第2話 団長、大丈夫ですか?

「その、ぼくと釣り合いますか? 爵位は今のところありませんし……。兄には男児がいますので、実家の男爵家はそのままその子が継ぐでしょうから」


 どんなお嬢さんだろうが、そりゃまあ、王太子殿下から言われれば娶るのではあるけど。


 団長は「信じられん信じられん」とまだ隣で言っているが、自分だって王妃様がお決めになった相手を否も言わずに伴侶としたのだから、その辺は分かっているくせに。


「その件については、モルガンにも確認した。家格については問わない、と」

「家格は問わない、ってやけに横柄じゃないですか。伯爵ごときが」


 団長がめちゃくちゃなことを言っている。ごときが、って。かなりの高位ですよ、伯爵。……。あ、そういや、この人、公爵様か。


「その辺については、わたしも、癇に障った。ラウルは弟の乳兄弟だ。で、あるならばわたしとも縁者と言える。軽んじられては腹立だしい」


 相変わらず淡々とした話し方だったが、王太子殿下の言葉に、ちょっとだけ心動かされた。そんな風にぼくのことを考えてくださっていたとは。


「滅亡した伯爵家など山ほどある。その中のどれかを復活させ、ラウルに継がせればいい。そうすれば、こっちも伯爵。対等だ」


 王太子殿下はまた、ノールックで手を出す。後ろに控えていた侍従が巻物を載せた。


「好きな家を選ぶがいい。わたしが爵位を与えよう」

「そりゃいい。ラウル、どれがいい?」


 ばらららら、と執務机に巻物を広げ、王太子殿下と団長が覗き込み、ああでもない、こうでもないと言い始めたから慌てる。


「いやいやいや。その……、爵位は関係ない、ってことは、入り婿をご希望なんじゃないですか?」


 ぼくが割って入ると、ふたりともきょとんとした顔でこっちを向くもんだから、なんかもう、世間知らずは困る。


「ぼくがどっかの伯爵家を継いでしまったら、ぼくのお嫁さんは、その爵位の伴侶になるでしょう? なんか、お話の感じだと、モルガン団長の家は、相続者がいないのでは? だからひとり娘に婿を取らせて、伯爵家を継がせたいんじゃないですか?」


「……そうなんですか、王太子あにうえ

「なるほど、それはそうかもしれん。と、いうことは……」


「だけど、家格のことでラウルが婿に行っていじめられたらどうするんですかっ」


 だん、と団長が執務机を拳で殴り、王太子殿下の言葉を遮った。


「そんなことは許されん。今まで、王家の問題児であるサリュの面倒を見続けてくれたんだ。その恩を今返さずに、いつ返すのか。王家は恩知らずではない」


「さらっといま、おれを問題児って……」


「ラウルが‶婿いびり〟にあわぬよう、最善を尽くすつもりであるし、なんならことあるごとに睨みを利かせにわたしが出向いてやってもいい。だから」


 王太子殿下はぼくを見る。


「婿に行くか? サリュの団を辞めて」


「はい……、って。え? 団長のところを外れるんですか」


 ぼくは再び素っ頓狂な声を上げる。

 王太子殿下も、少し驚いたような顔をされた。


「そういうことになるのではないか? あちらの入り婿になり、伯爵家を継ぐのだ。ガレン騎士団は、その名の通り、代々ガレン伯爵家が継いでいる。いずれはそうなるであろうから、サリュの騎士団からは外れてもらうことになるだろう」


 結婚については……。まあ、ぼくも30だし、そろそろ身を固めたいなぁと思っていたし。手のかかる団長が片付いたもんだから、やれやれ本腰入れて、どこかのお嬢さんを貰おうかな、なんて考えてはいたものの……。


 それはあくまで、団長の側で副官の仕事をこなしながら、というのが前提だったもんだから。


「引継ぎに時間がかかりそうか? モルガンは、できれば数日中にまずは顔合わせを、と言ってきているが」


「……そう、ですね。ぼくの仕事は、スレイマンにでも任せればたぶん大丈夫か、と。ねえ、団長」


 同意を得ようとしたのだけど。

 団長は執務机に手をついたまま、まったく動かない。


「団長?」「サリュ?」


 ぼくと王太子殿下が同時に呼びかけ、ようやく団長は再起動した。


「は? え? あ! うん。ミーレイな! 後任!」


 慌てて背を伸ばし、腕を組む。ついでに、うんうん、と頷くから、ぼくは眉をしかめた。


「ミーレイがいいですか? ぼく的にはスレイマンの方が適任かと」

「スレイマン!? ああ、それでもいい!」


「ちょっと、まじめに考えてくださっています?」


 じっとりと睨みつけると、王太子殿下が、くるりと巻物を軸に巻き付けて片付け始めた。


「まあ、長年サリュの副官を続けてくれたんだ。ラウルの抜ける穴は大きかろう。しばらくは、ふたり体制でいけばどうだ? そのスレイマンとミーレイとかいうやつらの」


 それもそうか、とぼくは頷く。


「それでいいですかね、団長」


 ぼくが促すと、団長は笑って首を縦に振る。


 そのとき、おや、と思った。


 なんかこの表情、見覚えがあるんだけどなぁ、と。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る