団長なんて、とにかく行動的というか、考えなし、というか、無鉄砲、というか」


 ぼくは苦笑いする。


「小さなころは『活発な王子だ』と褒められたりもしましたが、10代になったら『もう少し落ちついたらどうだ』とよく注意されていました」


 モルガン団長は、ふふ、とようやく笑みを唇ににじませた。ぼくもちょっとだけ、ほっとする。


「王子本人の特性は全く変わっていないのに、年齢によって周囲が求める姿が変わって来るものですから……。ご本人が戸惑われるのも無理はないのでは?」


「いや、そう言ってくれるとこちらとしても気が楽だ。だがなあ」

 ほう、とモルガン団長は重い息を吐いた。


「もう娘というには年が行き過ぎているというのに……。家にこもって、ずっと刺繍ばかり。先日、ようやく外に連れ出せたと思ったら、またこんな様子……。そんなことで、この先一体、どうするのだ」


 言葉の後半はなじる様にセラ嬢に向けられていて、いたたまれなくなった。


 ……ぼくとモルガン団長、ふたりのときなら、いくらでも『子育て相談』には乗るんだけど。


 当の本人を目の前にして言う事でもないんじゃないかなぁ。


 それに。

 そんなに屋敷に閉じこもっていた、というのに、団長の披露宴には来てみたわけだ。モルガン団長がめちゃくちゃ怒って引きずってきたのかもしれないけど、それでも家から出てみた。


 それって、本人的に「これではだめだ」と思ってたからじゃないかなぁ。


 覚悟を決めて行動してみたけど……。まあ、そこで力尽きた、って感じなんじゃないだろうか。


 ぼくは気づかれない程度に、ちょこっとだけセラ嬢の様子を盗み見る。


 案の定、というか。


 もう、世界が終わった、的な。

 地獄の開門を待っているような感じでうなだれている。


「あの、もしよろしかったら」

 ぼくはモルガン団長に、にっこりと微笑んで見せた。


「セラ嬢と、そのあたりを散歩して来ようと思いますが、大丈夫ですか?」


 その申し出に、モルガン団長は喜色満面で応じてくれたが、セラ嬢は真っ青な顔をさらに白くさせ、ひたすらハンカチを握って硬直している。


 ……やばい、これまずいかな。


 このままじゃ、モルガン団長が、ずっとセラ嬢の愚痴を言いそうな気がしたから、引き離そうと思ったんだけど……。


「よ、よよよよ。よろしくお願いいたします……っ」


 いきなり、がばりとセラ嬢は立ち上がり、ぼくに対して深々と頭を下げてきた。



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